ゆっくりと食べたものを嚥下していくなまえの喉を見る。
静かに上下しているそれは確実に彼女が料理をのみ込んでいる証で。
正直なところ似合ってないとは自覚しつつもなまえの夕飯を作ることが毎日の日課になってきている。
ちなみに今日はなまえの希望で純和食。ご飯に味噌汁、煮魚と和え物それと漬物。
我ながら完璧だと思っているのは当然のことながら言わない。
「臨也?」
「ん、どうしたのなまえ?」
「いや、だってさっきからこっち見てるから……食べづらいよ」
「ああ、ごめん。
ほら美味しいかつい気になっちゃって」
本心ではないにしろ嘘でもない台詞。彼女相手にさえいけしゃあしゃあと吐けるようになってしまった心に嫌気がさす。(一応俺だって人間なんだから)
そんな思いにも気づかず無邪気に笑って「美味しいよ」なんていった上にお礼まで言ってくるんだからよけいにまいる。
けれど、そんな心さえ押さえて欲求が上回るのだ。彼女への欲求が。
「ごちそうさまでした。今日もおいしかったです」
「お粗末さま。皿頂戴、洗っておくから」
「うん、お願い」
初めはそこまでしてもらわなくてもいいと断っていたが、今ではなまえは簡単に皿を渡してくれる。
それは、もちろん慣れたということも一つの理由だがもう一つ理由があって。
「………いざやー」
「んー?」
「眠い………」
「また?」
「う、ん……」
また?、だなんて言葉がさらっと出てきて表情だけ苦笑を浮かべる。それは俺の所為だというのに。
なまえの間延びした台詞にさえ、すでにゾクゾクした感覚となって背筋にくる。肌が泡立ち口は三日月を浮かべる。
最低だと思いながらも快感があって、口は普段通りを装って動いてるし。
眠たげななまえに付き合っていれば、ほどなく彼女は眠りに落ちた。
台所からちらと覗くと、ソファの上でぐったりと倒れるようにして眠っている。
……表情が見えなくて残念、だなんて本当にさあ。
それからすぐに皿を洗い終えて、なまえの元へ。
ソファで眠る彼女を覗き込もうと一度膝をつきかかがむ。
その様はさながら姫に忠誠を誓う騎士のようだがその実、支配している立場は真逆だなんてなんと滑稽なことだろう。
すやすやと安心したように眠る彼女に、今日一番の愉悦を覚える。
軽く髪をすくえばほんの少しだけ反応をし、それがさらに心を揺さぶる。
しばらく眺めたりつついたりと遊んでいたけれど、それだけじゃ物足りなくなってきてなまえを持ち上げた。
そう簡単に起きないと分かっていても、ゆっくりと丁寧に。
「あ、はっ……」
腕に感じるこの重みは彼女が無防備な証拠。
手にかかる髪の感触は彼女が抵抗しない証拠。
胸元にかかる吐息は彼女が安心している証拠。
大丈夫、何もいかがわしいことをしようってわけじゃないんだから。
ただ、君の体温を感じたいだけ。
ベッドに寝かせたあと、眠っている姫君にキスを一つ落とした。
これで起きてくれないのは、俺が王子なんかじゃない確かな証明。
その、あまりの幸福に頬が緩むのを抑えられない。
(眠り姫を愛するのは王子じゃないから)
ラストの幸福感は、キスで起きられるだなんて全く楽しめなくていやだよねえ、という思考から。