「おい小娘、そこで何をしている?」

 背後からの声に肩がはねる、振り返ると腰まである艶やかな髪を緩やかに纏めた青年。青年と断定した理由は整端な顔つきと服装。服装は着物、真っ黒な袴を身に着けており胸は無い。
 袖から延びる腕は引き締まっていて程よく筋肉が付いている。樹齢何百年もある樹木に寄りかかり、腕を組んで少女を睨む。
 その表情に少女の眉間に皺が生まれる。

「何ですか?」
「それは我が問うておるのだ、貴様は我の問いに答えておればよい」
「私は道に迷っただけですけど、あなたは……?」
「小娘風情が我に質問とは生意気な」
「こむすっ……」

 少女が眉間のしわを増やすと青年は静かに笑う。青年の言動が気に入らなかったのか少女は憤慨した。なぜ笑うのかと少女が問えば青年はまた笑う、生意気だと言えば貴様の方がよっぽどだと睨まれる。それの繰り返しを行うこと数十回、少女は諦めたようにため息をつく。
 やっと落ち着いたか小娘、重い腰を上げた青年が吐き捨てる。湿った匂いが青年の鼻を掠める、青年は空を見上げる。

「小娘」
「……何ですか?」
「早くこの森から出てゆけ」
「それが出来ればとっくに……」
「一雨くる」

 青年の言葉を皮切りに、ぽつり。ぽつり。雨が降り始めた。
 少女は青年の寄りかかっていた大樹の下に入り雨を凌ぐ。

「さっきまで晴れてたのに」
「山の天候は変わりやすいからな」
「ちょっと濡れた」
「ふん、いい様だな、小娘にはお似合いだ」
「うるさいっ」

 通り雨だったらしく暫くしたらすっかり元の晴れ空になる。
 少女は早めに下山しなければと帰り道を探す。見つからない。
 先程から道なりに真っ直ぐ進んだ結果が此処にたどり着いたのだ。つまりはこの道を進んでも今居る場所に戻ってきてしまう。所謂無限ループ状態。

「どうしよう……」
「……小娘、ここを道なりにまっすぐ進め」

 青年は今まで少女が歩いてきた道の脇にある細い道を顎で示す少動物のみが通れるような細い道。

「え……?」
「さすれば麓に出る」
「えっと、」
「さっさとこの山から去れ」
「……ありがとうございます」

 帰れる確証はないけれど、青年が嘘を吐いている様子はないので一応礼を言う少女。
 早く行け、青年が少女の背を押す。少女はそのまま歩く。途中振り返ると大樹には誰もいない。青年の姿は無い。
 居なくなったという表現が正しいのか、消えたという表現が正しいのかはわからない。それとも元から青年は居なかったのか。

「変な人だったな……」



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