少年よ大志を抱け!


見ているものを信じるとすれば、自分は失恋したのではないかと亮は息を飲んだ。




少年よ大志を抱け!




珍しく授業が早く終了したので図書館に寄ってから食堂へ来てみたらその光景はあった。

親友、天上院吹雪と想い人、名無し名無のツーショット。時が止まったようだった。

まだ下級生がいない人が疎らに埋まるテーブルを二人で使用している。
思い出す限りの中で名無が見せた笑顔はあんなに輝いていただろうか。

過ぎようとしたはずの足は止まっていた。

もしかしたら自分の想いを知っている吹雪が名無を呼び止めておいたのかも知れない。
恋の伝導師などと名乗るはた迷惑な吹雪ならやりかねないとため息をついた。

そうしないと前者の失恋に繋がってしまう。

授業終了のチャイムが鳴る。
このゆったりした時間ももうすぐ壊されてしまうだろう。
止まっていた足と張り付いた目をを無理矢理剥がして亮は購買へ向かった。




数個のパンを適当に選んで再び件のテーブルを見遣るとそこはいつものメンバーに変わっていた。

藤原と吹雪の両名だ。
ほっとした気分と残念な気分が入り混じり、とっさに挨拶がでない。
名無しは?、とも聞けるはずもなかった。

気づいた吹雪が引いてくれた椅子に座り、パンを開けると藤原が首を傾げてくる。

「あれ亮、お昼まだだったの?」
「あぁ、図書館に寄っていた」

えらいねぇと吹雪は空になった紙パックの紅茶を弄びながら感心したように言う。

「藤原も今からか」
「うん、でもなんだか食欲なくて…」
「駄目だよ藤原。しっかり取らなきゃ、亮みたいになっちゃうよ」
「どういう意味だ、吹雪」
「頭が固くてデュエル馬鹿になっちゃうってこと」
「意味わかんないよ吹雪」
「つまり栄養がぜーんぶデュエルばっかりになって……他の事に関心を向けなくなるってことさ。好きな人にも声がかけられないぐらいに、ね」
「…、むちゃくちゃな論理だな」
「でも丸藤、案外あたってるかもよ」

くすくすと藤原の笑い。
それに被さるように頭の後ろから少女の声。


「あれ、増えてるね」


振り返れば、盆にサンドイッチを載せた名無し名無が立っていた。
増えた亮と藤原を見てにっこりと笑う。

それは先程の光景に自分がまるで入りこんだかのような錯覚に陥る程、亮を舞い上がらせた。
デュエルとは違う緊張に、唇が渇いて何も言えない。
ようやく絞りだしたのは彼女の名字だった


「…、名無し……」
「おかえり名無……あ」

円形テーブルには普段は椅子が3つ備え付けてある。
きょれきょろと回りを見渡す名無が何を探しているかは明瞭だ。

「椅子、隣から借りていいかなぁ…」
「あ、いいよ名無。僕の席座りなよ」

え、と名無の声に亮の持っていたパンがたてたくしゃりという音が重なる。

「でも吹雪は…」
「いいからいいから僕らは教室に先に行ってるよ」


僕"ら"、にふとひっかかる。


「藤原行こうか」
「だね。じゃまたあとで」

え?は?と驚いたように亮と名無。
声をかける間もなく二人は立ち上がり、賑わい始めた入口に消えていった。

幾許かの沈黙のあと名無が首を傾げて呟いた。

「……吹雪、ご飯まだじゃなかったかな」
「そうなのか?」

どう考えても、気をまわしたとしか考えられない二人の行動。
気づいたら、また身体が強張った。
それでも何とか言葉を亮は紡ぐ。

「………座ら、ないのか?」
「あ、うん」

入口を見つめたまま吹雪が座っていた椅子をひく名無。

「藤原も食べたのかな」
「…食欲がないと言っていた」
「あら、夏風邪かな。後でデュエル申し込もうと思ってたのに」

デュエルへの欲と友人への気遣いを天秤にかけて名無は悩む。


(…俺では、駄目なのか…?)


「…まぁいいか!いつでもできるし。いざとなれば吹雪に頼めばいいもんね」

がくり、と亮は自身への情けなさと微量の悔しさに肩を落とした。

「…どうしたの亮?」
「!あ、い、いや…その」
「ドローパン外れたの?」
「いや、特に外れた訳ではないが…」
「そうだよねー。亮ドローパン外した事ないもんね

名無が具の中身を確認しようど顔を近づけてくる。

ふわりと鼻を擽る、甘い匂い。
彼女の飲んでいる苺ミルク…ではない。

(…!!)
「あ、でも黄金の卵パンじゃないんだね」

声が、近い。

「でも栄養偏るよ、いつも卵と具無しと賄いじゃ」
「…そ、んなことはない」

声は震えてないだろうか
この鼓動は聞こえていないだろうか
この気持ちは伝わっていないだろうか

「…名無し」
「ん?」
「名無し…す、好き……好き」


どうして、溢れるこの想いは。
デュエルみたいにうまく扱えないのだろう。

その単語ひとつを口にするだけで、腹の辺りが熱いものに支配され、唇は張り付いたように動かない。
頭は冷静さなど枯れた泉。
今は、灼熱に茹でられる。

「名無し……、その」
「ん?何、亮」

顔が熱い。
逆上せほてる。今に倒れそうだ。

あぁ、もう…言ってしまいたい!
だけどまだ…!!

(俺は……名無しのことが!)



天秤は傾いた。

「名無し……好きーーー…」




*





「…え、亮と何話したかって?」
『うん、何か特別なこと言われなかったかい?』
「うーん…別に、ドローパンの話ししただけだけど…」
『ドローパン?』
「うん『名無し…好きなドローパンは何なんだ?』って聞かれたから、ジャムパンが好きなんだーって」
『…………前は『好きな飲み物は何なんだ?』だっけ?』
「うん、だから苺ミルクだよって」
『…………………』
「吹雪?どうしたの??」
『…いやぁ、平和だなぁって』
「?…うん、そうだね!ずっとこのまま続くといいね!!」

『…そうだね…ずっと…このままで……………………はぁ』





Up、10/08/06


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