最近、花巻がやたらと杲に絡んでいる。

始まりは気が向いたからと通学路にある俺の家にわざわざ迎えに来た日。寝起きスウェット、そのままの姿で出た杲を見たその日から。

練習前から杲さんって飲み物何が好き?とか聞いてきたからなんでも飲むと適当に返したらスポーツドリンクをわざわざ自販機に買いに行って手渡ししていた。

その後も休憩時間にコンビニに向かうついでに備品を買ってきてもらおうと頼むとそれについて行き、帰ってきたと思ったら女の子にこんな買い物頼むなと説教を食らったり。小休憩の度に話し掛けていたり。練習後のラーメンに自ら着いてきたり。とにかく杲の後ろをついて歩いていた。

面倒事が嫌いな杲のことだから顔に出てるんじゃないかと見かける度に表情を伺うと案の定その顔は疲れ切っていて。目が合うと助けてと言わんばかりに眉尻を下げてきた。

普段これ以上はないというくらいには適当人間の杲が受け流せずにこんな表情を浮かべるのを見るのはこれが初めてかもしれない。

どうせ女子らしからぬ杲を珍しく思って今日だけからかってるんだろう、そう思った。

だが、花巻のそれはその日だけでは終わらない。

用が無ければ俺の元を訪れるようなことをしない奴が、教室の前を通る度に杲に手を振る。教科書を忘れたから貸してくれと杲に言いに来る。特に理由もなく俺の席に来て杲にも話を振る。月曜の放課後遊ぼうと毎週決まって声を掛ける。

まるで粘着じゃないか。それを受けた杲の顔は日に日に疲れを孕んでいき流石に少し心配になった。

花巻の気まぐれが二週間くらい続いた頃。


「やべ、俺まじで杲さん好きかもしんねぇ」


練習前の部室でふと呟かれたその言葉に目を丸くした。それは及川も松川も同じで。


「お前にはあのゴリラが女に見えるのか」


俺の中の杲は誰かに恋愛感情を抱かれるような奴ではない。口は悪いし、すぐに手は出るし、見た目だってそうだ。可愛いなんて要素は微塵もなく、どちらかと言えば男女ともに認めるようなイケメン。作られた容姿でないことは俗に言うオシャレにまるで興味がないその姿を見ていればわかる話。

だけど、花巻は例外のようだ。じとりと俺を睨む花巻は、初めて見た。


「今までのマッキーの彼女たちと全然タイプ違わない?なんかもっとこう、ふわっとした可愛い子ばっかりだったじゃん」


そう口を開いたのは及川。

事実その通りで、これまでの花巻の彼女たちは小さくて、ふわっとしていて、清楚。女といえばこれというような女らしい女ばかりだった。杲とは正反対の可愛らしい女子。


「俺もそう思ってたよ。でもさ、この間杲さんが痴漢撃退してるとこ見てさ」


再び三人で目を丸くする。

話を聞けば、花巻の最寄り駅で何やら騒ぎが起きていると思い横目で見るとその中心にはサラリーマンを取り押さえる杲がいたようで。見覚えがある風貌で手を貸そうと思ったけどすぐに駅員が来たから自分が行っても仕方ないからと普通に電車に乗り込んだ、と。

電車の中でも学校に着いてからも、あんな勇敢な女の子がいるんだなと思ったら頭から離れなくなった。

職員室でばったり出くわしたら先生に責められている様子で、事実を伝えただけなのにわざわざ追いかけてきてお礼を言われたらしい。

確かに二、三週間前に杲は遅刻をしてきた。遅刻自体はわりといつものことだが。

でも杲の口から痴漢を撃退したなんてことは聞いていなくて、正直びっくりした。いつもの様に寝坊して遅刻だと自己解決していたから。

普段から行動を共にするのは楽だからだ。他の女子のようにネチネチしたりだとか陰湿なそれは杲にはまるでなくて、男と一緒にいるような感じがするからだろう。

たまに女子怖いとか言ってるが、女子からみたら絶対に杲の方が怖いと思う。睨んでいるつもりはなくても目つきが悪いそれは睨んで見えてもおかしくないから。変なところ打たれ弱いけど、それでもあいつはかっこいい。男から見ても、だ。


