桜の君と年を越す

不知火は、いや、艦娘は、存外総じて食事が好きだ。

俺がその様なことを思ったのは先日鎮守府で行ったクリスマスパーティーがきっかけである。ケーキにターキー、ローストビーフにパイ。
年頃の少女達は思い思いにあれやこれやと目を輝かせて、料理に手を伸ばしていた。
それはいつも固い表情の彼女だって例外でなく。甘いクリームと瑞々しいフルーツの載っているクリスマスケーキを黙々と。黙々と食べていた。
気に入ったのか、と聞けばそうかもしれません。と返ってくる。

クリスマスも悪くありませんね、と小さく笑う彼女の姿に、何度目になるかわからない恋をする。



ささやかながらも盛大なパーティーから一週間。鎮守府をとりまく空気も、すっかり年の瀬のものとなっていた。
どことなく皆の雰囲気も忙しなく、時折見かける妖精たちですら急ぎ足だ。
艤装の管理に、燃料、弾薬、ボーキの貯蔵量チェック。年が終わるまでには終わらせてしまおうと始めた大掃除は、なかなかに大規模なものとなっていた。

艦載機の挙動チェックを行っていた空母たちの様子をしばし見てから、俺はぶらぶら鎮守府のあちこちを見て回る。司令官が暇しているのも駄目だろうと何かしら仕事を探していたのだが、いかんせん艦娘と普通の人間では感覚から基礎筋力がまるで違うのだから、俺でも手伝える仕事などそう残っているはずもなく。

駆逐艦の少女たちにオジさんだの休んでいてもいいのだと言われつつ、彼女達と自分との基礎体力の違いをひしひしと感じながらも資材を運び、ついには腕と肩と、腰の痛みに耐えかねてギブアップしてしまった俺は、更に流れ流れて鎮守府をうろつく事となる。

辿り着いたのは食堂間宮。
どことなく漂ってくる匂いに惹かれて厨房を覗けば、鎮守府の中でも料理上手と知られる艦娘たち数名と間宮、伊良湖の二人が鍋を前に談笑している。
どうやら年越しに向けて蕎麦を準備していたらしく、疲れ切った俺の姿に苦笑を浮かべながらも余った材料と炊いた米でお握りを作ってくれた。

ああ、その温かさといったら!湯呑に注がれた茶を飲んで一服。
久しぶりに生きた心地がした。ここは楽園か。きっと楽園だな。そうに違いない。
居場所がないと嘆く俺に親身になって話を聞いてくれた海の天使たちは、和やかに笑いながら
大丈夫ですよ、と肩を叩く。

それにそもそも武装の整備や外装の修理なんかは、門外漢である俺が役に立つとは皆も思っていないのだし、提督さんがいるだけで皆頑張れるんですから、と慰めなのか最後のトドメなのか分からない言葉を賜って。

これから年越しに向けて大きな鍋で年越し蕎麦を茹で始める彼女達に、余った蕎麦粉で作ったという蕎麦饅頭ふたつをお土産に持たされて、俺は食堂を後にしたのだった。


すっかり休憩も完了して、食堂に入る前よりかは気持ち楽になった肩を回しながら、自分に与えられた執務室へと戻る。扉を開けた先には、いつもの俺の仕事机と―――不機嫌そうに、箒を持ってこちらを見ている不知火がいた。

「あ、あー……そのだな、お疲れ!」
「ええ、あまりそうは見えませんが、提督もお疲れ様です。今までどこの掃除を手伝っていたのでしょうね。不知火は存じ上げませんが、余程働いたご様子でいらっしゃる」
「……そ、そうだな…駆逐艦の子たちと資材やら不要な装備を倉庫に片付けたりは……少し、してきた、ぞ…………………申し訳ありませんでしたぁ!!」

じぃーっと。じっと。
無感情に見つめてくる鋭い目に負けて、不知火に頭を思い切り下げる。
ふん、と言葉に出さずとも伝わってくる空気がとても重い。
どこかで働いた後ならまだよかっただろうが、間の悪いことに今の俺は間宮帰りだ。
あそこに常に漂う、どこか甘い空気と茹でた蕎麦の匂いがそりゃあすることだろう。
……非常に、気まずい。

「そうですか、何が申し訳ないのかはあえて聞きませんが、その言葉は受け止めておきましょう。……まったく、相変わらずですね」
「面目次第もありません……」

そもそも、彼女がここの掃除をしているのだって俺が頼んだからである。
大掃除に合わせて、本部から送られてきた書類だのを整理しておきたいから手伝ってくれと。それを時間がまだあるからとあちこち顔を出した挙句、俺が遅刻したのでは意味がない。
情けないばかりである。

項垂れる俺を見てどう思ったか、溜め息ひとつ吐いて不知火は口を開く。

「どうせそうだと思って、ある程度掃除は進めておきました。重要そうな書類は机の右から、順に並べてありますので提督はご確認をお願いします。………なんですか、その顔は。不知火の仕事に落ち度でも?それとも、御不満でも?」

まさか、落ち度などありえない。不満を抱くこともない。
だって君は俺の自慢の秘書艦なのだ。疑うことなど、俺は決してしないだろう。

「ありがとう、不知火……そうだこれ、蕎麦饅頭。食べるか?」

だから今は、ただ感謝を。

「なんですか、いきなり。……まあ、受け取っておきます」

素直じゃない君は訳が分からないといった顔をして。一瞬の間の後、笑顔。
張り詰めた糸がふっと解ける様な、そんな笑顔を見せてくれる。
その笑顔が、俺はなにより好きなのだ。

「さぁ、仕事を終わらすか!せめてあの夕日が日の出になるまでには終わらせたいもんだ」
「提督がそう言って、その通りになったことありましたっけ……ですが、そうですね。せめて明日が来る前には、終わらせて年越し蕎麦を頂きたいものです」
「なんだ不知火、お前、案外食気が多いなぁ。そんなに間宮さんの蕎麦が楽しみか」
「………」
「ちょ、いたっ、痛い、無言で書類を押し付けてくるのはやめようか?!」


執務室の窓に影が映る。
日は暮れて、聞こえてくるのは除夜の鐘。
皆で年越し蕎麦を食べたなら、あの海へ共に行こう。
君と一緒に、一年で一番初めの日の出を見る為に。

君に、一番初めに。
おめでとうを言わせてくれ。

そしてきっと、俺は今年も恋をする。
桜色の、君に。




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あけましておめでとうございます。



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