死火山であるククルーマウンテンの頂上に存在するゾルディック家の屋敷。広大な面積を誇り、おまけに入り組んだ構造をしているその屋敷の地下の一角に厳重に閉ざされた部屋がある。
リルイはその部屋の前に立っていた。その細過ぎる腕には両腕で抱えてもまだ余る程の大きさのパンダのぬいぐるみが抱かれている。リルイは一度パンダのぬいぐるみを(かなり無理矢理だが)片手で抱え直し厳重に閉ざされた重たい扉を念で腕を強化してから開けた。

「アルカ」
「お姉ちゃん!」

重たい扉の向こうにいた黒髪の子供。沢山のぬいぐるみに囲まれた部屋で一人で遊んでいた幼子は部屋に入ってきたリルイに勢いよく抱き着いた。
リルイはぬいぐるみを床に置いて、アルカの衝撃で後ろに倒れない様にほんの少しだけ念を使って自身の身体が崩れないように強化してからアルカを抱き止める。

「お姉ちゃんだー!久し振り!」
「中々来れなくてごめんね?いい子にしてた?」
「うん!お姉ちゃんは身体大丈夫なの?」
「お薬飲んできたから平気」

リルイは自分に擦り寄り甘えてくる下の兄弟の頭を軽く撫でて床に下ろす。
姉と離れてちょっと不服そうなアルカに先程床に一時待機させた大きなパンダのぬいぐるみを抱き上げてアルカに渡した。「お土産だよ」と言えばアルカは嬉しそうに笑って大きなパンダのぬいぐるみに頬擦りをしている。

「お姉ちゃんありがとう!」
「どういたしまして」

リルイはそのまま床に座り、アルカもパンダのぬいぐるみを両手で抱えながら姉の隣にちょこんと座っては先程パンダのぬいぐるみにした様にリルイの身体に仔猫の如く擦り寄ってくる。リルイは何も言わず優しく微笑みながらアルカの真っ直ぐな黒髪を優しく撫でた。
アルカが閉じ込められて何年経ったか。その内に秘める正体不明のナニカの存在は恐れられると同時に利用価値を見出だされ、アルカはこの玩具だらけの地下室に一人幽閉された。ナニカの能力はあまりに強く、利用すれば多大な利益を得られ、使い方次第では一家全滅の可能性を大きく秘めた危険なものだというのも理解している。しかし能力云々以前にアルカの姉であるリルイは最後までアルカの幽閉をあまり快くは思っていなかった。
身体の弱い、死に損ないで行動が拘束されてる自分とは違い、まだこの子には未来がある。色んなものを見て、色んなことを経験して人生を謳歌したって許される年頃の筈なのにアルカは肉親達の身勝手な理由でこんな部屋に閉じ込められている。それがリルイには少しばかり不満でならないのだ。

「ねえねえ、お姉ちゃん」
「なに?」
「髪の毛いじらせてー」
「いいよ」

可愛い下の兄弟のおねだりに優しく微笑んで了承する。アルカはにこにこ笑ってブラシや鏡や髪飾り等が入っている可愛らしい箱を取ってきては姉の後ろに立ってブラシをリルイの銀色の髪に通していく。
このおねだりはナニカじゃない、リルイは漠然とそう思った。アルカはリルイのことを「お姉ちゃん」と呼ぶ。だがナニカは「リルイ」と呼ぶ。これに気付いたのはアルカがこの地下室に幽閉される大分前の話だ。リルイはいまいち把握し切れてないがナニカにもきちんと人格と言えるものがあるというのだけは知っている。そしてそのナニカも自分によく懐いていることも。
他にも色々あるんだろうけど詳しいことはリルイはあまり知らない。多分、兄弟達の中でアルカと一番仲良しだったキルアなら何かしら知っているんだろうけど追及はしない。きっと容易に知られていいものでは無いから。

