標的の周りを固めていたボディーガードの頭に針を撃ち込み殺す。怯えて泣き叫びながら自分に命乞いをする標的の頭に針を一発、念のためにともう三発撃ち込む。ドサッ、と音を立てて倒れた標的の死体を尻目に部屋にあった時計を視界に入れれば短針は8、長針2を少し過ぎた所を指していた。随分時間掛かったな、なんて思いつつ、少し乱れた衣服を直しながらサイカが待つパーティー会場へと戻った。
会場へ着いたと同時に、広い会場内を見渡しながらサイカを探す。
暫く会場内をぐるりと歩きながら視線を周囲に向ければ直ぐにサイカは見つかった。先程自分と別れた時と同じ場所で先程と同じ様に壁に寄り掛かっていた彼女だが一つ違うところがあった。男が一緒だった。
下心の透けて見える下衆な目で彼女のドレスの胸元を見る男は何やら彼女に一生懸命声を掛け、気を引こうとしているが彼女は困り顔で穏便に流そうとしている。無性に苛々した。うっかり針を出してしまいそうになったくらい苛々した。男が彼女の細い腕を掴もうとした瞬間、音も無く男に近付き彼女の腕に触れる前にその手を叩き落とす。

「え、ちょっとイルミ!」

男の代わりに自分が彼女の腕を掴んでこちらに引き寄せる様に乱暴に引っ張ってその場を後にする。周りはこちらのただならぬ様子に気が付いたのか若干ざわざわとしていた。サイカに絡んでいた男がオレ達の背中に向かって何か暴言めいたことを叫んでいたが無視する。兎に角オレは一秒でも早くここから出たかった。
会場を抜けて、更に会場のある建物からも抜けてもまだ宛もなく歩き続ける。後ろでサイカが何か言っているが混乱しているせいか上手く聞き取れない。人がいるところじゃ落ち着ける気がし無くて兎に角人がいない所を探した。最終的に見付かった場所は真っ暗で人どころか野良猫だっているか怪しい路地の裏。変なところに設置された自動販売機の光が不気味さに拍車を掛けていた。

「痛いから、手、離して、…」

若干疲れた様な声で発せられたサイカの言葉に彼女の手を掴みっぱなしだったことを思い出す。サイカの言葉に従って掴んでいた手を離してやれば彼女の手首にくっきり残った真っ赤な手の跡。無意識だったから加減が出来なかったらしい。
ブレスレットみたいな形で付いた赤い跡を労る様に擦るサイカ。改めて彼女を見れば今更ながら彼女の着ていたドレスが胸元のざっくり開いたデザインだったことを認識した。別にそんなことホテルで彼女を着替えさせた時に気付いていたし、その時は別にどうでもよかったから気にしていなかったけれどあの時この格好を容認した自分を殴りたくなった。
サイカに絡んでいたあの男は彼女の胸元を下衆な目で見ていたし、改めて思い返せば彼女と擦れ違った男達も開いた胸元を見ていた気がする。思い出すと無性に苛ついて無意識に拳に力が隠る。別に見られて不快に感じるのは彼女であって自分は関係無いに等しいのに何故自分が憤る必要があるのだろう。わからない。凄く苛々する。

「サイカ」
「え、なに?」
「これ着て」

取り敢えずこれ以上の苛立ちを起こさぬ様、タキシードのジャケットを脱いで彼女に渡す。彼女は頭の上に「?」マークを浮かべてこちらを見たがちょっと睨んだら大人しく上着に袖を通した。
身長差や体格差のせいで大分余った袖が邪魔なのか上手く前のボタンが止められずにいたので少し屈んで手伝ってやる。その作業がまだ弟達が小さかった頃にボタンを止めてやったのに似ていてちょっと和んだ。
上から下まで全部ボタンを止めて改めて彼女を見る。サイズが大きすぎる上着は彼女の着ている臙脂色のドレスにはあまりにも不似合いで、おまけに襟が広かったせいか開いた胸元は未だ晒け出されたまま。あんまり着せた意味が無かったかもしれないがさっきより多少マシになったのでよしとする。
サイカは相変わらず頭の上に「?」マークを浮かべて着せられた上着とオレを交互に見詰めては首を傾げていた。

