彼女は表情豊かでいつも笑っている。オレは無表情で喜怒哀楽に乏しい。
彼女の瞳はきらきらと輝く宝石みたいに眩い。オレの瞳は光なんて無く、黒く濁った水底の様に暗い。
彼女の髪は父親譲りの綺麗な銀髪。オレの髪は母親譲りの墨を溢したみたいな黒髪。
彼女の身体は薬で体調を整えないと生きていけないくらい弱くて力を入れれば崩れてしまいそうなくらい脆く、壊れやすい。オレの身体は病気どころか猛毒さえ効かず鍛え上げてるせいか壊れること何て殆ど無い。
どうして殆ど同じ時間に産まれ、正真正銘同じ遺伝子で出来た血を分け合った姉弟だと言うのにオレと彼女はこんなにも違うのだろう。世の中不思議なことだらけだ。

「姉さん」
「あ、イルミ」

仕事から帰って双子の姉の部屋へと向かい、ノックもせず扉を開ければカーディガンを羽織りストールを肩に掛けて窓枠に足を掛けて部屋から脱走しようとしてる姉がいた。こちらを向いて姉さんは誤魔化す様に笑った。
溜め息を吐きつつも姉さんの元へと歩を進め病的な程細い腕を力をなるべく入れない様に優しく掴んで窓枠に掛けていた足を下ろさせてからこちらに向かせる。

「また脱走しようとしたの?」
「だ、脱走じゃないよ!その…ちょっとミケにでも会いに散歩に行こうかなーって思っただけだよ」
「姉さん屋敷から出るの禁止されてなかった?母さん達にちゃんと許可取ったの?それに出る時は窓からじゃなくて玄関からって前にも言ったでしょ?姉さん転んだだけで骨折れちゃうくらい脆いんだから二階から木を伝って降りるなんて一歩間違えれば大惨事なのわかる?仮に外出許可貰えても必ず兄弟の誰かか執事を付けろって何度も何度も言われてたよね?それに姉さんは…」
「ごめんなさい、私が悪かったです。脱走しようとしました」

観念したのか頭を下げながら正直に脱走を認めた姉さん。しゅん、と肩を竦める姿は彼女の持っている小動物的な雰囲気も相俟って我が姉ながら可愛い。
オレは反省してしょぼくれてる姉さんの肩に掛かっているストールを落とさない様気を付けながら姉さんを優しく抱き上げる。姉さんの身体は細く、軽い。姉さんと同じ身長と年齢から弾き出された平均の重量より大きく下回っているのは確かだ。多分、キルより軽いんじゃないんだろうか。

「…姉さん、ちゃんとお昼ご飯食べた?」
「食べたよ。…半分くらい残しちゃったけど」
「ちゃんと食べないとまた倒れるよ」
「んー…わかってるんだけどね、胃が受け付けないの」

産まれた時から身体が弱く、病気がちでろくに外すら出られない姉さん。暗殺なんか教え込まれていないし拷問の訓練すらされていない。
だって姉さんは食事に毒どころか他の家族と一緒のメニューすら食べられないからだ。油っこいものや砂糖を沢山使ったもの、あと味の濃いもの何かは胃が弱いため受け付けなかったり身体に悪いからと医師に自重させられたりしているため姉さんの食事だけは特別メニュー。ずっと前に少し分けて貰ったが何処と無く味気なかった。
姉さんの綺麗な銀髪を撫でた。自分とは対照的な色をした姉さんの髪はふわふわと柔らかくて心地好い。髪質そのものが自分とは違う。姉さんと自分は双子だ。姉さんの方が少し先に出てきただけで一緒に産まれて来たと言っても過言じゃないのにどうして何もかも根本的に全てが違うのだろうか。

「姉さんとオレって双子だよね?」

抱き上げていた姉さんをベッドの上に降ろし少し擦れ落ちてしまったストールを肩に掛け直しながらオレは言った。姉さんは大きくてきらきらと輝く宝石みたいな瞳を丸くさせ不思議そうな顔をして小首を傾げる。

「そうだよ。二卵性の双子だよ。どうかしたの?」
「姉さんとオレ、似てないから」
「イルミはお母さん似で私はお父さん似だからね。仕方無いよ」

オレが言ってるのはそういうことじゃない、そう伝えようと思ったが気の抜けた風にふにゃふにゃと可愛らしい笑みを浮かべる姉さんを見て何も言えなくなってしまう。やっぱり姉さんはオレとは全然違う。オレはそんな風に笑えない。
姉さんは細く脆そうな手を伸ばしオレの頭をゆっくりと撫で始める。「イルミは可愛いね」なんて言って姉さんは笑うからその細く脆い身体を壊さない様に緩く抱き締めた。

「子供扱いしないでよ」
「言ってることとやってることが矛盾してるよ」
「矛盾してないよ。オレは弟だからいいの。キルやカルトだってよく抱き着いてるだろ」
「ミルキはやらないよ」
「あいつがやったら姉さん潰れるだろ」

と言うか見たくないよ、ミルキが姉さんに抱き着く姿なんて。想像を絶する絵面になりそうだ。
姉さんはしょうがないな、なんて笑ってオレの髪に指先を通しその細い指に絡めてはそっと梳かしていく。姉さんの手は暖かい。酷く優しくて頭の芯から蕩けてしまうんじゃないかってくらい心地好い。オレは姉さんが好きだ。それは家族としても、一人の女性としても。
ふわふわとした綺麗な長い銀髪が好きだ。壊れてしまいそうな細い身体が好きだ。消えてしまいそうな儚げな仕草が好きだ。溶けてしまいそうな優しい声が好きだ。きらきらと煌めく宝石の様な瞳が好きだ。春の日差しの様な暖かな笑顔が好きだ。脆くて崩れて儚くて危うくてとてもか弱くて世界で一番可愛くて世界で一番綺麗で世界で一番愛しいオレの姉さん。
心から身体、髪の一本に至るまで全て自分のものにしたいくらい姉さんが好きだ。姉が好きだなんておかしいことはとっくにわかっているがオレは生涯、姉さん以上に好きになれる女性が見付かる気がしない。それくらい姉が好きだ。
姉さんは優しく、人の感情に異常なくらい敏感でそして聡い。姉さんはきっとオレの想いを全部わかっている。だが何も言わずただオレの頭を撫でてその綺麗な瞳でこちらを見詰め、柔らかな笑顔を浮かべてくれる姉さんはきっと世界で一番優しくて世界で一番残酷だ。

「姉さん」
「なに?」
「ちゅーして」
「いいよ」

当たり前の様に姉さんはオレのお願いに了承して長い睫毛に縁取られた瞳を閉じてオレの頬に折れそうな細い指を添えて顔を近付ける。一瞬唇に柔らかく優しい感触と温もりが伝わり離れる。姉さんは瞼をゆっくりと上げて「いつまで経っても甘えん坊な弟だね」なんて言って無邪気に笑う。
オレの気持ちがわかってて期待させて平気で裏切る姉はやっぱり世界で一番残酷で愛しかった。

20120301