幻想郷に夏が来た。


ジリジリと太陽はその身を焦がして大地に容赦ない日差しを浴びせ。
蝉たちはジィジィと鳴きわめき、カラカラに渇いた大地は人が歩くたびに砂ぼこりを巻き上げる。

「暑い……」

そんな山道を一人歩く少女の姿。
夏にはそぐわない黒白の衣装に帽子を被った少女は、うだるような暑さにパタパタと手で空気を扇ぎながら石段を登っていた。

目的地は博麗神社。
彼女――霧雨魔理沙はこの暑さをしのぐ為に神社へとやって来たのだ。
そしてその目論見通り、清浄な空気を感じる境内には涼風が吹いている。
もっともその涼しさは山の下に比べればまだマシ、という程度のものであるけれど。

他に行き場が無かった訳ではない。
だがしかし。

ある屋敷の図書館はついこの間図書館の主から本を借りたばかりで足が進まず。

ある森の近くの家は行ったら行ったで彼女の実験に付き合うことになるのは確実で。

ある古道具屋は店主が在庫整理をしていたので巻き込まれないよう踵を返し。


その点この神社なら、巫女はいつも暇そうにしているしお茶も出る。
もしかしたら同じように暇している奴らと"弾幕ごっこ"が出来るかもしれない。

そんな数々の打算を胸に、彼女は相変わらず閑散としている境内へと足を踏み入れたのだった。



「よぉ霊夢、今日も暇してるな」
「……暇であることが前提の挨拶ってどうなのかしらね」
確かに今日も暇だけど、と紅白の巫女――博麗霊夢は団扇片手にため息を吐いた。

「だって神社なのに参拝客とか見たことないし、いたとしても大体は妖怪相手に弾幕ごっこか宴会、暇そうじゃないか」
「あー……確かに」
「だろ?それより早く、何か飲むものくれよ。もう喉がカラカラなんだ」
「アナタ、その為だけに来たんじゃないでしょうね……まぁいいわ、待ってなさい」
やれやれと言わんばかりに肩をすくめ、霊夢は奥へと消えた。
魔理沙は一人縁側に座りチリンチリンと風に揺れる風鈴を眺めて待つ。

静かな神社は蝉時雨の音に包まれ、茹だるような蒸し暑さに魔理沙の首筋を汗が伝う。
自分以外がいない境内では蝉の声だけが響き、世界に自分ひとりだけのような錯覚すら覚える。

「お待たせ」

そんな言葉と共にヒヤッとした感触が首に当たって、その冷たさに魔理沙はぎゃあ、と驚きの声を上げた。

「な、何すんだぜ霊夢っ!?」
「…ふ、ふふっ、変な声っ……」

くすくすと笑う霊夢の手には見たことのない形の瓶。中身は透明な水で、冷やされていたのか瓶についた水滴がポタポタと下に垂れていた。

「なんだ水かよ……この守銭奴巫女め」
「違うわよ。それは紫が結界の外から持ってきたんだけど、開けるのにコツがあってね。開ける時は一気に開けないよう気をつけないと…「うわぁ!」……あら、」
「……それは先に言ってほしかったんだぜ…何だこいつ、トラップでも仕込まれてるのか……?」

霊夢の話を聞きながら瓶の蓋を開けようと試行錯誤していた魔理沙は、いきなり瓶から吹き出た水に目を丸くさせた。

「違うわよ、それはそういう水なの。あーあ、縁側にまで零れてるじゃない」

やれやれと肩をすくめて呆れる霊夢は雑巾を探してくるわ、と言ってまた戻っていく。
それを見送りながら魔理沙はシュワシュワと溢れた水で濡れている瓶に口をつける。

――外は暑いし、喉も渇いた。結界の外のものらしいけど、多少変だろうが水なんだし、構わないか。

そんなことをつらつらと考えながら一気に瓶を傾ける。

途端、喉に感じた強烈な刺激にむせてしまい、戻ってきた霊夢にまたしても呆れられることになるのだが、それもまた刺激的で面白いとしばらくの間彼女の中で炭酸水ブームが起こることになろうとは、この時点では誰も知らないことである。

これもまた、夏の楽しみ。
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