7月9日 21時59分 自宅にて

『明日は一日中雨でしょう』
 そんなテレビの天気予報を聞きながらの宿題ほど億劫なものは無い。
 プリントの空欄を適当に埋めて鞄にしまった。
 もう、テレビなんて見ながらしなきゃ良かった、気分が落ち込んだ。
 雨が嫌いな訳じゃない、むしろ風流だなってたまに思うし。
 だけど明日は、せめて明日だけは、晴れがよかったのに……。

 だって、明日は年に一度のお祭りだから――



7月9日 13時5分 教室にて


「ねぇ、明日の清明さん祭りどうするー?」
「清明さん祭り……もうそんな時期なんだね」
「ねえ、一緒に行かない?」
 昼休み、お弁当を食べ終えて、図書室に行くには時間が足りないので教室の自分の席でボーっとしていたら友達の彩夏に声を掛けられた。
 綾香に言われて気づいたけど、明日は清明さん祭りなんだ……。

 『清明さん祭り』とは正式には、『安倍野神社祭』といって、この市にある安倍野清明神社が主催のお祭り。
 厄払いが目的なんだけど、厄払いは1月と7月の年に2回。
 だけどお祭りは7月の一回だけ、今年は7月10日。
 安陪晴明さんが毎回抽選で破邪矢を配って厄払いをするっていう 。
 もちろん、ちゃんとした縁日や屋台とかでるお祭りって感じのお祭り。
 それが明日ある、正式な占いか何かで決めた日取りだから雨が降っても行われる、雨天決行というやつ。
 そう、あした……。
 出来れば、好きな人と、行きたいなあ……なーんて、ね。
 とりあえずごまかすしかない、行けるってわけじゃないけど行けないってわけでもないから、一応予定は空けておきたい。
「あー、えーと、その……」
 口ごもっていると、扉の開く音とすごく知っている人の声がした。

「なあ、前川春菜いるか?」

「え……あ、先輩!」
 私の名前が呼ばれたので声の方に向くと教室の扉のところに部活の先輩がいて、私を探している様だった。
 私はあわてて先輩に手を振り、いることと伝える。
「おー、いたいた、ちょっといいか?」
「あ、はい、今行きます!……綾香、ごめんね」
「ん……ああ! いいよいいよ、いっておいでえ」
 先輩と私を交互に見て、それから少し考えてからにっこりと笑顔になった綾香に苦笑を浮かべる。
 うーん、笑顔というよりニヤケ顔の方が近いかも……なんか不安だなあ。
 何か勘違いされているような気がしないでもない、でも今はそれどころではない。
 
「なに考えてるか知らないけどそんなんじゃないよ!」
「はいはいわかってるよ、むふふー」
 絶対にわかってない。勘違い、って訳でもなくて、あながちというか半分正解だから。
 あの先輩は、私の片思いの相手、だから先輩とお祭りに行きたかったりする。
 教室の扉に寄りかかっている先輩……中川裕二先輩の元へと急いだ。




7月9日 13時12分 廊下にて


 休み時間もあと3分くらい、先輩の手元を見ると化学の教科書を筆記用具が抱えられているので、次の授業は移動教室なのだろう。きっと私への用事を済ませてから移動するのだろう、私もよくするから分かる。
 私が先輩の下へ行くと、先輩はガシガシと頭を掻きながら私に言った。
「突然ごめんな」
「い、いえ……それで、何の用ですか? 部活で何か?」
「半分当たってんだけど、違う」
 私の頭にエクスクラメーションマークが大量に浮かび上がる。
 部活じゃなかったら何なんだろう、半分当たりって……考えれば考えるほど頭の中がごちゃごちゃになる。
「明日清明さん祭りだろ? それで……」
「え……」
「部活のメンバーで行かねえかって話になってさ」
「ああ……そうですよね」
「ん、どした?」
「いえ、何でもないです! 楽しみだなあ!」
「そっか……」
 精一杯楽しみだと振舞うと先輩は微笑んでくれた。
 実際楽しみなんだけど、部活のメンバーみんなで、っていうのがちょっと複雑。
 この空気にちょっと耐え切れなくなってきたとき、予鈴がなった。助かった、そう思っていると先輩はゴメンもう行くわ、と走って行った。先輩はいつも元気だな。

