主に出来た最愛の人間は主と同じ人であった。審神者ではあったが、それだけ。
なんの特徴もないような男であった。その程度の男だった。その程度の男にしか見えなかった。


それなのに、俺達の主の愛を一心に向けられていた。


それは刀剣たちにどれ程の動揺と葛藤と苦痛をもたらしたのか。そんなことへの想像はどれだけ易いことか。俺も当然のようにその感情を抱く者であったからだ。

主を応援するものも中にはいたがそんなもの極少数で、ほとんどが泣いて縋ったりその男の抹殺を企てたりヤケになったりしていた。基本の方向が相手の男に向いているのは、主に忠実な刀らしいといえばそうなのであろう。


けれども、俺は。

そう、多分。いいや間違いなく。"そう"であったからこそ、狂おしいほどの感情と感傷は我が主に向いていたのだ。



「――……結局のところ、主は俺達を、敵を倒すための道具としてしか見てなかったのであろう?」

「っ、何を…!!」

「その通りであろう。
 俺達のことが大切だと甘言で囁いておきながら、その実心は他の男へ向けて。あまつさえ側に居ると言ったその身すら男の元へ置きたいと言う。
 そんなこと、本当に大切だと思っているのならば考えられぬことではないのか?なあ、そうであろう?」



「そんな、その程度の気持ちで俺の主であると名乗るなど烏滸がましいにも程がある」



其処で他の刀剣に止められはしたが、そんなものとうに遅い。

その言葉を聞いたの主の表情と言ったら。
目を限界まで見開いて、ありとあらゆる負の感情を俺を写した瞳の更に奥に描いていた。



「……もう、いいよ。暫く一人にして」



ぴくりと振り上げかけたその手は強く握られ、静かにそう言い放った。



その場はもう誰も何も言えずに静まり返った。










翌朝。

主の籠った自室から最も遠く離れた場所で一夜を明かした俺の耳に届いたのは、短刀たちの泣き叫ぶ声だった。


滅多にないどころか今まで一度だって聞いたことのないその状況。しかしながら原因は容易に考えられるその現状。

何一つ動かない表情と冷たくなる一方の器とは裏腹に息は荒ぎ心音が強くなる。


まさか。だって。

そなたは俺達の、俺の主であろう。



声を頼りに着いた其処はこの本丸の出口。
それは、血の海ではなく死屍累々屍の山でもないのに、地獄絵図としか例えられない光景だった。





「――ああ、遅かったね三日月」



泣きつく短刀達をゆっくり、けれども躊躇なく離しているのは間違いなく主だ。
そのまま俺を見据え、俺の名を呼ぶのは俺の主である。

間違いようがない。この俺を降ろした張本人。刀剣としての刃生としては短けれど、それでも長らく側にいた。俺を大切だと、傍に置くと言った。


ただ一人の。



――もう一回説明するけど、私今日から審神者じゃなくなったの。

――政府に昨日届けて認証されたんだ。

――だからもう貴方たちの、刀剣の主じゃないの。



たった、そう、たったそれだけで世界が壊れた。


一度聞いていたと思われる短刀たちは、その言葉の初めから聞きたくないとでも言うように叫んでいた。それなのに嫌なくらいその声ははっきり届く。

視界端では泣き喚く者叫ぶ者、それらを通り越して崩れ落ちる者。


これを地獄絵図と言わずになんというのか。



「――つまり、昨日の俺の返答として、主は、結局俺達のことなどなんとも思っていなかったのだな?」

「……まあ、そうなのかもね」



違う。そうではない。



「愛などまるでなかった、と」

「本当に愛する人ができた今、多分あれは勘違いだったんじゃないかなって思うよ」



そんな言葉など聞きとうはない。



「…今までは全て嘘だったのか?」

「嘘…。まあでも、そうなるのかな」



嫌だ嫌だ。違う、違うのだ。



「傍に置くとの言葉も大切にするというのも、」



静かに俺を見て笑うその目に俺はいないし、後悔も悔恨も微塵も有りはしない。


嗚呼、駄目だ。本当に、



「…所詮その程度であったのだな。口先だけでしかないすぐに意見など変えるような代わり映えのない人間であったのよな。義務でしか俺たちを扱えず結局移り気で捨てていく。大切になど愛などと言いながらも、結局は何も知らぬような「黙れ」



淡々とした、淡々としか語れぬ俺の言葉を語気強く遮った。


もう主は俺を写してすらいない。

俺は今、一体どんな表情を浮かべているのか。
泣いてはいない。笑えは、していない。無表情なのか泣きそうなのか、それともどれでもないのかわからない。どんな表情でも気に留められないなら意味がない。



「三日月が、"それ"を騙るなんて馬鹿馬鹿しいにも程があるよ」

「何を「私の気持ちなんてわからないくせに。分かるわけないくせに。愛なんて知らないくせに」



わからないのは当然のはずなのだ。
人間、どれだけ親しかろうと互いの気持ちなど終ぞ全ては理解し得ぬ。


けれども愛は。

主への。彼女への。愛、ならば、








「所詮モノのクセに何を言っているの」



「刀が、人の器を纏っただけの模造品が」



「人間の感情を喜怒哀を、」






「何よりも愛を。騙るなニセモノ」




――嗚呼、やはりその程度。

その程度でしか有りはしなかったのだ、俺の存在など。俺の愛など。

彼女にとっては。




躊躇いなく出口へと歩む彼女を止める手はとうに潰えていた。

















リハビリ兼開き直り。
三日月を泣かせてみたいなと思って書いたはいいけど結局泣いてない…←
その内続きを書きたいです。



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