はいはい、どうも今日は。
私はこの劇団で舞台装置を作っております、ハジンと申します。気軽にハジン爺さんとでもお呼びください。
さて、私に用があるというのは貴方でしょうか?失礼ながらご職業は………雑誌記者、ですか。ふむ……ではここに来られたのも、お仕事でしょうか。
おや、違う?単なる個人的な用件、と?
それは失礼しました。いやぁ、どうも記者の方とみると身構えてしまいまして。
ふふふ、どうかしましたか?何やら顔がぎこちないですよ。
本題に戻りましょうか。
貴方は何を聞きたくてここにいらしたのか、ある程度は分かっています。
「彼女」のことを、お聞きになりたいのでしょう。我が劇団の誇る稀代の名女優、オリビアのことを、ね。

彼女のことを一言でいうならば、天才………いえ、神の子でしょうか。それほどまでに彼女は才能に溢れていた。貴方も彼女のことを少しは調べたのでしょう?ならば知っているはずです。彼女の功績、彼女の栄光、その偉業を。私たちがここまで大きな劇団となったのも、彼女のお蔭なのです。


しかし。ああ、それなのに!
彼女は今や稀代の悪女。前代未聞の事件を起こした、恋に狂った哀れな女優。
どうしてでしょうか。彼女はただ、やりたいように、したいことをしただけなのに。

えぇ、それでも、そうだとしても、彼女のしたことは許されないことだと分かっていますよ。ただね、記者さん。
私は彼女の一人のファンとして行動したことを、けして後悔などしておりません。それは貴方が話を聞いてきた他の者たちも同じだったでしょう?

あの日、運命の日。
その日二回目の公演の幕が上がり、彼女はその身に緋を纏い、愛する脚本家の首だけを手に、私たちの前へと現れました。
それはさながらサロメの如くに妖艶で、ヴィーナスのように清らかな乙女の姿。いつしか私たちは皆、客席も舞台裏も関係なく、一様に舞台へ頭を垂れていたのです。きっと誰もが、それは演出、歌劇の一場面だと思ったことでしょう。しかし彼女の纏う緋は生々しいまでに赤く、彼女の持つ首は本物でした。

彼女はにこりと笑うと、まるで神さまに祈りでも捧げるように空へ両手を挙げました。時が止まったような感覚だけが場を支配していたのです。ただ、誰かが通報したのでしょう、遠くから鳴るサイレンの音が、まったくもって不思議なことに、私にはファンファーレに聞こえたのです。
彼女と彼女の恋人が、天へと昇っていくかのように。


その後は貴方がたのご存知の通り。
私たちは彼女の手から首を奪い隠し衣装を変えさせ、なんとかして彼女を罪から逃れさせようとした。これはきっと何かの間違いで、悪い夢だと思おうとしたのです。
ですが現実はどこまでも非道で、どこまでも容赦がない。彼女は自ら罪を認めて、進んで牢獄へ囚われました。
それからは、誰もが知っている通りに。
『憐れで惨めな狂気の女優オリーヴィア、断頭台から歌っても、もう誰も聞きはしない。ああ可哀想に、首だけになってしまっては、もう歌も歌えない』
…こんな歌が流行るなどとは、この国のお偉方も思いはしなかったでしょうな。しかし、首だけでは女優とは呼べない、というのも非道い話です。仮令歌えずとも、踊れずとも、役者というのは立っているだけでも立派に演じているのですよ。

…………ああ、その顔は。貴方も気付いてしまいましたか。残念ですね、気付かなければ無事帰ることができたものを、一体全体、どこから…あぁ、舞台を見ていたのでした。ならば気付いてもおかしくはありませんか。どうして貴方がた記者という人種は、静かに舞台を見ていることも出来ないのでしょう。悲しいですよ、私はとても。
しかししかししかししかし!
どうしてそこで踏みとどまってくれないものか!そこに至高の美が、素晴らしい舞台があるなら、静かに鑑賞していればいいのだから。舞台裏に興味を持つのはいいことですが、楽屋の入口で待っているべきでしたよ。部外者なんだから、楽屋まで入ってこなければいいのに、どうして入ってきたんですか。入ってくるなら追い出すしかないでしょう。舞台を邪魔するお客さまには、退場していただくしかないでしょう。



ああ、ああ。動かないで下さいよ。せっかくの良い素材なんだから、出来る限り使いきりたいんです。新しい装飾を考えたんです。きっとこれなら実現できる。……………あぁ、やはり貴方の骨は丁度いい。







その劇団が有名になったのは、一人の女優のお陰だった。かつては天才と呼ばれた彼女に憧れて、劇団には数多の才能がやってきた。それは舞台の裏方であっても同じだったようだ。今回の新しい公演で注目すべきは、演者よりも大道具だろう。特筆すべきは地獄よりの使者が座る、骸骨で出来た椅子であろうか。これ以外にも、まるで本物の素材でもって作ったかのようなリアリティがある調度品の数々が、我々をより舞台の中へと引き込むのである。
…………………………………………………・「月刊評論 舞台上からのメッセージ 談:クレフ・ベラスケズ」


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