 さっきの先輩の笑顔、少し元気が無いように見えたのは、気のせいだといいな……。




7月10日 17時35分 清明神社・鳥居の下にて


「す、すみません遅くなりました!」
「いやいや、そんなに待ってないから大丈夫」
 待ち合わせ場所の鳥居に行くと先輩はすでにいた。
 待ち合わせに5分も遅れるなんて。
 
「中丸先輩は?」
「あいつは彼女と行くんだとよ」
「雪野先輩は、」
「あいつも彼氏と」
「あと、」
「あとはみんな友達や家族や恋人とだとよ……んで、残ったのが俺たち二人」
「そうですか、私たち二人……二人!?」
 やばい、頭が混乱しそう、いやもうしてるけど。
 これは偶然にも二人っきりになってしまって仕方なくという形でも先輩と二人っきりでお祭りデートですか!?
 先輩と二人っきり先輩と二人っきり先輩と……。
 考えことをしていたら足がもつれて転びそうになった。



7月10日 17時47分 清明神社・出店(射的屋)にて


 射的屋の前を通ると、棚に並べられたウサギとカエルのぬいぐるみが目に映った。
「先輩! あのカエルのぬいぐるみとってくださいよっ」
「……ウサギじゃなくてカエルか?」
「ウサギじゃなくてカエルです!」
「お前、変わってるって言われねえ?」
「……どういう意味ですか?」
「え、そう言うって……ククッ」
「先輩今笑いましたねー!」
「笑ってないよーっだ、あははっ」
「笑ってるじゃないですか! もー!」
 笑う先輩と追いかけっこになってしまう、浴衣を着ているせいか走りにくい。それに気づいたのか先輩は走るスピードを緩めてくれた。

 ひとしきり追いかけっこを終えると先輩はさっきの出店でカエルを取ろうと奮闘してくれたけど結局取れなかった。
「くっそー! ごめんな」
「いや、先輩が謝ることは無いです!」
 私のために先輩は二千五百円も使ってしまった。すごく罪悪感がある。
 次の出店に移動しようとしたら射的屋のおじさんに呼び止められる。
「おい兄ちゃん」
「え、俺ですか?」
「そうそう、こっちおいで」
「はい、ちょっと春菜はここで待ってて」
「わかりました」
 何の話をしているんだろう、私のいる場所からはあまり様子が見えない。
 しばらく待っていると先輩は笑顔で戻ってきた。
「何だったんですか?」
「秘密」
 先輩はそれだけ言うと私の手を取って歩き始めた。

 今私は先輩と二人だけでお祭りを楽しんでいるんだ。そう思うと顔が熱くなるのがわかった。
 先輩が私の前を歩いてくれていて助かった。




7月10日 18時47分 清明神社・出店(型抜き)の前にて


「……あ、雨だ」
 空を見上げた先輩が一言、そう言った。
 私も空を見上げたら鼻先につめたいものが当たる。空は灰色の雲に覆われていた。
「こりゃ大雨になるぞ!」
 雨脚が強くなるの感じながら二人で神社の境内へと急いだ。




7月10日 18時50分 清明神社境内にて


 急いで走ったからそんなに雨に濡れなかったけど足が痛い。浴衣なんか着なければよかった。

 大雨になったと思ったら、頭上から飴が降ってきた。
「ひゃっ!……先輩?」
「そんなに暗い顔すんなよ、この飴やっからさ」
「あ、りがとう、ございます」
 お礼を言うと先輩はにっと笑った。
 私の周りに散らばった飴を一つずつ拾って巾着に入れていく。
 先輩も笑いながら飴を拾うのを手伝ってくれた。といっても先輩が降らせたんだけどね……。
「……この飴どうしたんですか?」
「射的屋のおっちゃんがくれた」
「あの時の……!」
「そ、『彼女と一緒に食べな』って」
「彼女って……」
 すると先輩が私を指差す。って、え? 彼女って私!?
 自分の顔に熱が集まるのがよく分かる。体中の血液が集中しているってくらい私の顔は赤いのだろう。
 なるべく顔が見られないようにしながら飴を拾うことだけに集中する。これ以上先輩とのことを考えると倒れてしまいそうだ。
 ちらりと見えた先輩の顔も少し赤かった。


