バンリア共和国の首都に存在するサックホテル。125階建てという超高層な構造に加え、施設の充実さ、部屋の豪華さ(一番安い部屋さえ一泊で0が6つは並ぶ)、種類豊富なサービスを最高級の品質で提供、というのを売りにする世界有数の超高級ホテルである。
その物理的にも値段的にも高いホテルを見上げ、思わず感嘆の声を漏らす。噂には何度か聞いていたが実際に訪れるのは初めてだ。お金が無い訳じゃないが基本的に私が仕事で利用するのは安価なビジネスホテルばかりなせいか馬鹿デカイ高級ホテルは酷く新鮮に見えた。取り敢えずイルミに「ホテル着いた」とメールをすれば直ぐに「ロビーにいる」という返事が来たのでホテルに足を踏み入れる。広いホテル内を見渡せば見覚えのある黒髪を見付けた。

「イルミ」

声を掛けた途端にゆっくりと振り向いた彼の大きな黒い瞳と目が合った。中性的に整った彼の顔は改めて見ると本当に綺麗で不覚にも少しどきりとしてしまう。艶々とキューティクルが煌めく髪も相俟って女として負けた気分になった。

「久し振り、サイカ。あ、少し場所変えてもいい?」

仕事の話をするのにホテルのロビーは無用心過ぎるからだろう。私は了承して何処かに向かおうとするイルミの後を着いていく。ホテルの奥へと進み、エレベーターに乗り込む。「部屋でも取ってるの?」と聞けば「取ってないよ」と返された。部屋を取ってないのなら彼は何処に向かっているのだろう。特に話すことも無いので暫く無言になっていると目的の階に到達したのかエレベーターのドアが開いた。そのまま進んでいくイルミの後を着いていきながらも横目で周りを確認する。どうやらこの階はカット、エステ、ネイル、メイク等の美容関係のサービスが並ぶ階の様だ。世の大半の男性には無縁のフロアにの何処に仕事の話が出来る場があるのだろう。そう疑問に思っていたらイルミがふとある場所で立ち止まった。店名と掛けてあった看板を見てカット、メイク、ネイルのみならず服や靴までコーディネートをしてくれる(しかし値段は高い)と言うかなり有名な某チェーン店であることを確認する。
頭の中が疑問符で埋め尽くされながらもイルミを見ればいつの間にか店に入って受付のお姉さんに予約云々言っていた。え?

「あの、イルミ?」
「準備出来たら連絡して。下の階の喫茶店いるから」
「ちょっと、」

イルミに問い詰めようとしたらお店のお姉さんに笑顔で腕を掴まれ、「それではご案内しますー」と半ば強引に店の中へと連れ込まれる。どうしてこうなる。私は仕事の話をしにきた筈なのに。
そのままお姉さんにずるずる引き摺られ、パーティードレスや靴、ストールなんかの小物が沢山置かれている広い衣装部屋の様な場所に通された。お姉さんは私と沢山並ぶ色とりどりドレスを交互に見比べては悩む様な仕草をしている。
お姉さんがこちらに背を向けてるその隙に私はこれは何かの罠の可能性があると踏んで、凝で店中を隈無く見回した。しかし見た所お店の中は別に怪しげなものなど無い。普通の店だ。じゃあ何故イルミはこんなところに?と少ない情報と現在の状況から頭をフル回転させて考察しようと思ったらお姉さんが私に青色と赤色のドレスを二着、交互に宛がってきた。

「お客様はお若いしお肌も綺麗なので色の濃いドレスが映えますよー」
「そうですかー」
「うーん、でもこれだと少し地味ですよねー」

こちらなんかどうですか?と笑顔で訊いてくるお姉さんにまた適当に返事をする。お姉さんが色々話し掛けてくるせいで考え事に集中し難かったがこの程度のことなんて気にしてられない。
今日、彼は私に仕事を頼む予定で呼び出した筈だ。私を呼び出す=私に情報屋の仕事を頼むというのが普通の考えだろう。彼は新規の客で私の便利屋時代なんて知らない筈だし。しかし今現在私の身に起きてる事態は何だ?情報の取引なら態々こんな所に連れて来て着飾らせる必要など無い。
もしかしたら彼は私に情報取引では無く全く別の仕事を依頼したいのかもしれない。ドレスを着せることから察するにパーティー会場に来る人間の暗殺とか、またはその手伝いとか。私が情報屋というより半便利屋と化しているのをヒソカ辺りから訊いたのだろう。でなければ私に情報関連以外の依頼をする理由が無い。つまり彼は私を着飾らせ、パートナーと偽り、何かしら仕事を手伝わせようとしている。これが正しい解答だろう。納得のいく答えが出たお陰か随分と気が楽になったのを感じる。
思わず安堵の溜め息を吐いていればお姉さんが先程とはまた別のドレスを私に宛がい微笑んだ。

「お客様は何かご希望ありますか?色の希望とかこういうデザインの物がいいとか」
「あ、なんでもいいです」
「じゃあこれなんてどうですか?」

店員のお姉さんに深い赤い色のドレスを宛がわれる。正直考えるのも面倒だった私はそのドレスをろくに見もせずに「それでいいです」と適当に返事をしてしまったが着てからちょっと後悔した。胸元が大分開いたドレスだった。
その後、特に手を加えていなかった髪をパーティー用にアレンジされ、ナチュラルメイクというのも失礼なくらい薄いメイクだった顔には華やかなメイクを施され、彩飾のされてなかった爪はドレスに合わせた赤色に染め上げられ、最後に首や耳にアクセサリーを幾つか付けられて漸く完成した。鏡の中に映る別人の様な自分を見て驚きつつも携帯を取り出してイルミに電話を掛けた。




彼女を店の中に置いてきてから自分もブラックタイのパーティー用のタキシードに着替え、彼女の支度が終わるまで喫茶店で珈琲を飲みつつ時間を潰していたら不意に携帯が鳴った。通話ボタンを押して耳に当てれば「終わったよ」と淡々とした彼女の声が聴こえた。「一階のロビーにいるから」と告げて電源ボタンを押して電話を切って、飲み掛けの珈琲をそのままに喫茶店を後にした。
一階ロビーに到着し、そのまま壁に寄り掛かりながら彼女を待った。

「イルミ」

僅かに幼さの残った透き通る様な声で名前を呼ばれる。その声の持ち主が誰かなんて言わずともわかりきったことで、特に何も考えず顔を上げて、彼女を視界に入れた。

「……」

一瞬何も考えられなくなった。
深い赤色のドレスを身に纏ったサイカ。胸元が広く開いたデザインのため、サイカの白い肌や谷間が惜し気もなく晒されているせいか普段より妙に色っぽく感じる。メイクも普段より少し派手なせいか顔付きも艶めかしくなった気がするし髪も緩く巻かれた上にうなじが見える様な髪型にされてるものだから雰囲気そのものもちょっと違って見えて不覚にも目を奪われてしまう。
先程まで落ち着いた脈を刻んでいた心臓が嘘の様に忙しなく騒ぎ立て頭の中を混乱へと導いてはぐちゃぐちゃにしていく。

「さっきから凝視してるけどドレス、そんなに似合わない?」

溜め息混じりの彼女の言葉で漸く我に返る。サイカのを見れば眉を寄せ僅かに不機嫌そうな顔をしていた。心臓は相変わらず五月蝿いくらいの脈を刻んでいるが先程より大分冷静になった頭で改めて彼女を観察する。巻かれ、結い上げられた髪、少し派手なメイク、首元や耳朶で輝くアクセサリー、深い赤色のドレス、ドレスと似た色のヒールの高いパンプス。ドレスやメイクの雰囲気から感じる色気や艶やかさと彼女の大人の女性と言うには少し足りない年齢や顔付き、仕草。女性の艶やかさを少女の愛らしさが混ざり合って彼女をぞっとするくらい魅力的な存在に作り上げていた。
ちゃんと彼女を見れば見るほど心臓が気持ち悪いくらい速く脈を打ち、落ち着いていた頭の中も再びぐちゃぐちゃになっておまけに身体は少し熱くなる。訳がわからない。こんな調子で、オレはちゃんとサイカを殺せるんだろうか。

「あのさ、仕事の内容訊きたいんだけど」
「サイカ」
「なに?先に質問答え、」
「かわいい」

ほぼ無意識に口から出た言葉は彼女の言葉や動作を一時停止をさせた。目を大きく見開き、口をぽかんと開いて固まるサイカ。その数瞬後に自分がどうしてそんな言葉を口にしたのか理解できなくて彼女同様、オレの動作も一時停止した。
かわいい?何でそんな言葉が出たの?訳がわからない。自分が言ったことなのに理解できない。普段と違う彼女が凄くかわいく思えた。でもなんでかわいく見えたの?オレ他人に対して「かわいい」なんて感情抱いたことないよ。ましてや口にするなんて有り得ないにも程がある。どうして自分の感情なのに理解できないんだろうか。

20120408