「さっきの男、…」
「え?」
「さっきの男、サイカに何してたの?」
「……?あー、あの人?イルミがいなかった時に声掛けて来たんだよ。何かパートナーに逃げられたみたいで」

サイカは呆れた様な声と仕草でそう言った。サイカはそのまま長い袖を一生懸命捲りながらオレを見る。

「この上着は何?」
「胸元開いてたから、着せた」
「……見苦しいから隠せってこと…?」

若干ショックを受けた様な表情をして項垂れるサイカ。別に見苦しくは無い。胸元の開いたドレスはサイカによく似合ってるし綺麗だとも思う。だけどわざわざ訂正するのも面倒で項垂れたままの状態で放置した。
そのままお互い何を言うわけでもなく二人の間に沈黙が襲う。彼女との間に起こる沈黙はもう何度目だろうか。思い返すとそう多くも無いような気がする。自分が忘れてるだけだろうけど。
そこでふと気付く。依頼は終わった、ならば自分には次の仕事(と言うより私事)がまだ残っていることに。
パートナーの役割として用済みとなった彼女を始末しなければならない。幸いにも自分が無意識に選んだこの場所は暗がりで人通りも少なく、道そのものがあまり広くないため逃げ場も少ない。殺すには絶好のスポットだった。
無意識に手に力が隠る。オレに殺せるだろうか?殺せる状況があったというのに既にオレは一回失敗しているし、次失敗したら今度こそ勘付かれた彼女に抵抗されてしまいそうだ。彼女の実力や能力はわからないがそれなりに強いとオレは予想している。
だから多分、無傷で彼女を殺すにはこれが最後のチャンスだと思った。サイカから見えない様に針を握り、視線は彼女の頭に狙いを定めた。



からん、と何か小さな物が落ちる音がした。吹けば消えてしまいそうなその音がした方向に顔を向ければ小さな針が落ちていた。イルミの足元にあったそれは位置的にどう見ても彼が落としたということになる。予想外の出来事に警戒しつつも凝でその針を確認すれば案の定、禍々しいオーラが纏わされていた。それを落とした理由も目的も自分には皆目見当もつかなかったが彼が私に危害を加えようとしたのは明白で頭で考えるより先に身体が念の発動と逃走の準備を始めた。
彼が不意に絶をして一歩一歩ゆっくりと私に近付いていく。彼の不自然な絶を念の制約かもしれないと身構え、更に既に念を発動されていたら、と考えると下手に動けず混乱に陥る。一番不思議なのは彼から殺気どころか敵意も害意も感じないのだ。それが一番私を混乱させる。罠かもしれない。でも違うかもしれない。その揺らぎが相手が迫ってくるのをただ待つ、といういつもなら行うこともない愚かな行為に導いた。

「サイカ」

目の前まで迫ってきた彼が不意に私へと手を伸ばした。反射的に堅を使って身構える。オーラを一切纏ってない彼の腕が強いオーラで覆われた私の腕を掴む。何も危害を加えられる訳でも無くただ掴んだだけだった。意味のわからない彼の行動に気が緩んだのか混乱したのかどちらかわからないが堅が解ける。
彼はただ私の手を掴み、自分の左胸…心臓の部分に私の掌を押し付けた。とくんとくん、と若干速く脈打つ鼓動が彼の身体越しに掌に伝わる。

「サイカを見てると何かおかしくなるんだ。脳味噌掻き回されてるみたいに頭はぐちゃぐちゃになるし顔に熱が集まることもあるし変なことだって口走るし他の男と仲良さそうだとムカつくしイライラするし心臓は忙しないくらい五月蝿いし。サイカは聴こえる?オレの心臓の音。あ、絶してるのはサイカに危害を加えないって意思のつもりなんだけど。オレさ、こんなの初めてでずっとこのままだったら仕事に支障を来すかもしれないと思って殺そうとしたんだけど針向ける度に失敗するし。ねぇ、これってサイカの念なの?それとも違う何かなの?念なら解いて。念じゃないなら、これが何なのか教えてよ」

