私が望むものは、なんなのだろう。


あの人が復活して、自分はただのさ迷う死者になって。かつての目的を果たすこともないまま、今では安穏とした日々を過ごして。
−−−幸せ、と呼べるのでしょうか。
今のこの生活は。
太子様と布都と三人で、この忘れられた郷で生きる。
昔のように何のしがらみも無く、苦しみもない。それはそう、幸せと呼べるものだと分かっている。
ただ、
「私の気持ち次第、なんでしょうね」

分かっている。物部と蘇我の因縁も含め、全ては過去のこと。ならば今を生きることに何も問題なんかないと、分かっているのに。

「もう、何もない」
因縁も使命も何も。私が生きていた頃は、太子様と生きることが望みだった。たとえあの邪仙が唆したことだとしても、永久に傍にいられるなら構わなかった。
しかし、その願いすら叶わなかった。それについてはもう気にしていない。たとえ亡霊になっても、太子様の傍にいられるなら、それでいい。

だが、それだけだ。それだけだったのだ。蘇我屠自古が蘇我屠自古であった理由は。
蘇我屠自古は豊聡耳神子の傍にいる為に屍解仙になりたかった。
蘇我屠自古は豊聡耳神子の力になれるなら亡霊になっても構わなかった。
それなら、今は?
太子様の傍にいて、力を使うこともなくなった今、蘇我屠自古は何の為に存在しているのだろう。何を望んでいるのだろう。
分からなくなった。分からなくなってしまった。
気づけば屠自古は、自分の部屋の中にいた。夕日に染まった室内は、まるで炎の中のようだ。
「あぁ、懐かしい。寺が燃えた時も、こんな色の炎でしたね」
襖の外から、誰かの歩いてくる音がする。
落ち着いた足取りでこちらへと近付いてくるのは、おそらく。
「………太子様、どうかされましたか?」
襖が少しだけ開いて、部屋の中に風が入り込む。
「いえ、何でもありませんよ。ただ、屠自古がどこにも見えなかったので」
「お手を煩わせてしまい、申し訳ありません。お呼びいただければいつでも太子様の元に参りましたのに…」
「特に用事ということではないですし、大丈夫です。それに、かくれんぼのようで楽しかったですよ?」
そう言って、ふふ、と微笑む。
夕日に照らされたそれが神々しくて、眩しくて、目を細めた。
「それで?」
「はい?」
「貴女はいったい、何を望むのですか?」
とじこ。

告げられた言葉は短くとも、何を言いたいのかは分かった。どうしてそれをこの人が知っているのだろう。

「私の耳は欲を聴く……望みがわからないから知りたい、それだって立派な欲望ですよ。…それにね、屠自古。貴女が何かを思い悩んでいるのに気が付かない程、私は鈍くないつもりです。だからほら、話してごらんなさい?」
「………私は、私、太子様、私は」
「はい。聴いていますよ」
「消えたくない……。私は……貴女の傍に、貴女と布都の傍にいたい。ずっとずっと、三人で、過ごしていたい………。」
「ねぇ、屠自古?過ごせばいいじゃないですか。一緒にいればいいじゃないですか。ようやく私たちは穏やかに暮らせているのに、どうして離れることを考えるんです。これからのことを考えましょうよ」
「太子様……亡霊の私が、居てもよいのですか。屍解仙になれなかった、私が」
「亡霊も屍解仙も関係ありません。貴女は蘇我屠自古です。私の、大切な人です」

ああ、この人に出会えてよかった。私が蘇我屠自古でよかった。この人が豊聡耳神子でよかったと、心から思う。

「さ、そろそろ戻りましょうか。布都も待っていますよ」
「はい、太子様!」
立ち上がって、隣を進む。少しでも、この時間が長く続けばいいと思いながら。




「ずっとずっと、お慕いいたしております、太子様」


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