サイカを殺そう、その結論に辿り着いたのは彼女のデータを見て直ぐのことだった。彼女と出会ってから今までに無かったくらい感情の揺らぎは激しくなり、頭の中は困惑や混乱で済まされないくらい思考が彼女という存在によってぐちゃぐちゃに掻き回されている。このままだと仕事に支障が出るんじゃないかとオレは判断した。その判断を決定付けたのは彼女の婚約者のデータを見た時だ。別にこれと言って不自然なことや不快なことが書いてなかったというのに彼女が関わっていたというだけで紙上の僅かなデータしかしらない相手に対し形容し難い苛立ちを覚えたからだ。こんなこと今まで無かった。彼女は危険だ。どういう風に危険だとかはわからない、だがサイカがオレに取って危険な存在だと第六感が告げている。自分が彼女に抱く感情の名前を見出だせない限り彼女はオレに取って原因、正体共に不明な危険因子になることは確か。危険因子は一体何であれ大きな被害が出る前に消しておくのが常だ。
そう言えば請け負った仕事の中にターゲットの主催するパーティーに潜り込まねばならなかったのがあった筈。確かあのパーティーはパートナー付きじゃないと参加出来ないって面倒な条件があった。彼女にパートナー役をやって貰おう。これで殺すために呼び出す口実が出来るしついでに仕事も出来る。正に一石二鳥。
パーティーは来週だった気がする。オレは携帯を手に取り、サイカに電話しようとしたが一度よく考え直す。まだ片手で数える程しか会ったことは無いがその中で把握した性格と先程燃やした資料から考えてサイカは大分用心深いタイプに属する人間だとわかる。まずサイカが自分の本名をばらしたのは相手に自分のことを調べさせるためだろう。そこで自分の十歳以降の情報が見つからないことをデータ越しに教える。この時点で彼女を調べた人間は異常性に気づくだろう。人が生きていく以上、何をやっても何かしら痕跡が残る。戸籍を持たない流星街出身でもないなら尚更。それがある一定を境に綺麗に隠され、消されているということはそうあることでは無いのだから。
それに彼女が中途半端に情報を残しておいているのは意味があるんだろう。オレの予想だと彼女なりの警告だ。一部血の繋がらない人間もいるが自分の家族が堂々とデータ上に載っているのだ。万が一にも弱味になる可能性も有り得なくは無い。だが敢えて載せているのは恐らく彼女の家族に人質としての価値は無いと言いたいからだろう。本当に大事なら安易にデータを残しておくことはしない。資料には詳しく彼女と家族の仲までは載っていなかったが家出までしてるんだ、きっと良くはなかっただろう。だが仲良くなかったところで家族なんてそう切り捨てられるものじゃない。だが彼女はいつでも切り捨てられるということをこのデータで示している。
彼女の狙いは多分、このあまり多いと言えない資料からそこまで予測させることだ。自分の能力の高さと家族さえ捨てる冷酷さを相手に知らせ、警戒させる。ある程度の距離を保たせ、決して自分に踏み込ませ無い様に。
仮にここまで彼女の頭が回るとしたらパーティーのパートナー役なんて情報屋として専門外な仕事を引き受けるとは思えない。明らかに怪しんで、警戒することだろう。不味いな、必要以上に警戒されると殺し難くなってしまう。なら適当に情報の取り引きをしたいと呼び出すのがいいだろう。ドレスとかメイクはこっちで用意すればいい。抵抗されたらまぁ、予定は多少狂うがその場で殺してしまえばいい。
簡単な計画を練ったところで彼女に電話を掛けようと携帯を開く。彼女の番号を見付け、通話ボタン押そうとする指が心無しか震えている気がして自分が気持ち悪くなった。どうしてサイカが絡むとこうも自分はおかしくなるのだろう、やっぱり彼女は危険だ。殺さなくちゃ。困惑を振り払うようにボタンを押して携帯を耳に当てる。二回目のコール音終了と共に電話が繋がった。

『もしもし』
「もしもし、サイカ?」
『そうだけど、また仕事?』
「うん。仕事頼みたいから来週の日曜に会えない?」
『来週の日曜?場所は?』
「バンリア共和国の首都にあるサックホテル」
『わかった』

またね、という言葉と共に電話が切れた。
携帯をベッドの上に放り投げて溜め息を吐く。まただ。またサイカの声が頭から離れなくなった。心臓の鼓動が速くなって気持ち悪い。やっぱりサイカが絡むと何かがおかしい。早く殺さなきゃ。ヒソカが気に入ってるってことはそれなりの使い手、ってことだから十分用心しなきゃならない。隙を見て一撃で仕留めるのが一番好ましいけどそれに失敗したら相手の能力だって不明だし最悪泥沼化するかもしれない。
十分準備してから行かなきゃ、そう思うが何と無く億劫に感じて、胸の奥に僅かに突っ掛かるのが気になった。何でだろう。

20120314