「そしたら岩泉の家から出てくんじゃん。びっくりしたわ」
「あいつが俺の家に泊まるのなんてあれが初めてじゃないぞ」
「知ってるよ、前からよくそういう話してたじゃん。だからそこで、あーこの子杲さんかって認識した」


髪はボサボサだけどなんかかっこいい子出てきたな、と思ったらそれは杲だった。最初は女子力ない子だなと感じたけど逆にそれが面白かったんだとか。

そりゃあ、応援に来る女子にあんな風貌の女子はいないからな。高校生にもなれば女子は自分の見た目に気を使って、少しでも可愛く見せようと、なろうとするものだ。あいつが特殊なだけで。でも、面白いと思う気持ちは…興味を持つ気持ちは、少なくとも俺も感じているものだった。


「最初は面白半分で絡んでたんだけどさー…なんか惹かれちゃってさ。タイプじゃないはずなんだけどなー」


そう言うと頭を抱えてしゃがみこんだ。こんな花巻は滅多に見れない。その姿を見ているのは面白い。

だけど、少し面白くないと思ってしまうのはきっと、相手が杲だから。

杲だって一応女だ。この二年と少し彼氏がいなかっただけで、その前にいた可能性はあるし、同じようにこれから先に出来ることもあるわけだ。

きっと杲自身は気にしないだろうが、相手によっては俺が仲良さそうに隣に並ぶことを嫌がる奴だっているだろう。この居心地の良さを手放すのにはまだ抵抗がある。恋人ではないし、同じ夢を追う仲間でもない。だけどあいつは、ただのクラスメイトではないし、友達以上…であるとは正直思っている。だから半分、花巻のその想いは面白くない。友達だし仲間だし実ればいいと思う気持ちも勿論あるが。間違った独占欲であるとは理解している。

話を聞いてふーんと声を揃えた二人。松川は心底面白そうにニヤニヤと口角を上げている。反対に及川は納得いかなさそうな、何とも表現し難い表情を浮かべていた。

時計を見ればもういい時間だ。シューズやらタオルやらを掴んで、先に行くぞ、と言い残し部室を後にした。





「岩ちゃんはどう思うの?」


練習終わりの帰り道。いつもの道を歩きながら及川は問い掛けてくる。


「何がだよ」
「マッキーの話だよ!」


食い気味に言うその姿に少し身を引く。…なんだこいつ。


「別にどうもクソもないだろ」


そう、別にどうもしない。確かに少し面白くはなかったけど俺がどうこう口出しをするような事はなにもなかった。

何が気に食わないのか、えー、と口を尖らせる及川を見て面倒臭いと心底思う。何が不満なんだ。


「岩ちゃんが女の子とずっと行動するなんて彼女以外ないし好きなんだと思ってたけど違うの?」


そう言う及川の声色はいつものようなふざけた声色ではなく真剣そのもので。鋭いこいつの勘には何年一緒にいても慣れない。

とはいえ、俺は杲のことをそういう目で見たことは一度もない。仮にそんな感情を持っていたらきっと今頃は違った関係になっているはずだ。


「違ぇよ」


嘘はついてねぇ。


「ふーん…マッキーに取られても知らないんだからね!」


いつもの調子に戻ると腹が立つ。隣に並ぶ後頭部を殴って歩みを進める。酷いなぁとか言いながらすぐに追い付いてくる及川にイライラを募らせて。


「取られるも何も、決めるのは杲だろ。俺が口を出すようなことは何もねぇ」


正直なところ、これが全てだと思う。杲は自分をしっかり持っているし、流されるようなことはきっとない。面倒事は避けて通りたい主義なあたり、あの困り顔を続けている当の本人花巻と恋人関係になるような想像は一ミリもできなかった。

それでもきっと花巻は押すだろう。今までの傾向を見る限り、自分を好いて寄ってきた女の子とは基本付き合っていて、自分から好きになった女の子にはぐいぐいと押していくタイプだ。手に入れてしまえば飽きるまでは尽くすし、恋愛面に関しては及川より上かもしれない。バレーをしながらもしっかり彼女の事を考えられるから。

とはいえ、帰路が分かれるところまでひたすらにその話を続ける及川に二人が付き合うことを想像せざるを得なくなり感じたことは、やっぱり少し複雑な気持ちだった。





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