賢者のハイラート2
賢者のハイラート2
「あーあ、だりぃ」
ノクティスの足取りは重い。
昼食後の気の向かない剣術訓練。
中庭から廊下に入ってくる振り返らなくてもわかるほどの陽気がうらめしかった。
こんな休日はプロンプトとゲームセンターへ行き、新しいバージョンになったシューティングゲームでのスコア更新に励みたい。
しかし昨日から城に戻らされ、今日は今からシフト練習、夕食も城でとることになっていて一歩も外へは逃げられるはずもなく。
ため息を一つ。
頭をがしがしかいてもやる気がでるはずもない。
やらなきゃいけないこと、とわかっていてもやる気は別。
だだ下がりの気分のまま重い鍛錬場の扉を開くと、そこにはすでにグラディオラスがいた。
背幅のある彼が担いでいる訓練刀は自分用よりも何回りも大きい。
重さを感じない動きで上段の構えから振り下ろしーーぴたりと切っ先は床スレスレで止まる。
あの重量を易々と操れるのは同じ男として、心からすごいと思う。思うが言ってはやらない。
高窓から昼光を浴びて今度は振り上げ。
剣術指南役でもあるグラディオラスの剣筋は一切のぶれがない。最後にひょいと剣は肩へ担ぎ上げられた。
こちらに気づいてグラディオラスは汗を拭い、にかりと笑う。
頼れる兄貴分のネックレスが光った気がした。
「よ、待ってたぜ王子」
挨拶にノクティスは手を挙げて答える。
相変わらず暑苦しいと、と口にだしかけて止まる。
ぐるりと鍛練場を見渡せばいるはずのもうひとりがいなかったからだ。
「・・・何でグラディオだけ?」
「んだよ俺だけじゃ不服か」
この、と肘で小突かれた。
その肘を押し返す。悔しいが軽くいなされてさしまう。
「んなこと誰も言ってねーし!イグニスは?」
「少し遅れるってよ」
端末を振って見せるグラディオラス。
さんざん「鍛錬の時間を忘れるな、城に泊まるのだから俺は迎えにいかないぞ」と昨日電話で繰り返したイグニスにノクティスは心のなかで悪態をついた。
ついても、口にはできない。
「俺一人で鍛錬する羽目になるかと思ったぜ」
グラディオが心を覗いたかのように、にやにやと笑ってくる。
寝過ごし癖のある自分に何も返すことができず、うっせ、と返すのが精いっぱいだった。
しかしあのイグニスが遅れるなんて珍しい。
彼を遅らせる理由、相当なものだろうと考えあぐねる。
「うーん・・・あ、会議でも長引いてるのか?」
「いや、さっきまで親父といたからな、会議はねぇはずだぞ」
主にイグニスが国政レポートを作成するために出席する会議は、グラディオラスの父、宰相クレイラスがもちろんいるはず。
その父と先ほどまで一緒だったというなら会議はなかったので間違いないだろう。
他に遅刻の理由。首をひねっても思い浮かばない。
「んじゃ何?」
「さぁなぁ・・・」
思案するようにグラディオラスは顎撫でてーーー思い付いたように指を鳴らす。
「案外、婚約者様に行かないでって泣かれてたりしてな!」
ドキっと心臓が口から出そうになる。
想定外の理由が飛び出してきて、先日プロンプトの台詞が頭に響いた。
イグニス本当にその人のこと、好きなのかなぁ
ちくりと、胸が痛んだ。
「まぁ、ねぇな。あのイグニスに限って・・・てどしたノクト?」
「ん、いや・・・イグニス、ほんとに結婚、するのかな、って」
不服そうに口にでてしまったかと思い、あわててプロンプトが気にしてたから!と付け加える。
グラディオラスはあー・・・と複雑そうな顔をした。
「まぁ婚約イコール結婚って訳じゃねぇけどな、イグニスが縁談受けるって時点で恐らく決まってんだろうよ」
「・・・そうかよ」
心のどこかで落胆している自分。
仲間内の中で一番イグニスと境遇が似ているグラディオラスがノクティスの言葉を受けて答えた肯定の言葉。
縁談、婚約、結婚。そんなの大人の話だと思っていたのに学生の自分のたった2つ上のイグニスが決めた人生の岐路。
それを応援しないことはない、が少し現実味がなかったのだ。
それが、グラディオラスの言葉で一気に今の話なのだと思い知った。
思い知って、どうして寂しい気持ちになるのだろう。
「まぁ相手は申し分ないだろ。フィディス書記長の娘だからな」
父王の補佐する臣下の一人。