サイカ、そう一息で言って彼は私に顔を近付けた。いきなりなんなんだこの人は。本当に理解し難い。ていうか私を殺そうとしてたのか。物騒な。
自分でも若干混乱してよくわからない感想を抱く中、溜め息を吐きつつ彼の言った言葉をゆっくり纏めていく。思考の混乱、発熱、他者(主に異性)とのコミュニケーションに対する不快感、心臓の動機…これらを総合して頭の中で整理して私なりに答えを導き出してみた。

「っ…え、ぇ!?」

一番最初に出た答えは導き出した自分でにさえ混乱を招いた。頭が丸ごと沸騰したみたいに熱くなった。
何かの間違いな気がしてもう一度考え直すがどう足掻いても彼が私に訴える症状は私の頭の中で答えを提示出来るのは一つしか無くて頭が爆発しそうになる。
顔が真っ赤に染まる私に彼は不思議そうに首を傾げた。もう知らない。
私の頭の中で出てきた答えは「恋」だった。
勿論池に泳いでる魚ではなく、漫画や小説の登場人物がするあの「恋」である。
誰が、誰に、なんて解り切ったことで答えが浮かんだ途端、頭が脳味噌ごと吹っ飛びそうになった。もしかしたらそれ以外の理由があるのかもしれないけど(病気とか)私には取り敢えずこれしか浮かばなかった(因みに私には人心操作の念なんて使えない)
何と無く彼を見ればその大きな瞳と目が合ってしまい思わず顔を逸らす。彼は再び不思議そうに首を傾げた。

「さっきから黙ってるけどどうしたの?これって念じゃないの?」
「念、…じゃないよ。私そんな念使えないし…」
「そうなの?じゃあこれ何だかサイカは知ってる?」

再び顔を近づけられ、迫られる。女として悔しくなってしまうくらいこの人は本当に綺麗な顔をしている。
ただでさえ頭が爆発しそうなくらい混乱してるのに綺麗な顔が近づけられたせいで心臓が死にそうなくらいの脈を打っている。
中性的に整った綺麗な顔を視界に入る度にこの人が私のこと好きかもしれない、なんて事実は有り得ないと思ってしまう。というか有り得ないだろう。彼が私に抱く何かは勘違いの類に違いない。だから、

「……そんなの、知らないよ」
「え?」
「私、そんなのなったこと無いから、わからない」
「そっか」

彼の答えを知らないふりをした。まぁ、実際知らないし私もしたことないからわからないのも本当だ。私はどっかのピエロみたいな嘘吐きじゃないのだ。
それに仮に正解かもわからない答えを提示して変な勘違いを更に悪化でもさせてしまったら彼が可哀想だ。恋愛云々の感情論以前に変な病気の可能性だって捨て切れないのだから。
彼はその能面の様な顔に解りにくいが少し残念そうな表情を浮かべ、私の手をそっと離した。綺麗な顔が離れたことにより僅かな安堵が訪れ、心臓が先程より若干落ち着いたものになる。頭の中は未だぐちゃぐちゃに混乱したままだが。

話は終わった、そう判断して彼に背を向け帰ろうとすれば再び腕を掴まれる。まだ話は終わってないようだ。

「これが一体なんなのかサイカにもわかんないんだよね?」
「まぁ、そうだけど…」
「サイカに自覚が無いだけで絶対に原因はサイカにあるとオレは思うんだ」
「責任転嫁しないで欲しいんだけど…」
「原因がサイカにあるのに、オレはサイカのことよく知らない。だからさ、サイカのこと教えてよ」
「……はい?」
「サイカは情報屋でしょ?お金払ったらどんな情報でも教えてくれるんだよね?ならサイカの情報をオレに頂戴」

あ、お金はちゃんと払うよ。そう言って携帯を取り出しつつ無表情に迫ってくる彼に私はただ口をぽかんと開けて呆然とするだけだった。

20120605