真昼の満月*


足の踏み場も無いほどに紙が散乱した部屋。
そんな部屋の主が私の恋人。


真昼の満月



冷めた関係だと友たちは言う。
傾倒している黒い知識に置いてきぼりにされている、そう名無も感じてはいる。
それでもどこかそんな藤原を羨望の的にしているのも事実だ。
己に無いものを望む。
だから男は女を求め、女は男を求めるのだろう。


散乱する紙をどけて持ち込んだクッションに座る。
時刻はもう日を越した夜中。
とっくに消灯時間は過ぎている。
こんな時間に起きた藤原をお風呂場に押し込んでもう30分は立つ。

「…眠い」

睡魔の訪れを感じる頭にドアを開ける音を感じる。
ぺたぺたと素足がフローリングに張り付く足音。
音と共に香る仄かな石鹸の香り。
藤原がタオルで頭を拭きながら名無の元へやってきた。

「…ずいぶんゆっくりだったね」
「そう?」

ストンと横に座る藤原の頬は湯に温められて血色が良い。
久しぶりに見たその横顔。
思わずその頬に頬に指を伸ばしていた。
指を気づいた藤原はゆっくりと瞬きをして微笑んで許してくれた。

「どうしたの?」
「ん、ただ触りたかっただけ」
「眠い?」
「うん、でも優介が起きてるなら起きてる」
「俺は夜行性だから…来てくれて嬉しいけど寝ていいよ」
「あのベッドで寝ろと?」

横目で名無が示した大きめのベッドは分厚い本が積み上げられて腰掛けるスペースすらない。
黒い背表紙たちの隙間からくしゃくしゃのシーツが顔を覗かせている。
藤原は少しだけ罰が悪そうに視線を落とした。

「来ると分かってたら片づけたのに」
「うそ、優介がそう言って片づけた試しないじゃん」
「そんなことないよ…だって床は痛いでしょ?」
「…え、ソファー貸してくれないの?」
「ソファー…か」

頬に触れていた手にいつの間にか藤原の手が重ねられていた。
微笑みがその手をその場に残して、唇が触れた。
吐息に混ざる夜の色、藤原の瞳が妖しく名無を捕らえる。

「…優介?」
「久々だし…でもまぁいいよね床でも」

濡れた唇が笑みの形を作る。

「…え、そういうこと?」
「うん、そういうこと」






久しぶりに味わう蜜の味に藤原は酔いしれる。
久しぶりに感じる熱の痛みに名無は咽び泣く。

腰を持ち上げられて後ろから貫かれる度にそのカタチが身の内を抉る。

「…ん!…も、ダメ…ぁ」
がん、と揺さぶられると頭まで脊髄を快楽が駆け上がる。
突かれた内壁が収縮してイく感覚に名無は思わず喘ぎ喉を反らせた。

「ん、んーー!!!……っはぁ…」
「名無?……イッちゃった?」

頷くと力が入らなくなった肘が折れて胸が冷たい床に触れた。
腰の辺りを滑る藤原の指が腹を登る。

「胸…潰れてるんだけど…!」
「だぁ…って……もう支えらんないんだもん……んん!!」

突然背中を柔らかい唇が降る。
むずがゆいようなその舌の柔らかさ。貫かれる快感とは違った痺れ。

「…痩せた?」
「って何処で、測って、んの……ひゃぁ…!」
「胸」

仰向けにひっくり返されて、ベッドの下の暗闇だった視界が藤原の笑顔に変わる。

「名無……本当に、痩せてない?」
「…はぁ……痩せた、かなぁ」

藤原と繋がったまま名無は腕を背中へ回して考える。

「なら、嬉しいかも」
「…ま、胸は俺のせいかもしれないしね」

本当にこういう時の藤原は男の顔をする。
名無の耳元で藤原は囁くように言う。

「最近、ヤッてなかったから…ね。胸大きくしとく?」
「……っばか」
「言ったな」

再開した律動に背中が床に擦れて痛みと快感が入り混じる。
痛いと言おうとした口が塞がれて蓋をされた。
酸欠が真っ白な頭を更に塗り潰して、名無はただ藤原にしがみついた。
胸の形を変える藤原の手が頂きをぴんと弾いては摘んで遊ぶ。
どくん、と脈打つ藤原を内壁で受け止めて名無は2度目の頂点に意識を手放した。





「……ん」
目覚めた部屋を見渡す。
外の明かりが遮光カーテンを縁取っている。
藤原が見当たらない。
身体を起こすとソファーと身体が軋んだ。

「……痛い」

腰を摩りながら立ち上がる。
かけられていたであろうタオルケットを床から拾いあげて身体に巻き付けた。
素肌に触れる感触が心地良い。
ふとカーテンが揺れて光りが一瞬だけ名無の足元まで届いた。

ベランダにいるのだろうか。

そっと首だけ外を覗くと思った通り、そこには藤原がいた。
空をじっと見上げている。


「おはよう、優介」

名無に気付いた藤原はもうこんにちはだよ、と微笑んで挨拶を返す。

「何見てるの?」
「月」
「…月?」
「うん。昼間の月なんて最近見てなかったなぁ…と思って」
「で感想は?」
「うん、綺麗だね」
「そっか」
「名無も一緒に見ようよ」
「まだ服着てない…」
「大丈夫、もう授業始まってるから誰もいないって」

しばらく思案した名無は思い切ったように藤原へ駆け寄る。

その名無を藤原は幸せそうに抱きしめてまた空を見上げ始める。
名無もタオルケット越しに藤原の温もりを感じながら白い骨のような月を見上げた。


そこには

月も太陽も何も

蝕まれていない、澄んだ空だけがあった。





Up、09/10/17


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