白い白い部屋に白い白い少女は今日もいる。黒い黒いコートを纏った赤い赤い目の青年と二人きり。

窓の外では桜が優美に優雅に咲き誇る。



「ねえ、臨也」

「何だい、なまえ?」

「桜が見たい。連れてってよ臨也」

「……見えてるでしょ。それで我慢して」

「桜の木の真下に行って、硝子越しじゃなくこの眼で見たいの。できれば臨也に連れられて」



困ったように青年が笑う。



「君は病人なんだから。安静にしてないとね」

「でも…」

「完治したら桜なんて幾等でも見せてあげるから。…それでいい?」

「………うん。絶対だよ、臨也」



小さく頷いた少女に「約束するよ」と言って青年は微笑みかけた。













白い白い部屋に白い白い少女は今日もいる。黒い黒いコートを纏った赤い赤い目の青年と二人きり。

窓の外では見るからに暑そうな光に照らされて木が青々と茂る。



「海にお祭り、風鈴花火カキ氷スイカアイス焼きトウモロコシ…」

「後半食べ物ばっかりなんだけど」

「だって此処じゃ好きなもの食べられないもん。それにお祭りや海だなんて以ての外だし…」

「行きたい?」

「臨也、連れて行ってくれるの!?」



ばっ、と青年のほうを向いてキラキラと目を輝かせる。



「まさか」

「……だよね。もう、何で病気になんてかかるかな……」

「……なまえ」

「どうしたの?」

「なまえが治ったら連れて行ってあげる」

「…本当?」

「絶対」



臨也の絶対は当てにならない、と言いながら少女が拗ねたような表情をするが直ぐに笑顔になる。
そのときは全部臨也の奢りね!と悪戯っぽく笑い小指を差し出す。

「約束する」と言い青年もまた少女に自分の小指を絡めた。










白い白い部屋に白い白い少女は今日もいる。黒い黒いコートを纏った赤い赤い目の青年と二人きり。

窓の外では青年の目と同じ位紅に色付いた椛が世界を彩る。



「ねえ、」

「うん、何?なまえ」

「私死ぬときは臨也の手で死にたいな」



ちょっと臨也には悪いけどね。
少女が何気なさを装って――決して真剣には聞こえ無い様――言った台詞に青年は一瞬だけ言葉に詰まった様子だったが、すぐに微笑んだ。



「俺も死んであげようか」

「それはだめだよ!臨也は生きてくれなきゃ
!!」



できれば幸せにもなって欲しいと今度は真剣に続ける少女に、冗談めかしてはぐらかす青年。



「なまえはまだまだ生きないと。約束もたくさんあるし、ね」

「む、それじゃあまた約束ね。もし、もしも私が………私が死ぬときは、貴方のその手で」

「…もちろん、なまえとの約束なら」



少しだけいつもより真剣な目をした青年が少女の頭を柔らかく撫で、そのまま髪に口付けをおとした。










白い白い部屋に白い白い少女は今日もいる。黒い黒いコートを纏った赤い赤い目をした青年と二人きり。

窓の外では葉一つ無い木に雪が降り積もる。



「!?なまえっ!!?」

「ゲホッ…!!ガッ、」



つい先程までごく普通に、いつも通りに話していたはずなのに急に少女が咳き込んだ。
しかも、その音はどう聞いても尋常ではない。
青年は咄嗟に少女の近くに置いてあったナースコールを手に取る。



