西涼祭、つまり私の通っている高等学校の文化祭、の二日目。所属している部活の店番をしているときに彼女はやってきた。

「スズネ、暇?」
「だったら良いのだけど……」

 笹子は私を見つけるなり表情を明るくし、私はそんな笹子の笑顔にどきりと心臓が鳴った。そう、何を隠そう私、佐山スズネは笹子が好きなのだ。一人の女性として、一人の女性である彼女を愛している。
 彼女のためならば何だってできる。うそ、自信があるだけで何でもはできない。殺人とか、流れてる水を跨ぐとかニンニク料理食べるとか。
 そんなことどうでもいい。今は笹子が私を訪ねてくれたことが重要なのだ。
 私の部活動の出し物は写真展示とお客様の無料写真撮影&印刷。写真集とポストカードの販売。先輩方は別室の写真撮影のほうへ駆り出されていて、こちらのスペースには私だけ。
 今は校庭のステージで吹奏楽部のライブをやっているから客はみんなそっちへ行って、私たち写真部の展示に客はほとんどいない。
 だから私一人だけが残されてさみしい思いをしていたところに、笹子が来てくれたのだ。彼女を天使と言わずに何と呼ぶ。

「誰もいないの?」
「うん、あと三十分もすれば交代なんだけど。……座る?」
「そうする」

 受付に座る私の横に椅子を一つ差し出せば彼女はゆっくりと腰を下ろした。
 今この閑散とした状態ならゆっくりと話せる、そう思った。

「私の話、聞いてくれる?」
「うん、聞く」
「私、人間じゃないの……正確には、半分人間、半分は人間じゃないの」
「詳しく教えて」
「うん……」

 私の母はヴァンパイアの一族に生まれた由緒正しい吸血鬼だった。家計図を辿ればその始祖はルーマニアのトランルバニア地方出身のワラキア公ヴラド3世とこ、ヴラド・ツェペシュである。
 種の繁栄を望む彼の意志により血を守るため一族間の婚姻が旧習となっており、嫡女ではない母にも同族の婚約者がいた。
 しかし母は一般人の父と出逢い、恋に落ちた。当然、一族はそれを赦してはくれなかった。故に母は全てを捨て父と駆け落ちすることを決意し、実行した。
 私を身ごもって、直ぐのこと。それから人間と吸血鬼のハーフである私が生まれ、普通の人間として生きてきた。

 そんな、少女マンガで使い古された設定ような生い立ちを、彼女は相槌一つ打たず、黙って聴いてくれた。ただ、ただ、黙って。
 その表情はいつもより心なしか寂しそうで、欲しくもない同情心で私を見ているのかもしれない。はたまた突拍子もなく、自分が人間と吸血鬼のハーフであるなどと現実味のない話をしているおかしな奴だと私の頭を哀れんでいるのかもしれない。
 いずれにせよ私は彼女に同情してほしい訳でも、頭の心配をしてほしい訳でもない。私はただ笹子に知ってほしかっただけなのだ。佐山スズネという存在の少しでも。

「……ごめんなさい、楽しむべき日に。もし不快な思いをしたのなら忘れてほしい」
「ううん。絶対に忘れない」

 彼女はとても優しい。その優しさに漬け込んで私は笹子への恋心を隠して、彼女の友達でいる。

「そうだ。これから映画でも観に行かない?」
「映画……?」
「映研の人たちから前売り買ってたの。スズネと一緒に観たかったからさ」
「私と一緒に……」

 決して他意などないのだろうが、その言葉だけでも私は天にも昇る気分だ。
 笹子は二枚のチケットを見せてきた。映画研究会が作成したチケットはそれっぽい出来で、少し感心した。

 数分後、交代の子が来たのですぐに引き継いで私は笹子と視聴覚室へ向かった。
 タイトルは『帝都の休日』。貴族の男性と、帝都に住む一般記者の女の子の、身分違いの恋の話。ストーリーはまんまローマの休日だったが、現代日本風にアレンジされていて中々面白かった。
 映画のクライマックス、女性記者が貴族の男性に質問しているシーンで笹子は私の手を強く握った。私の心臓はばくばくとうるさい。

 映画を観終わり会場から出てすぐに笹子は言った。

「私はスズネが何者であっても、スズネが好き」

 この言葉は私の恋心をより一層膨らませるのには十二分だった。


目次へ戻る
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -