「――機嫌を取っておけば、好きだと言っておけば、痛い目にあわないのなら誰だってそうしますよねえ」
「は?」
「ああいえ、此方の話です」
誰とも知らない客が酔った勢いで溢した愚痴から、ふいに死柄木弔が寵愛していた少女のことを思い出した。思わず口からそんな言葉が漏れて相手の困惑を招く。
相手の話は既に半分ほどしか脳に届いていない。頭を占めているのは彼とその彼女について。
彼女の柔らかい物腰と言葉。死柄木弔の求めるものを容易く察して与えるその姿勢。
彼の異常なまでの彼女への執着と歪みきった愛情。最近の彼自身の良くも悪くも変化してきた雰囲気。
好きだと言わないと痛めつけられるのなら(言っていたとて彼の思考なら痛みを与えることもあるだろうが)、年中そう言っておくのは一般人にとって――ましてや、自分よりも圧倒的に強者が身近である者にとっては――至極当然の節理でしかないだろう。そしてそんな状態が続けば、慣れるのもまた人間にとって必然の結果。
ならば好きと言われ続けて、それで、
「――勘違いする方が馬鹿だと思わないか」
「――ええ、そうですね」
本当に、全くもって、ねえ。