悪い噂のきかない、対話主義の優しい女性臣下だ。
その娘ともなれば会ったことがあるはずだが、ノクティスは容姿容貌を思い出そうとしてーーー名前すら思い出せなかった。
こういうことは顔が広く、なにより”女性”と話すことが好きなグラディオラスへ聞くに限る。
「・・・グラディオ、どんな人か知ってんの?」
「知ってる。ナナ・フィディス。つーか、俺も数回会ったことあるだけだけどな。警護隊の仕事で」
すっかりグラディオラスも剣をさげ、話し込むことに決めたらしい。
壁際にどっかりと腰をおろし、組んだ足に模擬刀を乗せた。
その隣にノクティスも座る。そのグラディオラスとの距離感が、ふっと息をつかせた。
「なんだ、プロンプトが気にしてたのか?」
いやにプロンプトという名前を強調させて見上げてくるグラディオラスが憎たらしく見える。
素直になれよ、と目は言っていた。
「・・・そーだよ、プロンプトが気にしてたんだよ!本当にイグニスそいつのこと好きかどうかってな」
「・・・・好きか、か」
グラディオの笑みがとたんに、見たこともない風に大人びる。
さっきは安心したグラディオラスとの距離が、また少しだけ遠くなった気がした。
言葉を選ぶように何度か唇か開閉して、グラディオラスは静かに話し始めた。
「あんまり言いたかねぇが、俺たちの結婚ってそういうの関係ないところあるからな」
「・・・知ってる。俺は」
「・・・そうだな気にしてるのはプロンプトだもんな。ま、でも一番今回のイグニスの件、心配してるのはプロンプトなのかもしれねぇか」
「あいつは、優しいから」
眉を下げた友人を思い出す。
城という世界の諦めを知らないプロンプトが、何故か頭のなかでごめん、と手をあわせている。
その気遣いは、余計なお世話なんかではないのだ。
ノクティスだけでなくグラディオラスもきっとそうだ。
「好きか、ねぇ。本人たちに聞かなきゃわかんねぇが。まぁ俺は今回の縁談は賛成だぜ。20歳って言われれば、少し早ぇかもしれないけど、な」
「・・・・・そーかよ」
「心配するこたねーよ。あいつは自分の意思を曲げてまで結婚する、なんてことはしねぇ」
「・・・・・」
「信じらんねぇか?」
いや、とも、そうだとも答えられなかった。
どうしてこうも大人な受け答えをするグラディオラスに苛立つのだろう、至極正しいはずなのに
グラディオラスは祝福を
プロンプトは心配を
変化に戸惑う自分がイヤになる。
「あー・・・本人に直接きいてみるか?」
「それはっ、しねーけど・・・」
「じゃ、二人の様子でも見にいくか?」
は?と思わず間の抜けた声を出しながらグラディオラスを見る。
そこにはいつもの、少しだけ悪巧みを含んだ笑顔があった。
「今度イグニスがナナ嬢に会いに行くとき、こっそりあとつけてみるんだよ。プロンプトも連れていきゃあいつも少しは安心するだろ」
「・・・本気?」
「本気」
グラディオラスは相変わらず笑う。
いつかのように自分を導こうとする優しい笑顔にもみえるし、あわよくばイグニスの弱みでも握ってやろうという黒い笑みにもみえる。
この剛胆な男は、とノクティスはーーーー心の底から信頼した男に笑いかけていた。
「グラディオ」
「ん?」
「・・・ナイスアイディア!」
己の目でみて、そして己の心に問う。
そんな簡単なことなのだ。
グラディオラスに教えられるまでも、思い出させられるまでもない。
それでもグラディオラスの今日一番の笑顔は、全く嫌みに感じなかった。
「だろ?」
苛立ちは消え、悪巧みをの計画を考えるとふと軽くなった気がした。
「んじゃ、いつやるか考えるか!」
「待てよノクト。その前にそろそろ鍛練するぞ」
「はぁ?このタイミングで?!」
「そろそろイグニスも来んだろ。しとかないと怒られんぞ」
「・・・仕方ねぇか。んじゃグラディオ。負けた方がイグニスにそれとなく出掛ける日を聞くってことでどうだよ」
「いいぜ、俺が負けると思ってんのか?」
ゆっくり立ち上がるグラディオラス。
その動きは余裕そのものだ。
ノクティスは壁の模擬刀に手をかけて、肺一杯に息を吸い込む。
しっかりと靴裏で床を感じて、剣を構えて、一気に息を吐く。
「やってみなきゃ・・・わかんねぇだろっ!!」
up.20170913