進級といえばクラス替えがメインイベントだ。
昇降口の先に大きく張り出されるクラスごとの名簿は自分の名前を探し出す前にゲシュタルト崩壊する。こうも何クラスもあると探すのにどれだけ時間がかかるのか教師は理解していないのか?現代っぽくスマホに【何組何番だよ☆】って送ってこいよ。
そもそも人混みで見えたもんじゃない。これだから人混みは嫌なんだ。
とはいえ、それぞれ自分のクラスを把握すれば移動するだろうし少し離れて待つとしよう。月彗ちゃんは心が広いからね。


「っと、ごめ」
「何ぼさっとしてんだよ」
「なんだ岩泉か。謝って損した」


ゆらりと揺れる頭を見て察したので華麗に頭突きを避け…るつもりだったけど避けられなかった。スピード強化してる?課金?私も防御力課金したいんだけど。生憎今は金欠だけどいくらあれば強化できるかな。

それにしても岩泉の女子相手に頭突きかましたりチョップかましたり殴ったりやめてくれないかな。手加減してるのかもしれないけど普通に痛い。まぁお互い異性として見てないんじゃ仕方ないか。


「杲さんおはよ〜!今日も大変だね!」
「おはー及川くんほどじゃないけどね」


今日も仲良く一緒にいることで。始業式の今日も変わらず朝練だったのによく汗くさくないな、寧ろいい匂いするんだ及川くん。制汗剤なのか香水なのかは知らないけど。岩泉からはそんなにいい匂いしないというか最早嗅ぎなれてるからわからん。モテる男は違うね。

そんなモテる男が登場してしまったから下級生がチラチラ見てるしその場を動かないし、やっぱりはやく見ておくんだったな。いつになったら座れるんだろう。


「及川くんはもうクラス見た?」
「見た見た、六組。岩ちゃんは五組!」
「隣じゃん、仲良しか」
「杲さんは?」
「人混みでまだみてない」


視線を向ければ「あー」と及川くんの薄く形のいい唇が動く。
背はそこらの女子よりは高いが最近視力が下がったから遠くからは字がぼやけて見えない。
しょうがない、気は引けるが岩泉をパシ


「お前も五組だぞ」
「え?何?岩泉ついに何も言わなくてもパシられてくれるようになったの?」


岩泉凄くね?エスパー?これも課金でしょ。
あたしの顔を見た途端にまたくだらないことをみたいな顔をするあたり岩泉だわ。こいつだけだよこんなにあたしの扱い雑なの。あたしが雑だからこれくらいの方が気を使われるよりはマシな気はするけど。

そんなことよりも、隣のクラスに及川くんがいるってだけで憂鬱だ。思えば一年の時からそう。顔立ちとオーラ、それから部活面でも注目を浴びている彼の周りにはいつだって今みたいに人混みができる。上級生然り、下級生然り。同級生もまぁ、入学当初はかなり凄かったな。例えるならアイドルが転入してきた少女漫画みたいだった。現実にこんな人がいるとは到底信じられなかったわ。
そしてその人混みは、きっと今年もできる。それを考えるだけでもう、


「憂鬱だ…帰りたい…」
「岩ちゃんと同じクラスなだけで!?君たち本当に仲いいんだよね!?」


ちげーよお前だよ。そんな風に言い返す気力など今のあたしにはない。よかったね及川くん。そして許さないぞ及川くん、岩泉も顔でうんざりだと言っている。違うんだ岩泉、そうじゃねえ。
構うのもめんどくさいしあたしははやく席につきたい、そして担任が入ってくるまで寝ていたい。何時間寝ても眠いこの体をどうにかしてほしいよゴッド。そして眠すぎるこの体を引きずって階段をあがる力をくれ。午後にはすっきりするんだろうけど今日は午前だけだ。いっそ休んでしまえばよかった。親が許してくれないけどね!ママ厳しい、あたし悲しい。

願わくば平凡平穏な毎日をください。
担任は高身長高学歴のイケメンを、なんて高望みしないから。だって人が群がっちゃうから。

質のいい睡眠を取りたいだけなんだよね。適度に生活して、適度に人と関わる、それだけで充分。現実に非日常なんて必要ない。大切なものを大切にして生きていきたいのさ。愛してるよ睡眠。

階段へと足を向ける。三年にもなれば教室は二階だ、最高。遅刻しそうになってもギリギリ間に合う、最高。あとは席の周りが騒がしくないこと、これが揃えば快適なスクールライフが送れるね。るんたるんたと階段を駆け上がる。さっきまでの落ち込みはもう忘れた。五組って階段のすぐ目の前なんだよね!愛してるよ!

教室に入るなり先に来ていた男子がどっと声を上げる。


「杲と同じクラスとか!ラッキー!」
「お前そんなにあたしのこと好きだったのか」
「これでクラスビリはないわ!最高!」
「しね」


女子に妬まれないことも平穏な日々に必要不可欠(寧ろ一番大切だと思う)なのだけれど。女は男が絡むと豹変する。でもそんな女とつるむよりかはきっと男とつるんでいる方が自分の気持ち的には楽で辞められない。きっとその類の女からすればあたしは男好きに値するんだろう。これまでの二年間はそういったことで同級生からは絡まれたことなかったから、きっとこの一年も普通にしててもどうにかなるはず。上級生はそりゃあもう怖かったよ。女って怖いって一生言ってたもん。絡まれてるのを見てた及川くんと岩泉からはお前の睨みの方が余程怖かったと言われたけど。目つき悪いのは元々だしそもそも原因はお前らだけどな…で終わった。つか絡まれたことでつるむの辞めたら負けた気がして嫌だった。熱はいつか冷めると学んだ。まぁそれでも敵に回さないに限るのは確か。あたしは男に扮して生きるよ。そんなことを零した日には元々男だろと一蹴されたけれど。

わいわいと騒ぐ男子を適当に流して確認した自分の席に腰を降ろす。うわー椅子ひっく。隣のちょうどいい椅子と交換してやろう。
一年を共にする机と椅子の高さって本当に大事だと思う。いざ参らん睡眠。がばっと机に伏せる。うん、心地いい。これでまた一年良質な睡眠を取れることだろう。腕に覆われた暗闇の中でにんまりと口角を上げる。受験生だ、就活生だなんて今の私には関係ない、忘れさせて欲しい。


「お前また隣かよ」
「ねぇ…寝ようとしてるのわからない?バカ?」


また隣から岩泉の声がしてゆっくりと顔を上げる。乱暴に荷物を机の上に置き椅子に腰掛ける姿を横目で見る。


「寝る場所じゃねぇしな」
「お前に言われたくないわ」
「俺がいつ寝たんだよ。…つーかこの机と椅子のバランスおかしいだろクソが」


ちょっと待って。もしかして。
しっかりと目を開けて隣を見やる。そこにはどう考えても体のサイズに合わない低い椅子に座る岩泉の姿。


「ぶふっ」
「てめぇぶっころすぞ」
「ひ、ひー!小柄な岩泉くんにお似合いじゃあないですか!」


ダメだ笑いが止まらない。君はその不格好な机と椅子と一年を過ごすがいい!さっきまでの及川くんの憂鬱は忘れてあげよう。この姿を見届けることが出来るこのクラスの幕開けに一人大袈裟に拍手をした。







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