ライラさんと その1
#ソーダアイス
私がその少女に出会ったのは、夏の暑さもまだ抜けきらない秋の初め頃だった。クールビズも終わり、また長いシャツに袖を通す日々が始まるのだなと気象予報士の隣で真っ赤に燃える太陽を横目に、溜め息を吐いた朝をよく覚えている。
アイドルのプロデューサーとしてまだ駆け出しだった私は自分の仕事をこなしていくことで手一杯だった。アイドルのプロデュース活動ひとつとってもやる気ばかりが空回りして、夢の中でも華やかなステージに立つアイドルの姿ばかりを追い求めていた。その日も街中で新たな原石を探しスカウトを行っていた、その帰りの道で私は彼女と出会ったのだ。
公園のベンチに座る長い金髪が、遠くからでも輝いて見えた。
着ている青い制服はこの辺りにある学校のものだろうか。この周辺の中学校と高校の大体の位置はスカウトの為に覚えていたが、制服まではまだだった。先輩などは都内であれば制服だけでもどこの学校か分かると言っていたが……いや、思考が逸れた。
ベンチに座る後ろ姿にじっとしていてほしいと念を送りつつ、公園の入り口へと急ぐ。通りすがりの自転車に乗った老人に不審そうに目を向けられたが、今はなりふり構っていられない!
その子が、稲穂の様な金の髪以外にも褐色の肌と蒼い瞳を持っていることに気が付いたのは、私が彼女の座るベンチの正面へと立ってからだった。
「……? はい、どうかしましたですかー?」
こちらに向いて首を傾げる少女が発した言葉。独特なイントネーションに異国の風を感じる。容姿を見るにインドか中東あたりの出身か、もしくはハーフか。どちらにせよここで彼女に声を掛けなければ、私は後悔するだろう。そんな予感があったのだ。
ネクタイをかっちりと締めた首元が暑苦しい。指をかけて少し緩める。ちらと確認した腕時計の文字盤が示す午後三時過ぎ、なるほど額も汗ばむ訳だ。
背中にまで汗が伝っていくのを感じながら、私は彼女へ話しかけようとして。
「き、……ゲホッ、ン、ンンッ!」
むせてしまった。まるで子供だ、頭を抱えて座り込みたい。しかしそれは流石に大人としての面子に関わるので、私は渇いた喉に唾を飲み込んでもう一度言う。
「君、アイドルに興味は……ないかな?」
ここでさっと差し出す名刺。事務所の名前と私の役職が並んでいるシンプルな白いカード。
少女はまじまじとそのカードを透き通った海の様な目で見つめる。
たっぷり時間をかけたあと、ようやく開きかけていた口から言葉を発した。
「アイドル、というのは……お金を稼げますですか?」
勿論だ。そう言うと少女はパッと顔を明るくする。
「アイドルをすれば、お家賃もお支払いできますですね?」
ああ、と答える。苦学生なのだろうか、家の為にというのも立派な動機だ、他にも私にできることならサポートしようと伝えたが、少女は緩く首を振った。
「アナタ、わたくしにお仕事をくれます、わたくし、お家賃払います、それは素敵で、ございます。……あー、わたくし、ライラさんと申しますです。貴方さまは、なんでございますか?」
たどたどしい自己紹介に、私も名乗り返す。
私は、プロデューサーだ。これからは君の、プロデューサーだと。
「では、プロデューサー殿ですねー、これからライラさんをよろしくお願いしますです」
私の名乗りを聞いて、ライラは笑う。にこにことはにかむような微笑みは、空で元気に光り輝く太陽よりも、私には昼の空に浮かぶ柔らかな月の白さに見えたのだった。
私と彼女の始まりは、そんな九月の初めだった。