珍しく緊急案件のない、穏やかな昼下がりのライブラ事務所。
何故かたまたま事務所に残っていたザップは、今日は片付ける書類もないのかソファで雑誌を眺めるなまえへ何の気なしに声を掛けた。
「なぁ、オレがお前に「好きです、付き合って下さい」っつったらどうする?」
「「いいお友達でいましょう」って断ります、って言うか無理」
「即答かよ!てか無理ってなんだよお前!」
捲ったページから顔も上げずにさらりと言ってのけたなまえに、本当になんでこんな奴に惚れたんだあの番頭が・・・と、心中で溜息を吐いてみる。
「あー、じゃあ旦那が同じ事言ったらどうするよ?」
「クラウスさん?うーん・・・「クラウスさんは私の憧れの上司なので、嬉しいけれどそう言った人としては見れません」かな?」
「なかなかに酷い事言うのな、お前・・・じゃあレオだったら?」
「レオ君?私年下は興味無いんだけど・・・まぁ、レオ君がどうしてもって言うならお試しでありかも知れない」
「なんだお前その上から目線は・・・しかも年下に興味ないのかよ」
「なによ、私が年下好きそうに見えるの?」
普段どんな風に私のこと見てる訳?と、雑誌から上がった鋭い視線が飛んでくる。
それをさりげなく交わしつつ、なるほど、年下がダメなら年上はアリか。
少しは希望が見えましたよスターフェイズさん!と、ひとつ情報を入手してにやり笑った。
そんなザップを怪訝そうになまえが見ていて、それに気付いてザップは慌てて仮定の話を続ける。
「年下がダメなら年上はどうよ?ほら、居るじゃねェか、いい物件が」
「なに?ギルベルトさん?ギルベルトさんなら大喜びでOKするけど?」
「なんでだよ!そうじゃねぇよ!もうひとり居るだろうが!もうひとり!」
「は?エイブラムスさん?さすがの私でもあの人の傍に居るのは嫌だよ」
「違ェよ!じゃなくて!ほら!居るだろうがもっと身近に!」
「は?なに?誰?なんなのザップ」
お互いの語気が徐々に強まっていき、半ば喧嘩腰のようになった所で、ザップが遂に大声を出した。
「だぁあああああ!ったく!だぁから!!スターフェイズさん!年上で優しくて金持ちで余裕で、お前の理想じゃねぇの!」
ザップの叫びに、なまえが瞬きをひとつ。
それから雑誌に目を戻して、ページを捲って。
「は?スターフェイズさん?一番ないんだけど」
その言葉に、ザップがあんぐりと口を開けて目を丸めた。
「は?お前ヘルサレムズロット中の女が揃って欲しがる最高優良物件にケチ付けんの?マジで何様なの?バカなの?」
「は?そうじゃなくて、向こうが私にそんな事言ってくるのが、一番有り得ないって言ってんの」
ぺらり、雑誌のページを捲る音。
ザップは遠くで痛み出した頭を抑えながらも、続ける。
「だから、例えの話だっつの」
「例えの話だとしても、そんなの考えたことない。だってスターフェイズさんだよ?ないない、有り得ない」
「・・・お前、スターフェイズさんのこと嫌いなのか?」
「いや、別に嫌いではないけど・・・」
「じゃあなんでそこまで頑ななんだよ、スターフェイズさんに関しては」
ぺらり、雑誌を捲って、なまえが口を閉ざした。
ぎゅっと引き結ばれた唇を見るに、これ以上この話題では話すつもりはないという明確な意志が見て取れる。
ザップは浅い溜息を吐き出して、葉巻に火を付けた。
スターフェイズさん、もしかしたら限りなく望み薄かも知れないっす、すんません。
ってかなんで本当にこんな女に惚れたんだあの人、あの人も相当分かんねェな。
紫煙を吐き出しながらザップは、ソファに凭れて天井を仰ぎ見る。
不意に、なまえが雑誌をぱたんと閉じて、小さく零した。
「・・・一番、好きになってはいけない人でしょ」
ふとすれば聞き漏らしてしまいそうなあまりにも小さい独り言のような声に、ザップは勢いよく頭を正面へ戻した。
俯いたなまえが、ぽつりぽつりと、言葉を落とす。
「あの人、すごく女性の扱いに慣れてるでしょ。だから、不用意に近付いて好きになってしまったら、傷付くのは分かってるもん」
「女性の扱いに慣れてんなら泣かされるこたぁねェだろ」
「そうじゃなくて、慣れてるってことはそれだけ女性が周りに居るって事でしょ?そんな中でわざわざ私なんて選ぶはずないじゃない」
それがどうしてか、選ばれたんだなこれが。本当に人間って分かんねェ。
そんなもどかしい事を言えるはずも無く、ザップは葉巻を吹かして続ける。
「なんであの人が女慣れしてるって分かったんだ?あんまそんな所見せないだろ、ここじゃ」
「・・・靴、」
「は?」
聞き返したザップに、なまえはもう一度「靴」と繰り返した。
ザップは仕方なしに、なまえの言葉の続きを待つ。
「・・・私がここに入ってすぐ位の時に、慣れないヒールで来ちゃった事があって、靴擦れが出来て。すごい痛かったんだけど、誰にも気付かれないように頑張ってたのね。でもお昼休みにスティーブンさんが「ちょっと出てくる」って言って10分位して戻って来たら、靴を買って来てくれて。「痛いだろう」って」
「あー。なるほど、あの伊達男のしそうなこったな」
「しかもそれが、ザップがその辺で買って来るような安物のサンダルじゃないんだよ?今だに怖くて値段聞けてないんだけど」
「うるせェよ、オレの話は今関係ねェだろうが」
「でも、」
それですぐ分かった。ああ、この人、こういうの慣れてるんだろうなって。
零すなまえの声が少し暗く思えるのは、気のせいだろうか。
もし、気のせいではないのなら、もしかすると。
「だから、スターフェイズさんには不用意に近付かないの。私だって傷付くのは怖いもん」
力なく笑うなまえを一瞥して、ザップは紫煙を細く長く吐き出した。
それから、真っ直ぐなまえに向き直って。
「なんでお前、傷付く前提なんだよ?近付いたって好きにならなきゃいいんだろ、要は」
「それは・・・無理だよ」
カマを掛けたザップの言葉に、なまえが何故か泣きそうな表情で、けれど笑って言う。
「だって私、スターフェイズさんに少しでも近付いてしまったら、好きになっちゃうって分かってるから」
「っつー事をこの前言ってましたんで、まぁなんつうか・・・嫌われてはないんじゃないっすか?」
情報料というよく分からない名目の昼飯代わりのチキンを齧りながら、コーヒーを啜る目の前の伊達男にそう告げた。
伊達男、スティーブン・A・スターフェイズは顎に手を当て、暫く何かを考えて、それから不意に笑う。
「礼を言うよ、ザップ。・・・OK、それなら」
ちょっと本気を出そうかな。
そう言っていつもと違う色を目の奥に宿しながら凍りつくほどの笑顔を浮かべる伊達男を見ながら、他人事ながらに「なまえ頑張れ全力で逃げろ」と心の中でエールを送った。
君は知っているだろうか
(獅子は兎を狩るのにも、全力を出すことを)
スターフェイズ氏のターンが来るよ!
やったね、スターフェイズ氏!