あ、ヤバい。
そう思った時点で時既に遅し。

何かがめりこんだ様な鈍痛が腹部に走る。そのままくの字になって倒れかけたところで、ダメ押しの様に更にもう2発。



「ぐぁっ……!!」



慣れか根性か、それとも意地か。倒れる際に、悲鳴は上げてない。けどそれが気に食わなかったらしい相手。
前のめりに倒れた私を足だけで仰向けにして、腹部を強く踏みつけた。



「……ホント変わらないね」

「はっ、手前ぇもなナマエ」



ついでと言わんばかりに腹に掛ける体重を強くしてくる相手。
ゆるりと厭らしく口角を持ち上げているだけなのに、それだけでいつものフリッピーの面影は無くなる。








フリッピーと二人で仲良く散歩中。本当に珍しく、周りには誰もいなくて危険要素も全く見受けられない。そんな時間にフリッピーが転びかけた。
咄嗟に受け止めようとして前に行ったら、当然のことながら支えきれずに私ごと巻き込んで横転。
……そこまでは、まあ良いのだが。

その転んだ先に何故か硝子の破片が落ちていた。
ヤバいと思った時にはすでに遅く、硝子で腕を切ってしまった。


そうなればもうどうしようもなく、フラグが立ってしまった状態なわけで。

そしてそのまま回避する術もなくこんな状況に陥ってしまった。






「……足、退けてよ」

「退けると思ってるのかぁ?」



にやにや。
形容するならばそんな感じの意地の悪い笑み。いつもと違った、わざとらしい間延びしたセリフは私の苛立ちを増加させる。
しかし、そこに愉悦は感じられず、寧ろ淡白な印象を私に与えてくる。

訳が分からない。理解したくもない。


痛みと嫌気に顔をしかめると、追い打ちをかけてくる。



「さて、今日はどんな風に殺して欲しい?選ばせてやるよ、優しいだろ?
昨日は素手で殴ってやって撲殺。一昨日は致死性の低い薬で毒殺。その前は上に物を載せていって圧殺。更にその前は…」



語られるセリフに耳を塞ぎたくなるのを抑える。


思い出したくもないあの苦痛。

ここ暫く、どころか思い出せる範囲での全て死因は目の前の男が原因だ。

聞けば分かる通り、目の前の男は他はあっさり殺す癖に、私だけは異常に苛めて虐めて虐め抜いてから殺す。



ただでさえフリッピーを苦しめているから大嫌いで大嫌いで憎くて仕方ない。その上で自分自身にもこんな行為をされれば当然ながら。

けれど私はコイツは大嫌いでも、フリッピーは大好きなのだ。




「アンタを呼んだ覚えはないよ、フリッピーを返して。早く消えて」

「……手前ぇが先に消えるっつぅ頭はねえのか」

「私が死んでフリッピーが戻ってくるならそれでいいよ」



こればかりはきっちり言いたいから、目を合わせて答える。

目の前の男は、先ほどまでの笑みを消して視線を逸らす。
思い切り舌打ち。と同時にまたも一発。今度は寝ころんだ体制の私の喉元に。



「黙れ」

「何っ……でも。い、……から、早く……てよ、」



思い切り見下され、睨まれようが言葉に詰まろうが気にしない。


嫌い嫌いは行き過ぎれば無関心になる、とは誰が言ったものか。
全く持ってその通りだと思う。

毎回毎回繰り返される最低で最悪な行為。
けれど、最近はどうでもいいよくなってきた。自分に対するコイツの行為なんて。(フリッピーへのことはまた別だが)

何度も繰り返す内に自然と順応していく身体と思考には嫌気がさすがこれが一番良い方法だとも知っているから諦め始めた。



「うぁっ…!!」



致命傷にはなり得なくても、神経が通っていて痛いところなんて人体にはたくさんある。
そこばかり狙ってくるこいつはやっぱり極悪で、(よほど捻くれてない限り)私を嫌っていることがよく分かる。

あまりの痛みで、それだけで死ねそうだけどそのギリギリをついてくる。最悪。









……正直に言ってしまえば。

私が死ぬことくらいで済むんなら――痛がって苦しむことで良いのなら、何時だってそうしてくれて構わない。それでフリッピーが返ってくるのならいくらでも、とも本気で思っている。


でもフリッピーは悲しんでくれるから。中々完全には受け入れられなくて。


フリッピーがやったことじゃないんだから、気にしなくていいのに。優しすぎるんだ。私のことより自分のことを考えてほしいのに。
いつもいつも優しくて柔らかくて暖かくて。そんなフリッピーに触れてたから自然と私もそうなって。なったはずで。


既に幾分もの血が流れて、思考が取留めなくなっていたのにフリッピーのことなら幾らだって考えられるのは、うんまあいつも通りだ。




ただ、いつも以上に思考に歯止めがきかなかったらしく自然と口元に笑みを浮かべてしまったら喉元にナイフを宛がわれた。



「何」

「……何考えてやがる」

「フリッピーのこと」



そう云えば本当に珍しく、(いつもより大分)早急に且つ目に見えない素早さで致命傷になり得る場所へナイフが振り下ろされた。



「うぁ゛…!!」



いきなりのことで身体が対応しきれず、声が漏れた。あまりの痛みに喉が引きつって声が出ない。

動脈が切れたのか一気に血が溢れ出して服と地面を染め上げる。
ほんの少しの時間で体中の血液は失われて、意識が朦朧とする。



「返し、…て……れる気、…ったの…?」

「………」



無言でナイフを喉に振り下ろされた。
かはっ、と咽るような痛いような痒いような感覚に陥り更に死に近づいていく。


何度も経験したこの感覚にも未だに慣れないけど。毎回毎回殺す瞬間のコイツの表情には、もっと慣れない。




だって悲しそうな表情で刺すんだから。



嗚呼、でも初めは戸惑ったけど今になってはもうどうでもいい。

きっと反応した私を騙して更に突き落とそうという魂胆なんだと気付いたんだもの。
じゃなきゃこんな表情しないでしょう。





グラグラしていた意識が更に歪んで輪郭さえ保たなくなる。
同時に目の前の男すら見えなくなるのに、視界以外はクリアーになる。

聞き取り辛い言葉とか、血以外の滴とか。




けれども私は夢現の中で悲痛に聞こえる言葉に耳なんて一切傾けない。
だって彼は私を騙そうとしてそんな言葉を放つんだもの。

生温い血とは違った液体が上から流れてることにも気にしない。
私を騙す為には悲壮に聞こえる程度の言葉じゃ足りないくらいとうに知っているから演技をしているんでしょう?


そうして、最期にどうでもいい何もかもを全部切り捨てる。



次に目を開けた時隣にフリッピーがいることだけを頭に描いて目を閉じた。






(ただの無意味な繰り返し)

(だってもう諦めた)












主人公は今までの経験により覚醒の言うことを何一つ信じません。覚醒が何やっても、自分を傷つける罠だと思います。

覚醒はヤンデレ兼ツンデレ。素直になったところで今更全く信じてもらえません。



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