鈍色童話と紅い栞


*ファンタジーパラレル











この”血に囚われし一族”から逃れられるのなら何だって

何だってやろう。




屋敷に縛り付ける呪具や、魔力を溜める為の長い髪が煩わしいと感じ始めたらもう耐えられなかった。
慈しまれ、安らぎに包まれ私は大人を迎えて存在理由を身体に宿した。

欲に飢えた男の子を孕み、生み、その顔さえ見ないで私は”母”となる。

次に慈しみ安らぎを与える子を知らずに、何故”母”と呼べよう。


私は”母”を知らない。
けれども”母”になりたいのだ。

愛しい人の愛を受け、大切な子を授かりたい。

ただ、それだけ。





鈍色童話と紅い栞






生まれ育った屋敷の庭を歩く。じゃらり、と首飾りを風がなでる。
その夜の風の冷たさは抜け出したパーティーの逆上せた身体には調度良い。
ふと見上げる。

「…今日は、満月」

金色に耀く一つ目。どこにいても私は見られている。
月も、星も、草も、木も、花も、何もかも私を知っている。

彼らは知り尽くされた自分の身体を射抜くこともなく、傍観し続ける存在だ。
眩しくもない月を遮るようにかざした左手には多量の指輪と腕輪。
首飾りとなんの代わりのない装飾具が月影に鈍く輝く。

ー誰か来るよー
「………シルフ?」

風が囁く。
誰も居ないこの庭園に客が来るという。
おろした左手で宙に走り書く。
声をださない代わりの、詠唱。

たった一文書き込むだけの短い呪文。


hope


うっすら光り、霧散して術式は完了する。


近くの茂みがガサリと音をたて一人の青年が出てくる。
夜の暗さにで黒がかった深緑の髪に翡翠の瞳。
騎士に似た簡易な鎧は銀に輝き月明かりに祝福されている。
大勢の男を見てきたがその中でも群を抜いて端正な容姿の青年に少しだけ驚いた。
会ったこともない、見かけたことも無いその青年。
青年は開けた庭を見回して、首を傾げた。

「吹雪……いないのか?」

低い、大人になりかけの声。告げた名前は自分も知っている名前。

「吹雪!……はぁ…何処へ行ったんだあいつは」

(吹雪…確か天上院の長男のお調子者………彼の友人?)

彼が目の前を通り過ぎる、こちらにはまったく目をくれず。

それはそうだ。

今自分は精霊たちの力を借りて姿を隠しているのだから。
しかし音はたてないように息を潜める。

青年はすぐ傍、本当に少し離れたところに腰を下ろした。
ガチャリと重そうな剣を外して息を吐き出す。
疲れているのだろうか、肩が沈んでいる。

銀製だろうか、身なりには過ぎる剣に視線が止まる。
暗がりでも細かい細工が見て取れる。よく見ればそれは魔術の文様。

青年はその剣を目線まで持ち上げて鞘から半分ほど引き抜く。
磨かれたその刀身を見つめる青年の視線は鋭く熱い。
月の光に輝く眩しいその剣に引き寄せられるように青年の肩越しに覗き込む。
無用心だとは分かっていてもそれは瞳を引き寄せた。

(綺麗、まるで月の雫を受けて作ったみたい。……あら、この紋章は)

柄の部分に見える紋章にふと気づく。
竜…それも三つ首の竜が高々と啼いている紋章。
家紋ではない、確かこれは……。

きらりと刀身に反射した光に思わず目を潜め視線を刀身に戻して、目が合った。

(ーー…え?)

鏡より鈍い写しは確かに自分を捕らえている。驚いた瞳がきつく細められて気づく。

見つかった?!

「ーーーーっ!」
「………誰だっ?!」

先ほど友の名を呼んだ様子からは想像もできない大きな声。
半抜きだった剣がすらりと抜かれて突きつけられる。
「誰だ?!いつからそこに居た!!」

何故、見つかったのか
どうして、分かったのか

そんなことを考える間もなく、切っ先に眉間を真っ直ぐ取られて息を呑んだ。

「………ぁ」
「答えろ!!」

唇を開いても、言葉が出てこない。
名も名乗れない。ドレスが重くて逃げることができない。
深い森のような瞳から敵意だけを感じて足は竦み上がり立ち尽くしかなかった。

二人の間をシルフの祝福が走り抜ける。

(逃げてーその剣はーーー)

