Re:relation
「私の事、覚えていますか?」
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一人で昼を取っていたら声をかけられた。
デザートのショートケーキを切り崩す手を止めて藤原は声の主を見上げる。
目が合うとニコリと微笑まれてどきりとした。
「……えーと」
「藤原、優介さんですよね?」
うん、と肯定の意味で首を縦に振るが藤原はニコニコと笑う女子生徒の名前どころか顔すらも記憶になかった。
背丈や雰囲気から新入生ではなさそうだが、同級生にいただろうか。
「覚えていますか?」
「……………ごめん」
「そうですか」
女子生徒は気にした様子もなくまだニコニコと笑い続けている。
藤原は何故自分がいたたまれなさを感じなくてはならないのだろうと考えつつ、別の思考回路で記憶を検索する。
元々交友関係は狭い。あっという間に人物検索終了。該当数ゼロ。
「……えー、と」
「もう2年…いえ3年たちますから当然です」
「申し訳な…」
「私、藤原さんとデュエルしたことあるんですよ」
「……え?」
思わずそう言った彼女を見つめ直してしまった。
デュエルしたことがある?
ならば更に忘れるはずはない。
今までのデュエルは一コマたりとも忘れたことなどないのだから。
「午前中の実技を拝見して確信しました。あの時とデッキは違いますが、戦い方…タクティクスは変わりませんね」
「…そう、なのかな」
「はい、とてもお強いです。昔も今も」
「………」
ますます頭を抱えた。
藤原は自身の記憶の角から角まで探し回っても彼女の笑顔は見当たらないのだ。
「えーと…ごめん、名前…名前教えてくれる?」
「はい、名無と申します」
「………………えと、苗字も」
「名無し、です。名無し名無」
あっさりと答えてくれた。
それでも、自分の頭の中でヒットしない。
むしろ、からかわれているのではないだろうかという疑心暗鬼だけが膨らんでいく。
藤原は自身が良い意味でも悪い意味でも有名だということは知っていた。
それゆえ悪意があるなしに関わらず悪戯も沢山あった。
今回もそうではないかと少しため息をつきかける。
「…ごめん、覚えてない」
「そうですか。ではこれ、見て頂けますか?」
こちらのけだるさを解さず彼女は笑顔のまま何かを差し出してくる。
それは、カードの束。デッキだった。
「…あまりデッキはむやみに見せるべきではないと思うんだけど…」
「構いません」
もう、何が何だか考えるのも面倒で藤原はデッキを受け取る。
両手で滑らせるように一枚一枚確認していくと、何か頭の中でひっかかった。
ーーーーーあれ?
「……………」
「思い出して頂けました?」
ーーーーーあれあれ?
「このデッキ…オレ知ってる」
このモンスターカードにオレはダイレクトアタックをくらった。
こっちのマジックは破壊したことがある。
場面が思い出され、ばらばらのピースが一つ一つ繋ぎ合わされていく。
小さな破片は次々と集まって鮮やかにビジョンを作り出す。
それと共に蘇る一つの映像。
まだ、3人でーーいた頃。
亮はソファーで本を読んで、吹雪がオレを呼んでーー。
「確か………あれは」
「……ふふ」
嬉しそうに笑う彼女の笑顔も声を藤原は確かに知らない。
けれどもこのデッキは覚えている。
ーーー思い出した!!
「もしかしてオンラインで…デュエルした、Nana?」
「はい、当たりです!」
目の前の少女はパンっと両手を合わせて今までで1番嬉しそうに声を弾ませる。
そうだ、あれは一度だけ
たった一度だけやったーー…
「そうだ、思い出した!吹雪に薦められて一度だけ……あれでもあの時確かオレの名前…」
「はい、名前は数字の10に英語のJoinでした」
「…よくオレだってわかったね」
「本当に戦い方があの時のままでしたし、何より…強かったですから」
思い出した記憶と目の前で笑う少女が重なると藤原は何とも不思議な気持ちになった。
たった一度だけの、しかもネット上での出会い。
顔も声も知らない出会い。
それを相手は覚えていてくれたことが純粋に嬉しかった。
「それにしても凄い偶然だね、こんなことってあるんだ」
「あ、いえ…………実は」
初めて笑顔以外の表情を見せた名無が恥ずかしそうに俯く。
「……実は……ーーたんです」
「え、何?ごめん聞こえなかった」
「…ずっと探して、たんです。貴方を」
それ言った彼女の頬は真っ赤に染まっていた。
ネットでは知り得なかった、その血の通った表情。
あの暗闇の世界では知り得なかったこの感情。
「…ありがとう」
「え?」
「探してくれて、ありがとう」
「……どういたしまして!」
「また、デュエルしてくれる?」
「こちらこそ…よろしくお願いします!」
こんなに、世界は繋がっていたんだ。
(あの気になってたんですが…10Joinの由来ってなんだったんですか?)
(…………えーと)
10/04/25