「大、……丈夫、ゲホッ!!…だか、ら…」



少女はナースコールを押そうとした青年を止め、また激しく咳き込む。
青年はそれを聞き、手を止めた。それから手は少女の背へ。



「……どう考えても大丈夫じゃないでしょ、なまえ」

「大、丈夫……そのうち、ゲホッゲホッ!!……もど、戻るから…!!」



そうして、確かに少女の言ったとおり5分もせずに咳はやんだ。



「あははは。ごめんさすがに焦った、よね…?」

「……なまえは最近ずっとこうなの?」

「あははは……」



誤魔化すつもりか笑って見せる少女に、隠す気も無く青年は眉を顰める。



「……全く君は、」

「ねえ」



いつもの調子で少女と話そうとした青年を少女が制した。
少しだけ青年が驚いた表情を見せ、すぐに真剣な表情へと変化する。
少女が何を言おうとしているのか悟る。



「私ね、もう長くないんだよね。当然だけど」

「…知ってるよ」

「うん。あと1ヶ月も無理なんだって」

「…それも、知ってる。全部なまえが言ってたことだよ」

「そう、だね。……でも、きっとそれも違うんだ」



要領を得ないというよりも、その言葉を先送りにするかのように喋る少女。
青年は無表情に少女を見つめ続けて先を促す。



「多分今日で最後なんだよね。……貴方と逢うのは」

「……どういうことだい?」

「自分の体のことだからさ、やっぱり自分が一番よく分かるんだよね」



「……すぐに止むのに咳き込むまでの時間が段々短くなってきてるし、最近極端に回数が増えてる」

「それにもう喋っていることも結構辛くて、こうしている間にもクラクラとしてまとまりがなくって」

「立つ力なんて当然のように無いどころか座っていることさえ眩暈が邪魔をして1日数十分程度が限界で」



あははは…、と乾いたような笑いを上げる少女。
泣きそうなのかそれとももう自分に無関心なのか、青年には何もわからない。



「だからね、」



そこでまた咳き込み始める。何度も何度も。

それでも尚何かを伝えようとして必死に口を開くから更に噎せ、終にはベットから落ちてしまった。



「っ…!!」



殆ど条件反射でナースコールに伸ばした手は、弱弱しい少女の手に掴まれて阻止される。
視線を少女に向ければ首を緩く横に振り、笑顔を作る姿が眼に入る。

自然と最期に彼女が何を言いたいのか悟ってしまったのは、幸か不幸か。






「…殺して、って……?」



独り言のように呟けば緩々と首を縦に振られる。



「……わかった、」



暫く間をおいて、青年が少女の首に手をかけた。
青年は泣きそうな無表情なそのどちらとも取れる表情で、少女は静かな笑みを湛えて。



「いざ、や……」

「………」
















「だいすき」



刹那、首に置いた手の力を込めた。










白い白い部屋に白い白い少女はもういない。黒い黒いコートを纏った赤い赤い目の青年が一人きり。

窓の外では満開を迎えた桜が儚く散るのみで。



「………」



特に何をするわけでもなく、唯静かに少女の居たはずの場所を見つめる青年。

手には花束。
青年が何かを持ってやってくるのは最初で最後。



「……結局なまえとの約束、何一つ守ってあげられなかったね」



小さく小さく呟かれる言葉。独り言なのか、居るはずだった少女に語りかけているのか青年以外には分からない。



「桜を見せることも、夏祭りに連れて行ってあげることも……最後の約束さえ」

「……俺の手で君を――なまえ殺せ?そんな願いかなえられるわけが無いでしょ。俺がそんなことする必要性なんてどこにもないんだからさぁ」



泣きそうな声色。苦痛や悲壮以外に感じられない表情。今にも崩れそうなほど弱弱しい姿。

そのどれもが台詞と噛み合っていない。



「あ、ははははは。本当に本当に、ねえ。

俺だってなまえが長くないことくらい知ってたし、他の奴等のおかげで『死』なんてある程度身近だし、そもそも約束なんて初めから一つとして守る気は無かったのに、」



けれど、





「……俺が君の代わりに死ねばよかったのに」



今まで何度も飲み込んでいえなかった言葉さえ虚空に消える。

散々良い人を演じてそれでも自分は悪人だと思っていて、君を心配するフリをしてそれがフリじゃなくなって。



だからあの瞬間でさえ、一分一秒でも長く生きていて欲しいなんて陳腐なことを思って殺せなくて。
最後まで話を聞いたくせに願いはかなえてあげないし、生きていて欲しいなら君を無視して初めから医者を呼んでいればよかったし。


結局のところ自分が君をどう思っていたのかなんて今でもわからないままだし。



「………本当に、……ごめん、なまえ」



それから、




「     」





もう居ない部屋の主へと花束を手向けた。






(きっと最初で最後なんだろう)



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