「なまえちゃん。ごほっ、なまえちゃん?」



困ったな。何回も呼んでいるのに彼女が出てきてくれない。
少し咽ながらもさっきより大きな声で彼女を呼んでみるが、それでも無反応。

まあ、僕の声が小さいっていうのもあるだろうけど。



「……まったく、最近なまえちゃんは僕が呼んでも来てくれないし、お昼は体に悪いから、って外でお昼寝もさえてくれないし…」



僕、いじけちゃおっかな、なんて冗談めかした考えをめぐらせている刹那、喉がくっと鳴る。そして脳に送られる酸素が一瞬止まったような、ゾクリとした感覚を錯覚させた。



「げほげほっ!!ごほっっごほん!――っ!」



口元を押さえて激しく咳き込む。咳をするたびに、手のひらに生暖かい何かが付着する。
苦しさ故に瞳に涙を浮かべて咳き込んでたら、漸く慌てて君が来た。



「そ、総司さん大丈夫ですか!!?い、いまお薬を―――」

「うるっ……!さい、な…。ちょっと、黙ってくれ、な…げほげほっ!!……いかな」



咳き込みながらも何とか言葉を発し、もう片方の手でなまえちゃんの腕を掴み、こちらに引き寄せる。結果、僕の胸に倒れこみ抱きしめられる形となった。


しばらく抱きしめ続け、ある程度色々な意味で落ち着いてから、笑みを浮かべて――それでもきっと瞳は鋭いままで――僕はなまえちゃんに問いかけた。



「今まで、何処に行ってたの」
 
「え?その……お買い物、とか」
 
「それ以外だよ」



なまえちゃんは困ったように目を泳がせた。

…続きを言うのを待って静かに見ていると、ふと昔を思い出してしまう自分が嫌になる。
もう元には戻れないと誰よりも知っているら。
使いまわされたそんな表現が一番今の自分に適していると思うことにまた失笑。

そんな僕を見て、何を思ったかなまえちゃんがようやく口を開いた。



「――薬、を」
 
「ん?」
 


正直に言おうとする君の言葉を止めないように出来るだけ優しく先を促す。



「総司さんの……病気、を一刻も早く治せる薬を……」
 
「…あはははははっ。
なんで君がそんな事するのさ?僕は一度、死んだんだ。この地に来て、ずいぶんと良くなった。それなのにまったく、可笑しいことをするね」
 
「可笑しく、ありません」



下唇を噛み、髪でその表情を隠しながら小さく呟いた。



「なんで?」
 
「可笑しいなんて、私が言わせません」



「総司さんの病気は……どんどん進行してます。…目に見えて、わかるほどに」



顔を上げて僕を見据えたその瞳は悲しみ以外に映っていない。



「もう、もう。残された時間は少ないことぐらい私にもわかるから……っ!!」



瞳の端から少しずつ溢れてくる涙。
もう少しで零れてしまいそうになっている。



「だから、私は!総司さんと離れたくなくて!発作が少しでも収まる薬を……!!」
 
「わかった、わかった」



頬に伝ってしまった雫を指で掬い取ると、それを合図にしたかのようになまえちゃんは泣きじゃくってしまう。
普段は散々なまえちゃんを苛めて泣かせているくせにこういうときのこの子の涙には滅法弱くて困る。

普段言わないようなことを言ってしまうから。



「……あのときの言葉、なまえちゃんは覚えてるかな」


「僕は、君が好きだ……否、愛してる。他の女性なんていらない。この世界で君がいればそれでかまわない。でも、そうやって望む僕に時間が無いのは事実」



涙でぬれた瞳のまま僕の言葉を聞いていたなまえちゃんの手をそっととる。
そして両手で包み込む。



「だけど、泣かないでよ。たとえ僕の身が朽ちようとも、この心は君のモノだ。心はずっと傍にいる。世界が破滅を幾度も繰り返そうとも、僕らは必ず出会い、――必ずまた恋に堕ちるから」



最後に付け足した言葉に驚いて、それから赤面する君。


……さすがに恥ずかしかったかな。

けれど、言った言葉は取り消せない。だから多少の羞恥心はあれど、更に言葉を付け足した。



「……だからさ、なまえ。僕も誓うから君を誓ってよ」



何を?と問いかける君に小さく微笑んで答えを渡した。






(未来永劫愛し愛されつづけることを、さ)



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