「お姉ちゃんの髪ふわふわー」
「そう?」
「うん!キルアお兄ちゃんと一緒!」
「キルアも私もお父さん似だからねー」

ブラシとヘアゴムを装備して姉の長い銀髪を一生懸命ツインテールにしようとするアルカ。リルイは無邪気な笑顔を浮かべるアルカに微笑ましい様な笑みを浮かべる。

「リボンは青とピンクどっちがいい?」
「うーん…青かなー」
「わかったー」

アルカはアクセサリー系の小物が沢山入っている可愛らしいデザインの箱から青色のリボンを二本取り出す。高い位置でツインテールにしたリルイの髪に丁寧に結んでは「できた!」と嬉しそうな声をあげる。アルカはリルイに手鏡を渡して満面の笑みでその隣に座った。

「お姉ちゃんかわいい!」
「本当?」
「うん!お姉ちゃんお人形みたいに綺麗だから何でも似合うよー」

無邪気に笑うアルカ。リルイは鏡に映る自分を見詰めては何とも言い難い苦笑を浮かべた。いくら可愛いと言われようともう二十歳を過ぎた成人女性であるリルイにはこの髪型は流石に無理が有り過ぎる。有り体に言えばちょっと痛々しい。
リルイは誤魔化す様な笑みを浮かべてからそっとアルカに手招きをして自分の前に座らせてブラシを手に取った。

「今度は私が結んでいい?」
「かわいくしてね」
「了解。三つ編みとポニーテールどっちがいい?」
「みつあみー」
「仰せのままに」

リルイはブラシを片手にアルカの黒髪を丁寧に梳かしていく。櫛の通りが良い黒髪はリルイの癖の強い銀髪と対照的だ。同じ両親から産まれてるのにここまで違うのか、なんてリルイは思いながらアルカの髪を二つに分け、二つに分けた髪を更に三つに分けて丁寧に編んでいく。

「あたしお姉ちゃんみたいな髪がよかったなー」
「どうして?」
「だってキルアお兄ちゃんとお揃いだもん」
「アルカは本当にキルアが好きだね」
「うん!あ、でもお姉ちゃんも他のお兄ちゃん達もカルトも大好きだよ。あとお父さんとお母さんとおじいちゃん達も!家族みんな大事!」

にこにこ無邪気な顔で笑うアルカ。リルイはそんなアルカの姿を見て複雑な顔をしつつ彼女は三編みにした髪を自分と同様にリボンで結ぶ。ピンク色のリボンが揺れる三編みは愛らしい容姿を持つアルカにとてもよく似合っている。出来たよ、と小さく笑みを浮かべてアルカに手鏡を渡せばアルカの口から嬉しそうな声が漏れた。

「かわいい?」
「うん、凄く可愛い」
「お姉ちゃんに褒められたー」

身体の向きを変えて無邪気な笑みを携えて抱き着いてくるアルカの頭を優しく撫でる。どうしてこの子はこんなに無邪気でいられるんだろうか。こんなところに一人幽閉され、それでも目映い笑顔を携えてられるなんて自分には到底出来ないことだ。
思わず無意識にアルカを抱き締める腕に力を入れてしまう。

「お姉ちゃん痛いよー」
「あ、ごめん」

リルイが腕を緩めればアルカはお返しと言わんばかりにリルイの身体に強く抱き着いた。リルイはその人形の如く整った顔にちょっと苦笑いを浮かべて自分の脆い身体がアルカに潰されないように念でひっそりと強化する。ぐりぐり擦り寄ってくるアルカを撫でつつ部屋に置かれた壁掛け時計に目をやった。

「アルカ、お姉ちゃんもう戻らなきゃ」
「えー、…もう?」
「お薬の時間なの。これ破るとイルミとかお母さんとかに怒られちゃう」

ごめんね、と言うとアルカは再度不満そうな声をあげる。身体が弱く、体調が基本的にあまりよくないせいと家族(主にイルミ)の目があってリルイは中々アルカの元に訪ねて来れない。多くて二ヶ月に一回行ければいい方だ。そんな滅多に会えない大好きな姉がもう行ってしまうのだ、不満を漏らさないことの方がおかしいだろう。
リルイは不機嫌そうな顔で頬を膨らますアルカに申し訳なさそうな顔で微笑んでその母親似の黒髪を優しく撫でた。

