猫と一夜


足首をこする温もり。
皿を洗う手を止めて見下ろせば、なぁぉと鳴く子猫の潤んだ瞳とぶつかる。
自然にため息がでた。


猫と一夜






「お願い!!明日の昼には帰るから!一日……ううん、一晩だけお願い…!!」
「ま、まて俺は猫の世話なんて出来ないぞ!」
「大丈夫、トイレも覚えたし、ごはんも買ってあるから!!」
「し、…しかし」
「お願い亮!!」





あいつは猫には甘いが、俺も甘い。

使いがってを知り尽くした恋人の家の台所棚からタオルを取り出して手を拭く。

また下を見れば灰色の毛玉がうろうろと自分の足の回りを歩き回っていた。

なぁぉ、なぁぉ


「……………なんだ?」


どうにも、子供と動物の扱いはわからない。
言葉が通じない、意思の疎通があやふやだからだろうか。


なぁぁぁ…なぁぉ



「腹が減った………わけじゃないよな」

恋人が用意した缶詰を開けて食べさせた記憶はまだ新しい。
開けてから皿に移すまで何度襲われたか…。


なぁなぁぉ


「…………………」

何を伝えようとして鳴いているのか、いやただ鳴いているのかもわからない。ただ毛玉はその身体を自分にこすりつけるのみ。

歩こうにも踏みそうで怖い。良くて蹴飛ばしそうだ。

仕方なく屈んで抱き上げる。抱き上げ方は前に叩きこまれたやり方を思い出せば何とか腕の中で落ち着く。昔、首根っこを持ち上げたらこっぴどく彼女に叱られた。

軟らかい子猫を抱えてリビングに移るとテーブルに置いた携帯が光っていることに気付く。



なぁぉ



「…これ、を教えにきたのか?」

腕の中の子猫が得意げに鳴いた気がした。

ソファーに座り子猫を膝の上に降ろす。
どこかへ行くかと思いきや、膝の上で丸くなり落ち着いてしまった。


ため息が零れたが、携帯の着信履歴を見て笑みに変わる。


そのまま発信ボタンを押す。



「もしも…」
『亮?大丈夫?!』
「…………名無、俺と猫、どっちに対して聞いてるんだ?」
『両方!』
「……………そうか」
『電話にでないから、何かあったのかと思った…』
「あぁすまない、洗いものをしていた………それよりそっちは大丈夫なのか?」
『うん、なんとか片付いた…やっぱり海馬社長は凄いよ!あっという間に修正プログラム組んじゃうんだもの』
「そうか」
『秘書の方も大会スケジュールをすぐ変更させたり、あんな仕事のできる女性になりたいなぁ…』
「…そうか」
『あ、でね、明日の朝一にはこっちを発てるから……うーん昼前には着くかな?』
「わかった詳しくわかったらまた連絡してくれ……………っと」

突然今までおとなしくしていた子猫が小さなパンチをくりだしてきた。
携帯目掛けて何度も何度も。

『どうしたの?』
「あ、いや……猫が…」
『ジャック?何、何か壊した?!』

慌てた電話の向こうの声に反応してか大きく子猫が鳴いた。

『ジャック!亮、ジャックが何かした?!』
「あぁ…いや、ただ……っと………じゃれてくるだけだ…………っと」
『じゃれて?今ジャックどこにいるの?』
「膝の上だ」
『…………誰の?』
「………………………俺に決まってるだろう」


なぁ、なぁ


『へぇ…………………意外』
「何だその間は…………ふぅ」
『いや、ちょっと意外だっただけ………落ち着いた?』
「あぁ、今度は俺の腕にじゃれついているがな」
『あはは!』

興味津々な子猫は適当に指をゆらせば、それにじゃれついてくる。

「それでさっきの続きだが、帰る時間がわかったらまた連絡しろ。迎えに行く」
『ん、わかった。ありがとう』
「じゃぁ……また明日」
『うん…おやすみ、もう少しジャックよろしくね』
「あぁ………頑張る」

『ふふ、じゃぁおやすみなさい亮』

「あぁ、おやすみ名無」


ぷつっと切れた携帯の画面に通話時間と料金が表示される。
それをぱたりと畳んでテーブルに戻す。



なぁなぁなぁ



「……………明日、お前の主人は帰ってくるぞ」


なー


「さぁ…………寝るか?」




嫌だと言わんばかりに子猫は元気よく鳴いた。





Up、08/10/28


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