風の声に我に返り右手を青年に突きつけ、宣言する。

「ー誰も私には触れられない!ー」
「…なに?!」

そのまますばやく風に乗るために空に術を書き込む。

「無駄だ!」

宙に浮く文字列に一閃。
金色に輝くそれははらはらと崩れ去る。

「………………嘘」
「…手荒な真似はしない、だから答えてもらおう」
「………私の術が…破られる、なんて」

全ての精霊の加護を受けて
その力を己のためだけに使う魔具をつけて

それを一刀で真っ二つにしたその剣。

「ありえない………そんな……誰、貴方は…その…剣は……」


それは今、私という全てを、否定する剣。

喉が締めつけられたように言葉がでない。

青年は少し罰の悪そうな顔をして剣を下げた。

「すまない、俺は……」
「亮!!」

先ほど青年がでてきた茂みからまた人が飛び出してきた。
黒髪に礼装姿の青年、天上院吹雪だ。

「ふ、吹雪!?」
「なにやってるのさ、頭下げて!」

本気で慌てふためいたように、がしりと掴んだ亮の頭を吹雪は思い切り下げた。

「申し訳ありません!!彼は久々にこのような集まりにでたのです。どうかお許し…」
「顔を上げて、天上院家の長子」

吹雪と亮は顔を上げる。

「天上院の長子、貴方の友人?」
「はい、学院での友人、の丸藤亮です……ほら亮」
「え、あ、あ…あぁ………申し遅れました、丸藤亮と申します」
「始めまして、驚かせてごめんなさいね」
「いえ、剣を突きつける無礼を…申し訳ない」

そんなことしたの、と吹雪の驚愕の声をやんわりと手で制して笑いかける。

「私が驚かせたの、謝るのは私の方よ………でも何故……その剣は…………」

三つ首、銀色、そしてあの一閃。
もう一度剣を見る。
ゆっくりと亮は視線を受け剣を目の高さまで持ち上げて存在を示す。
剣の向こうの青年は絶対の意思を秘めた声で答えた。

「この剣は俺の全てです」
「…もしかして、貴方…竜の使い手?しかも光の竜の……」
「はい」

身震いが、した。目の前にあるのは----

「異端の………竜」
「……そう呼ばれるのは心外です。この竜は、サイバードラゴンはこの国に望まれて…造られた」

亮の言葉に一切の曇りは無い。
真っ向から見返してくる瞳は意思を貫くように鋭い。
少しだけ剣が羨ましく思えた。
私と対極の存在であり、同一の存在である剣が。

「そう、ね…ごめんなさい。その子、大事にしてあげて…私と同じだから」
「それはどういう…」
「失礼するわ、天上院の長子。そして……竜に応える者」

返事を聞かないように、背を向けて屋敷へ帰ろうとする私が最後にみたのは

銀色と深い綺麗な森の色だった。











「…って、亮!」
「なんだ吹雪、そんなに大きな声をださなくても聞こえている」

少女が見えなくなってから吹雪は声をあげた。
珍しくひどく狼狽しているようにみえる。

「なんだじゃないよ!君今誰に剣を向けたかわかってるのかい?!」
「………急に現れたんだ、悪い、とは思っている」
「…その調子だと、本当に誰に剣を向けたか分かってないようだね」

心の底から呆れたようなため息をつかれた。
そもそも知り合いなどこのパーティーに居るはずがない。
吹雪に連れてこられ、明日香に頼まれたからここにいるだけであり、元より学院でも交友関係は狭く深くである。
貴族でもない亮がここに居ることすら場違いなのだ。

少なくとも亮自身はそう思っている。

それに普通に声をかけられたのならともかく、あの状況なら………。

「亮、あの人…いやあの方はこのパーティーの主催者のご息女だよ」
「主催者…?」

つい先ほど挨拶を聞いたはずだが顔も名前も出てこない。

「……亮」
「なんだ?」
「君、貴族に生まれなくて良かったね」

心底自分でもそう思う。


「……で、ラプンツェルだよ」
「は?」
「だから、彼女」
「………ラプンツェル?」

確かそれは童話に出てくる塔に閉じ込められた少女の名前だ。
別に名前としておかしくはないが、ふと吹雪の言い方に違和感を覚える。

「それは、本当の名か?」
「本当、ねぇ………本当の名前は、誰も知らないよ。でも彼女はラプンツェルだ」
「どういうことだ?知らない?ラプンツェルというのは……」

ゴーン…ゴーン…

突如鐘が静かな庭に鳴り響く。
そのせいで肩透かしを食らったように続きの言葉が出てこない。
吹雪はあぁ、と納得したように懐中時計を取り出す。

「お開きの時間らしい、帰ろう亮」
「待て、ラプンツェルというのは…」
「本人の住んでる庭で話す内容じゃないよ」

にこり、とごまかすような笑顔を向けられて言葉に詰まる。

「さ、帰ろうか」
「あ、あぁ…」

剣を握りなおして吹雪の後ろを歩く。
振り返ってもそこには誰も居ない。
当たり前だ、彼女は屋敷へ戻ったのだから

自分を竜に応える者と呼んで悲しそうな瞳をした少女が、いるはずはない。

でも、そこにいそうな気がして何度も振り返りながら亮は帰った。












むかしむかしで始まる童話
めでたしめでたしで終わるかは

ーーーーー彼ら次第。

Up、10/03/09


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -