日蝕


目の前の丸藤亮の顔といえば、それは滑稽なものだった。


日蝕


「それは…どういう意味だ」
「そのままの意味よ……抱いて欲しいってこと」
普段から亮の表情は固いがそれがさらに強張る。
「嫌?」
「……」
「そう…嫌に決まってるわよね」

スプリングのきいたソファーに乱暴に寝転ぶ。

どうすれば自分が魅惑的に見えるかを名無は知っていた。

窓際から見下ろす亮を斜に見上げて、蠱惑的に微笑む。

「親友の彼女なんて抱きたくないわよね」
「…わかっているならやめろ」
「吹雪は抱いてくれたわよ?」

勢いよくカーテンを振り払うように亮が振り返る。
それは怒りからか、強く強く拳が握られて今にもガラス窓に叩きつけられそうだった。

「嘘じゃないわよ、ほら」

首のハイネックのシャツを少しだけずらせばそこには鬱血の痕。

赤い所有の華。

「…っ!!」
「私なかなか消えないのにくっきりつけてくれたものよね」
「……何故だ」
「何が?」
「どうして……そんな、事を、する」

一つ一つ言葉を確かめるように亮は言う。

答えは簡単だ。

「疲れたの」
「……疲れた、だと」
「えぇ待つことに…疲れたの」

瞼を閉じて思いだす。

「藤原…優介を」
「…だからと言って…!」


「なら死んだと思えばいいのよ」



起き上がった名無はゆっくりと亮の元へ歩く。

「吹雪は帰ってきたわ」

月明かりに徐々に照らされる名無に表情はない。


「明日香の元へ帰ってきたわ」

ゆらりと亮の前に立ちながら名無は言う。

「優介は?」

亮の胸に顔を埋めしなやかな腕を回す。
亮は動かない。

「私の元へ帰ってきた?」




「ねぇ…答えて、亮」




見上げてくる少女の微笑み。

(いつまでも待つわ)

亮はそう言って健気に待ち続ける笑顔の名無を支えてきたつもりだった。


「ね、忘れさせて…………亮」



だが亮は現実の微笑みに……目を背けた。

もう、間に合わないのだ。遅すぎたのだ。自分は何も出来なかったのだ。
後悔するなら、深い方がいい。


亮の腕がゆっくりと名無を抱き寄せた。







「代わりになれなくて、すまなかった」


Up、09/08/05


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