丸い月が摩天楼を白く照らす夜。
街の全体を見渡せるとあるビルの屋上で、一つの影が動いた。何やら大きな機械のようなものを背負っているその人影は、どうやら15、6歳ほどの少女のようだった。
少女は頭につけたヘッドフォンに付いているマイクの位置を直すと、コホン、と咳払いを一つする。
「あー、あー。マイクテストマイクテスト、聞こえますかー?」
何秒かして、ノイズまじりに少女のヘッドフォンから声が聞こえた。
「OK、問題ない……今日もがんばってくれよ?アネモネ」
「りょーかいっ!じゃ、いっくよー!!」
アネモネと呼ばれた少女はそう言うと、ダンッ!と目の前に広がるきらびやかな街へと飛び込んだ。
街のどこかで、ラジオの電源が入れられる。ザザッ、とノイズ音ばかりを発するラジオから、突如明るいメロディーが流れ出す。
『……ハロー、エブリバディ!はじめての人もそうじゃない人も、元気にしてる?毎度お馴染み、アネモネちゃんの突撃ラジオのお時間です!』
それは先ほどの少女の声だった。声はなおも、ラジオから流れていく。
『えー、この番組は政府の制定した「有害電波禁止法」によって娯楽番組を楽しめなくなった皆さまの為に、私たちのゲリラ放送で楽しんでもらおう!という趣旨により始まったわけなんですが…………おかげさまで今回で通算100回目の放送となりましたーー!!』
少女の声が電波に乗って流れるとすぐに、少女の腕に取り付けてあるPCディスプレイに、いくつもの書き込みが表示される。
どうやらラジオの視聴者が書き込んだコメントが表示されるらしく、「おめでとう!」やら「100回記念!」といった書き込みがいくつも表示されている。
『わー!お祝いありがとうございまーす!………ということは私、100回も警備隊から逃げ切ったのか。あ、今日も捕まらないようがんばるからね!皆、応援よろしくー!
では早速、今日の1曲目!ロック聞く人なら知ってるかな?classic gardenで、「undertaker」…どうぞ!』
その言葉からすぐに、ギターによるイントロが始まる。少女はコメントの映るディスプレイを見ながら、マイクに喋りかける。
「クラン、今日も放送は順調だよー。そっちの方はどう?」
「ああ、アネモネ。警備隊の奴らならもう大体の位置と陣形は把握したよ。取り敢えずあと15分は出会わないかな」
「15分…ま、いいや。あいつら今日はどんな方法で来るかなー。楽しみー」
「油断大敵だよ…と言いたいけど、正直警備隊とのレースもリスナーには人気があるからね。今日もギリギリの攻防をしてくれると、製作側としてはありがたいかな」
「うわーー、ひどい上司だー!」
口ではそう言いながら、少女の口調は明るい。その内ラジオの曲も終わったようで、少女は再び話し始めた。
『1曲目、どうだったかなー?続いてはリスナーの皆からの投稿を紹介する「今週の一言」のコーナー!さてさて、今日はどんなお便りが………お』
突然少女の言葉が止まる。だがリスナーたちは心配することなく、むしろ何かを期待するような書き込みが増えていく。
『あはは、ごめんごめん、止まっちゃった。そう、皆の想像通り!警備隊!……じゃあここからは、私が警備隊に捕まるか、逃げ切るか、ラジオの前で見守っててね!』
ラジオからは、少女の声に合わせるように野太い怒声が聞こえる。どうやら一人や二人ではないようで、大勢の警備隊の支給靴の音が少女の元に迫ってくる。
「いたぞ!……またあのアンテナ娘か!おい、いつもの違法電波発信者だ!!」
「今日こそはそのラジオ終わらせてやる。とっとと観念して捕まれよ、嬢ちゃん?」
そんな声が、ラジオのスピーカーごしに聞こえる。しかし少女は臆することなく、堂々とした態度で言う。
『やーだねっ!捕まえられるなら、捕まえてみなよ。私は逃げ切ってみせるけど!』
同時にガチャガチャと鳴る金属音。
少女はビルの上から警備隊を見回すと、ぐっ、と足に力を込める。
「はいよっ…とぉ!」
かけ声一つ、少女は翔んだ。
隣のビルの屋上へと飛びうつり、そのまま走り出す。その動きはまるで獣のように、速く、軽く。邪魔なものなどないように。
『はーい、皆。聞こえてるかな!やっぱ警備隊の人たちの執念は凄いよー。さっきからずっと離れてくれないんだよね。もー、私疲れたー!………あ、ここでお知らせでーす!今日の放送もそろそろおしまいだけど、次回放送でも皆のお便り待ってるからね!特にそろそろクリスマスだから、私としては皆のクリスマスについて聞いてみたいなー、なんて思ってみたり?
てことで、今日はここでさよーならー!』
「待てー!!!」
少女の笑い声と、男たちの怒鳴り声。
ラジオからはその音だけが流れ。
やがて音はだんだんと小さくなり、ラジオからはまた、ノイズがザアザアと流れる。
「お帰りアネモネ、今日もお疲れさま」
「ただいまー、クラン。あはははは、楽しかったよー!また早く次の放送しよう!」
「そうだね。じゃあ次はクリスマスイブ辺りでどう?」
「いいねー。電波娘のアネモネ、がんばらせていただきますよー?」
『リスナーの皆!これからもアネモネをよろしくねーーーー!』