イルミと車内でした打ち合わせの内容を簡単に纏めると、会場に着いたら19時55分までイルミと一緒に時間を潰す→19時55分になったらイルミが一時退場、10分くらいで戻るからそれまで怪しまれない様に待ってる→戻ってきたイルミとパーティー会場を出る、こんな感じだ。因みに目立つこと、不審な行動は絶対禁止。私はあくまでパーティーのパートナーであってそれ以外の余計なこと(手伝いも含む)はするな、だそうだ。
なんていうか…大人しくしてれば終わる、そんな仕事だった。
イルミがボーイに招待状らしき封筒を渡す。招待状の偽造のチェックを受けてから中に通された。広々とした会場は自分達と同様にタキシードやドレスで着飾った男女が楽しそうに会話をしていたり生演奏に合わせて踊ったりと各々がきらびやかなこのパーティーを楽しそうに満喫している。
この雰囲気久し振りだなー、何て思いながらそっとイルミの腕にそっと自分の手を掛けた。イルミは少し驚いた様な表情(大変分かり難い)を浮かべていたが周りを見て察したのか特に何も言わず私の歩幅に合わせて会場へと進んでいく。この会場に来る人間の連れているパートナーは大半が恋人、伴侶、愛人、のどれかに当てはまる人ばかりだ。そのせいか皆腕を組んでいたり男性が女性の肩をそっと寄せていたりと何かとスキンシップが激しい。こんな状況下で仲良く無さそうに歩いてるとちょっと目立つと判断したのでイルミの腕を勝手に借りさせて頂いた。目立たない様に努めろと先に言ったのはそちらなのだ、文句を言われる筋合いは無い。
そっと組んだイルミの腕。細く見えるがしっかりとしていて男性的な癖にこちらから見える彼の横顔はやけに中性的に美しくて自分何かが彼に触れてしまっていいのかと悩ませるほどだ。着飾っているとはいえ、元々美しいとは言い難い容姿の自分では彼の隣を歩くのには酷く不釣り合いだろう。私なんかパートナーにしなくてもっと見目麗しい女性を見繕えばよかったのに。
場内に辿り着き、辺りを見回す。上を見上げれば豪奢なシャンデリアが場内を照らし、ホールには生演奏に合わせてダンスを踊る着飾った男女、所々置かれたローテーブルには色とりどりの様々な豪華な料理が用意されている。場内を飾り立てている眩しいほど華やかな装飾品や内装も相俟ってパーティーというよりお城の舞踏会という雰囲気が出ていた。
壁に掛けられたこれまた豪華な時計を見れば現在時刻は7時丁度。予定時刻までの約1時間、適当に時間を潰さなければならない。
特にやることも無い私達は取り敢えず壁際に移動。いい加減歩き難かったので組んでいた腕をそっと解いた。

「どうする?暇だし踊る?」
「サイカが踊りたいなら」
「うーん…別に踊りたくは、無いな」

ダンスはそこまで好きじゃないし。そんなやり取りをしていればボーイがカクテルグラスが乗ったお盆片手に「いかがですか?」とこちらに声を掛けた。イルミは喉が乾いたのか淡い黄金色のシャンパンを一杯ボーイから受け取る。私は遠慮した。

「お酒嫌い?」
「嫌いじゃないよ。寧ろ好き。だけど今はあんまり飲みたい気分じゃないの」

嘘、本当はお酒に滅茶苦茶弱いから飲めないだけ。どのくらいっていうと身体がアルコール摂取を拒否してるんしゃないかってくらい。この間はビール一本飲んだだけでダウンした。だけど流石にそこまで言う程私は馬鹿じゃない。こんなこと、誰がそう簡単に人に言うものか。
イルミは特に興味の無さそうな相槌を打って気泡が煌めくシャンパンが入ったグラスに口を付け、一気に飲み干す。そのまま偶々近くを通ったボーイに空のグラスを渡して私の方へと戻ってきた。
特に話すことも無くお互い無言で押し黙る。暇だなーなんて思ったら不意に男性が目の前を通った。僅かに視界に入った横顔に反射的に顔を上げ、その人を目で追い掛けてしまう。

「どうしたの?」

イルミの声で我に返る。
よくよく見ればその男性は自分の知っている人間では無いと確認し、小さく安堵の溜め息を吐いてはイルミの方に顔を向けた。

「あの男がどうかしたの?」
「……知り合いと、見間違えたの」
「知り合い?」
「………」
「誰?」

淡々としていながら何処か鋭い声で問い掛けられる。宛ら冷たい針の様な声だ。心無しかオーラも禍々しくなった気がする。平静を装い笑顔を取り繕って適当に誤魔化そうと思ったが彼のそんな声が妙に怖くて嘘を吐く気にすら慣れない。
少しの間だけ黙っていたのだが問い詰める様な視線に耐えきれなくなって仕方無く口を開いた。

「……兄にちょっと似てたの、あの人。顔とか」
「そう言えばお兄さんいるって書いてあったね」
「…私のこと調べたの?」
「うん。駄目だった?」

別に、と私は彼に対し適当に相槌を打つ。調べられたって大したこと出てこないから別に構わない。怪しい奴の情報なんて調べるのは普通だし皆やってるから別段咎めることですらない。ましてや怒るなんてお門違いだ。寧ろ私なんてそれでご飯食べてるくらいだし。
それより「兄」と言った瞬間に彼の鋭い雰囲気が大分和らいだことに気付き、思わず安堵の溜め息を吐いてしまう。あんなオーラをずっと当てられ続けていたい等と思う変人はいない(と思いたい)
そんな私を知ってか知らずかイルミは更に質問を私に投げ掛けてくる。

「お兄さんと何かあったの?」
「別に、吃驚するくらい何も無かった」
「仲良かったの?」
「良くも悪くもなる仲が最初から成立してなかったの」

兄と私は腹違いの兄妹だ。彼は正妻との間の子で私は愛人との間の子。歳は5つ程離れている。正妻…まあ余談だが私は10歳くらいまで彼女を実母だと勘違いさせられていた。この人は私のことを害虫の如く嫌っていたがその息子である彼はそうでも無かった。
良くも悪くも私に無関心だった。彼は私のことを害虫とは思ってなかったが妹とも思ってなかっただろう。もしかすると私の存在など彼の視界にすら入ってなかったのかもしれない。多分居ても居なくてもどちらでもいい、そんな存在。それが彼の私に対する見解だ。
私を毛嫌いする義母、そんな義母の顔色窺いながら申し訳なさそうにする父、無関心過ぎる兄、この中の誰かしらと家族として仲良くなりたくてその中から選んだのは兄だった。
兄妹の絆を深めようと必死に頑張った。兄の好きなものを知ろうとしたり、兄の望む自分になろうともした。でも総ては無駄に終わった。そもそも私に何も求めず、端から視界にすら入れていない兄に何をしても無駄だったのだ。
家族と仲良くなりたい、と何年も焦がれたせいだろう。家出をして10年近く経つが、未だ兄や父、義母に似た人を見掛けると目で追ってしまう悲しい習性が身に染み付いている。今日のもそれの名残だった。

「オレには上の兄弟がいないからわからないや」
「長男だっけ?」
「うん。下に四人いる」
「仲良いの?」
「悪くないと思うよ。でもね、最近キル…あ、二番目の弟ね。キルが最近ちょっと反発する様になったかなー」
「へー、大変だね…」
「うん、大変だよ。もう10歳になるしそろそろ反抗期が来てるのかな…でも父さんとかにはそうでもないんだよね。オレとか母さんとかにはちょっと態度が悪いんだよね、何でかな?母さんは母親と言えど異性だから理解できない部分も多少あると思うしその辺は仕方が無いとは思うからわからなくはないんだけどさ。サイカだって異性の考えで理解出来ない部分ってない?」
「あ、あるけど…」
「でしょ?でもオレは同性だし兄だしで理解出来ない部分は母さんより少ないと思うんだ。だから反発する理由も少ない筈なんだけどどうしてかオレへの反発が凄いんだよ。なんでだろう?サイカはどう思う?」
「……」

知るか。そして長い。おまけに私に意見を求めて置いて更にそのキル?っていう弟くんの反抗期?に対するマシンガントークを続けるイルミ。世間一般でいうブラコン?というやつだろうか。初めて見た。物珍しい目で自分のことを見ている私など全く気にせずそのまま長々と弟くんの話を続けるイルミ。弟くんがどれだけ暗殺者としての才能があるか、そしてどれだけ自分や他の家族達が期待し大切にしているか、という弟くん視点からだと重たい通り越して迷惑極まりない言葉をつらつら並べていくイルミはちょっと楽しそうだった。

「そんなに弟くんのこと大好きなんだね」
「家族だし、後継者だし、当たり前だよ」

当たり前、そう言うイルミにちょっと笑ってしまった。弟くんには悪いが少しだけ羨ましいと思ってしまう。酷く無関心で家族という関係すら築けない兄を持った者としては形に多少難があってもこれだけ愛してくれる兄がいるなんて正直凄く羨ましい。所謂、無い物ねだりってやつだろう。

「……イルミが私のお兄さんだったらよかったのにな」

うっかり漏れた言葉にイルミのマシンガンブラコントークが一時中断される。イルミは目を見開いて驚いた様な顔をしていた。誰だっていきなりそんなことを言われたら驚くだろう。うっかり漏らしてしまったことを直ぐに後悔した。
様子を窺う様にイルミの方を見ればいつもの無表情に二割程の渋みを加えた様な何とも形容し難い表情を浮かべていた。

「オレはサイカが妹は嫌だな」
「あはは、そりゃそうだね」


私かわいげないし、と冗談交じりに言葉を続ければ彼は否定も肯定もしなかった。ああ駄目だ、彼から何も言葉がなかったことに落胆している自分がいる。
事実を口にしておきながら相手に否定を求めるのは面倒な人間のすることだ。我ながら本当にかわいげがない。
さっき「かわいい」って言ってもらえたことがそんなに嬉しかったのだろうか。その考えに辿り着いた途端、頬に朱が走る感覚が否応なくわかった。込み上げる羞恥に口元を抑えればイルミが不審そうな目でこちらを見る。

「どうしたの?」
「あ、なんでもない…!」

ふと壁掛け時計を確認すれば予定時刻2分前だった。後半はイルミの弟くんの話だけで終わってしまった気がする。
もう直ぐ時間、とイルミにそっと耳打ちすれば彼も確認する様に壁に掛けられた時計を見た。

「そろそろ行くけど、絶対に目立たないでね」
「大丈夫だよ」

小さな子供を心配するかの様に彼は今日何度目かの言葉を私に言い聞かす。
彼がそっと私から離れていくのを見送ってから私は時間的に微妙に空いた腹を満たすため、豪華な料理が並べてあるテーブルへと向かった。

20120510