「……懐かしいな」
ふと、こうしていると思い出した懐かしい記憶を思い出した。
輪廻転生をする前の世界の記憶。
特に何か思い出すようなきっかけがあったわけでは無いけれども、ふと、思い出して口から出た。
なまえは不思議そうな顔をする。
「何が懐かしいの?」
「いや、なんでもないよ」
首をかしげるなまえの頭を撫でてやる。
あの時の記憶を久しぶりに思い出したことで、今こうやっていられるのはかなり幸せなことだよね、などと少々柄にも無いことを思う。
……少々じゃないかな。
俺が輪廻転生とやらを経験して早二十数年。
前の世界でも「前世」とやらがあったのだろうが覚えていなかったので、覚えていられないと思っていたが、今回は何故か前の世界の記憶は消えていない。
理屈は分からない。
が、そういった類の記憶を覚えている人間も居るというのだから、時々あることなのだろうととりあえず納得している。
そして、なまえは覚えて無いらしい。
覚えているのであればこんな俺なんかともう一度付き合いたいとは思わないだろうから。
………そっちの方が都合がいい、というのは俺だけの自分勝手な意見なんだけどね。
なまえが死んだ後、俺も自殺して。
その後何があったのかはよく覚えていないのだが、今ここに俺が居るということは輪廻転生という貴重な経験をしたのだろう。
そうして、また奇跡的な確率でなまえに出会い、今度は間違えずにめでたく幸せになったのがこの世界。
「臨也?何か目が遠いんだけど……」
「ああ、ちょっと昔を思い出しててね」
「昔…?」
「そう、昔」
君は覚えて無いだろうね。
と、付け加えればきょとん、とこちらを見る。
「?……私と関係のある記憶?」
「すごくね。そして君はきっと覚えてない記憶」
「う…ん…?……実はあの時出会ったのは初めてじゃない…とか?」
正解といえば正解かな。
そう言うとますます不思議そうな顔をされる。
「……理解させようとして無いでしょ」
「聞きたいなら聞かせてあげるよ?」
せっかく久々に思い出したのだから、一度くらいはこの話を聞かせてみてどんな反応を示すのか見てみたい、と思い聞かせることにする。
こんな話を信じる人間などそうそういないだろうし、ね。
なまえはこういったことを信じる人間では無いというのも知っているし。
「全部話すのには時間がかかるけどいい?」
「うん。全部聞きたい!」
思っていたとおりの返事。
それに微かに笑ってから話を始めた。
「さて、それじゃあどこから話そうか―――」
「………これで、終わり」
なまえの希望通りきちんと初めから最後までを話した。
気がつけばもう随分時間がたっている。
なまえは初めから最後まで黙ったまま。
「……なまえ?」
嫌な予感がしてなまえを見る。
背中を虫が這うようなゾクリとする感覚が身を包む。
話さなければよかったと後悔してももう遅い。
けれど、なまえの台詞はかなり予想に反したものだった。
「臨也も覚えてた、の……?」
「え?」
「……前、の世界の記憶」
何を言ったのかわからなかった。
そして、理解した後も、思考はほとんど固まったままで。
この感覚なまえが死んだときも経験したっけ。なんて場違いなことを思う。
あのときと同じように思考は定まってなのに口からは勝手に言葉が漏れる。
けれども、今度は答えてくれる相手がちゃんといるわけで。
「……君も、覚えてたんだ」
「うん。……まさか臨也も覚えてるなんて思わなかったけど」
お互いに眼を見合わせる。
なまえは困ったように笑い、俺はそんななまえを見つめることだけで。
思考が固まったまま、けれどもまた言葉が勝手に紡がれる。
「……ねぇ、一つ聞いても?」
「ん、どうぞ」
「何で、また……俺を選んだ?」
記憶のある君に一番聞きたい質問。
あんなことをした俺をまた選ぶだなんて現にあるのに考えられないことだと思う。
「………………………………………………」
「………なんでそんなに悩むのさ」
「いや、また臨也を選んだ理由なんて明確だと思うからさ。何で聞かれるんだろう、と」
「?どういう理由?」
「簡単なことだよ」
だって私は何をしようと何をされようと臨也が好きだから。
それ以上の理由が必要?
これ以上無いほどためらい無く言ったなまえ。
それに更に頭がどうしようもないほど何も考えられなくなって。
けれども今度は身体が勝手に動いた。
「わっ!」
なまえを引き寄せて、抱きしめる。
「なまえ」
「な、何……?」
「愛してる」
抱きしめて、首筋に顔をうずめたまま囁いた。
なまえは、抱きしめられ滅多に言わないような言葉を囁かれ一瞬驚いたのを感じたが、俺の背に手を回して同じように囁いた。
「うん、私も。愛してる、臨也」
「今度こそ離さないから。覚悟しといてよ」
「望むところだよ」
そのままゆっくりと目を合わせて笑いあいそのまま――――
(愛してる)