「これで最後……だな?」
「みたいですね」
 飴を全て回収したことを確認して、一息ついた。
 それから、よっこらせ、と何とも親父くさいセリフを言いながら私の隣に腰を下ろした。
 おやじくさーい、なんて笑うと先輩が怒りだす。部活内でも高齢の私たちのやり取り『父と子のコント』。今思うと何なんだろうこのやり取り。
「何をー! 俺はまだピッチピチの18歳だゾ!」
「ごめんなさーい、お父さーん」
「まだゆーかぁー!」
「あはははっ」
 こうやって先輩と笑い会える日もあと半年。このくだらないコントもあと半年、でも先輩も受験があるだろうしもう今日で終わりかな……。
 それに私は先輩の彼女ってワケでもないから毎日も会えるわけでもない。
 ああ、どうやったら毎日会えるようになるんだろう……。
「雨、止まないな」
「そうですね」
 このまま止まなければずっと先輩と一緒にいれるのに。
 私は一息ついて、巾着からアメを出して包装紙をめくって口に入れる。
 甘酸っぱい梅の味が口いっぱいに広がる。おいしい。
「あっ、俺にも一つくれー」
「あ、はい、どうぞ」
 先輩が取りやすいように巾着を開くと、先輩は適当にひとつ選んで口に入れた。
「あまずっぺー」
「そうですね」
 それからしばらくの間、二人で雨を見ていた……。



7月10日 18時53分 清明神社境内にて


「春菜とこうしていられるのもあと半年か…」
「……先輩?」
「お前にだけ言うけど、俺さ、高校卒業したら東京の大学行こうと思うんだ」
「え、」
 雨の音だけがやたらと耳に響いた。
 真剣な顔をしているからきっと本当のことなんだろう。
 でも信じたくない、先輩が卒業したら東京に行っちゃうなんて
「最初はさ、近くの大学も考えてたんだけど、東京のほうがレベル高いし、それに短大だし」
「はい、そうですね」
「そんで、卒業して、エリートじゃなくても良いからそこそこの会社に就職して、向こうでマンション買って、結婚して子供作って、向こうで暮らそうと思ってるんだ」
「そう、なんですか……」
「そんでもって、この時期になったら帰省して、家族で清明さん祭りに来て過ごす……どうだ、良いと思わないか?」
「いいと、思います……」

「じゃあさ、お前さ、卒業したら東京来いよ」
「え……?」
「それでさ、一緒に暮らそうぜ」
「え、あ、それって……」
「前川春菜さん、俺と結婚を前提にお付き合いしてください」
「えええええっ」
 訳がわからない。先輩が私に告白をしていて、結婚を前提に付き合ってくださいで、私は前川春菜で……考えれば考えるほど頭がこんがらがってしまう。
 先輩は私を見詰めたまま顔を赤くしていた。それを見た瞬間、私力いっぱいに答えた。

「わ、私も好きです! よ、よろしくお願いしまふ!」

 肝心なところで噛んでしまった、恥ずかしい。
 先輩をちらりと見るとさっき以上に顔を赤くしていた。
 顔の赤いカップルが清明神社の境内にて誕生したのだった……。



3月7日 15時50分 都内某所にて


 連絡もせずに来たけど、先輩びっくりするかな?
 今は先輩じゃなくて“裕二さん”か……裕二さん、きっとびっくりして腰抜かしちゃうんだろうな。
 身だしなみを確認して、チャイムを押す。するとインターホンから大好きな声が聞こえてくる。
「はーい、どちら様ですか?」
「裕二さん、私です、春菜です」



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