「次はいつ来てくれるの…?」
「なるべく近い内に来れる様に頑張るよ。今度は何のお土産を持ってきて欲しい?」
「……ねこさんのお人形」
「猫?」
「うん…。キルアお兄ちゃんやリルイお姉ちゃんの髪みたいな色したやつがいい」

リルイはアルカの要望に了承しては曖昧な笑みを浮かべる。未だ引き止める様にリルイのカーディガンの裾を掴むアルカの手をそっと解いて玩具だらけの地下室を後にした。




「姉さん」

アルカの部屋を出て自分の部屋に戻るべく廊下を歩いていれば不意に声を掛けられる。声の持ち主が誰か何て見ずともわかった。ゆっくりと顔を上げれば予想通りの人物がいてリルイはその顔に小さく笑みを浮かべて言葉を返す。

「どうしたの?イルミ」
「姉さんを迎えに来たんだ。心配だったから」
「大丈夫だよ。ナニカは私におねだりしないから」
「でも万が一のこともあるだろ」

そう言ってイルミはリルイの元へ歩み寄り縋る様に抱き締める。心配性だなー、なんてリルイは苦笑いしつつ思ってしまう。双子の弟の異常な執着は今に始まったことじゃないけどここ最近は更に酷くなった気がする。何でだろう?内緒で母と一緒にイルミのお見合い話を進めていたのがバレたのだろうか?
イルミはぼんやり悩むリルイの細過ぎる身体を抱き上げ、世間一般でいうお姫様抱っこの体勢で彼女を運んでいく。いつからだったか、歩幅が小さく、おまけに歩調が遅い彼女をイルミが抱き上げて移動することが当たり前になったのは。
未だ弟達(主にミルキとキルア)には寒い目で見られているのはイルミは気づいていない。

「姉さん」
「なに?」
「アルカに会うの止めて」

不意に放たれた言葉にリルイはきょとんとした表情を浮かべて小首を傾げる。未だ部屋までの歩みを止めずに足を動かすイルミの顔を見ればいつも通り表情の乏しい能面の様な顔。しかしそのオーラは彼の心中を表すかの様に僅かに歪んでいる。リルイはそんな彼を見ても特に気にせずその整った顔にいつもの如く困った様な笑みを浮かべた。

「どうして?」
「だって、あれは家族じゃない」
「イルミはそう思ってなくても私は家族だと思ってるよ」
「アルカのおねだりで万が一姉さんに何かあったらどうするの?」
「大き過ぎるものを望まなきゃ、あの子が求める対価はそんな大したものにはならないよ。それくらいイルミも理解してるでしょ?」
「オレは姉さんに傷一つでも付くのが嫌なんだ」

姉の身に傷が付く可能性が1%でもあるのなら近付けたくない、それがイルミの言いたいことなのだろう。若しくはそんなものは建前で他の弟達ですら愛しの姉を近づけたくないのが本音なのかもしれない。
イルミにとって一番恐ろしいことは姉が自分以外の誰かに取られてしまうことだ。それは自分の愛する家族達ですら例外でない。誰にも取られたくない、その感情だけがいつだって彼を支配している。
だからイルミはリルイには家族ですら何かと理由を付けて近寄らせまいとしているのかもしれない。
我が弟ながら独占欲が強い、そう思いながらリルイは溜め息を吐き、にっこりと笑みを浮かべ、イルミの長い黒髪を軽く引っ張り己の顔と弟の顔の距離を縮める。
そして一瞬、イルミの頬に柔らかな感触と小さなリップ音。

「これで許してよ」

そう言った途端にリルイの唇に降ってきたイルミの唇。ぬるりとしたがリルイの口内に侵入し、イルミの舌がリルイの小さな舌を引き摺り出して絡ませる。リルイの苦しそうな息遣いと小さな水音が静かな廊下に響く。暫くしてイルミが唇を離せば、そこには酸素不足で顔を頬を紅に染めたリルイがいた。

「子供扱いしないでよ」

そういう所が子供なんだって

リルイのその言葉は未だ整わない荒い息に飲み込まれたまま発されることはなかった。

20120512