あたしは今酷く後悔している。

花巻くんに付きまとわれること約一ヶ月。毎週決まって月曜日の放課後に遊びを誘われ続け、それを断り続ける、互いの持久戦。

彼が嫌な人ではないし寧ろいい人であることはこれまでの花巻くんを見ていればわかる。色々されすぎて申し訳ないを通り越して借りが溜まっていくのを重たく思っているのはあたしだけで、向こうはそんなつもりがないことなんてわかってる。それでもどうしても借りを作るのが嫌で、心労が募るばかりだった。面倒臭いと思ってしまったことも間違いない。

そして今日。いつも通り断るつもりでいたにも関わらず。


「何か食べに行こうよ、奢るから」


奢るという一言に条件反射で本当かと問い掛けしまったのが全ての過ちだった。ぱっと表情を明るくしてにんまりと口角を上げた彼は「じゃあ放課後迎えに来るね」と以前のバスケ部の女子と同じセリフを残して立ち去って、そこではっとする。奢るってワード強すぎるだろ。

いつも通り隣に座っていた岩泉に視線で助けを求めるも逸らされてしまった。ちくしょう岩泉!こういう時に助けてくれない友達がいるか!

そしてしっかりと放課後迎えに来た花巻くんの隣を歩くとやっぱり周りからの視線が痛くて。それもそうだ、岩泉と歩くのには慣れてても相手が花巻くんともなればどうしたと興味が湧いてしまうのも致し方ない。

元々猫背な背中を更に丸めて着いて行くと、連れてこられたのは学校から比較的近いファミレス。正直助かった、オシャレなところに連れていかれたらどうしようかと思っていた。カフェとか。洒落っ気のあるところの食べ物なんてまるでわからないし挙動不審になってしまうから。だってどう見たって呪文じゃない?ちょっとあたしの頭では理解できないね。


「好きなだけ食べていいよ」


そう、それじゃあ遠慮なく。このファミレスで特に好きなメニューを次々と選んでいく。タダで食べられるってやっぱり魅力的だよな。

本当は少し遠慮する予定ではあった。彼はあのバレー部の一員なのであって、休みは今日みたいに月曜日しかないからバイトをする暇もないし、そんなに使えるお金はないだろうと踏んでいたから。でも好きなだけ食べていいよなんて言われたらつい選んでしまうよ。ちょろい実感はあるけど食欲には勝てん。三大欲求だもの。

スコアを付けに行った日、花巻くんも一緒にラーメン食べに行ったからあたしがどれだけ大食いなのかなんてわかっているはずだ。そんなあたしにそういう声を掛けるのだから持ち合わせはあるのだろう。


「よく食べるよね」


料理が届いて頬張っていると正面からそう声を掛けられる。ドリンクバーを片手に頬杖をついてニコニコとしながら。料理も勿論食べ進めている。


「ごめん、やっぱり頼みすぎた?」
「全然。よく食べる子っていいねって話だよ」


…やっぱり遠慮すればよかったかも。小っ恥ずかしいことを言っているのに目の前の少年は顔色一つ変えない。これはもしかして、及川くんよりも厄介なのではないだろうか。そう思うとまた後悔が増していく。もうダメだ、杲のライフはゼロよ。

世の中の女ってこういうことを言われて喜ぶんだろうか。もしそうだとしたら、鳥肌がたってるあたしは変わってるのかもしれない。今更だけど。

別に嫌とか思ってる訳では無い。だけど今までそういう扱いを受けることなんてないに等しくて。褒められると何か裏があるんじゃないかと疑ってしまう面があるのだ。良くないことはわかってるけど、自己防衛に走ってしまう。ごめんね花巻くん、きっと本心で言ってるんだろうけど受け止めきれなくて。

これが既に仲のいい人だったらそんな風に思うことはないのだけれど、花巻くんと話すようになったのはここ一ヶ月の話で、あたしがちょっと引いていて壁を作っているのもあってほぼ一方的な会話をしているだけだ。何か目的があるのだろうかという疑いは未だ晴れていない。

とはいえ、目の前の花巻くんから悪意を感じないのも事実。考えれば考えるほど彼があたしに付きまとう理由がわからない。純粋に友達として接してくれているだけなのか、だとしたら申し訳ないことしてるかもしれない。


「あー…うん、そっか、ありがとう…?」


結局どんな対応が正しいのかわからなくてしどろもどろで変な口調になった。この流れでお礼ってどういうこと、と脳内で自分に突っ込む。

その間も花巻くんは口角を上げてにこにことこちらを見るばかりで、やっぱりよくわからない人だなぁともう底を尽きたドリンクをずず、と鳴らす。

何飲みたい?なんて自然に聞いて取りに行ってくるその姿を見ると、ああ、そりゃこの人も人気があるはずだわと思う。外見はどうしても及川くんが目立ってしまうけれど、うちの男バレってこんなに整った顔が多いんだなと感服した。

中身でいえば及川くんはトップスリー圏外だよね、なんて話していた同級生がいたのを思い出す。こういう気遣いとかできる優しさを考慮すると確かに岩泉や花巻くんの名前が上がるのも理解できた。女っていうのは自分が大切にされることが喜びに繋がるものだから、まぁそうなるよな。でもこいつらにとっての一番って今はどう足掻いてもバレーなんじゃないのかな、なんていうのは愚問なんだろう。


「杲さんに聞きたいとこあるんだけどさ」


唐突に切り出した花巻くんに視線を向ける。表情は変わらず口角を上げたままで、でもその目は何かを探るような瞳になっていて少し居心地が悪い。

この居心地の悪さは何かに似ていて、それが女子が突然声を掛けてきたと思ったら岩泉や及川くんの彼女事情の探りだった時のようだと気付くのに時間はかかはなかった。なんとなく背筋がぴんと伸びる。少しの沈黙さえ、今は怖かった。


「杲さんはさ、男女の友情ってあると思う?」


放たれた言葉はあたしが想像していたよりも遥かに簡単なものだった。悩む間もなく、口を開く。

答えはイエスだ。

だって、これがノーになるのなら、目の前にいる花巻くん然り、岩泉や及川くん、ゼロ点の伝説のクラスメイトだってそうだ。彼らとの関係はどうなってしまう?恋心は下心、誰が考えた言葉だろうか。友情が成立しないとなると、互いにそういった感情が交わるということであって。成立するからこそ、あたしの交友関係が成り立っているのだ。成立しないことを考えるだけでゾッとする。そう思うくらいにはしっかりと友情を育んでいるつもりだ。


「そっか。そんな気はしてたわ」


ぱっ、と表情を明るくそう言い放つ花巻くんには、先程までの探るような視線は既になくなっていてほっと一息つく。あたしが考えていたことを読んだかのように、岩泉ともそういうことなさそうだもんね、と口に出され分かってんじゃん、とドリンクを啜った。


「俺はね、ないと思うんだ」


…あたしの周りから、一瞬にして空気がなくなったかのような錯覚に陥る。俺もそう思う、そう返しているような軽いノリで否定するから脳バグが起こった。

こちとら処理が追いついていないというのに、花巻くんは顔色ひとつ変えずにこちらを見ているものだからつい目を逸らしてしまう。

どういう意味かわかる?という問いかけに、視線を交わらせぬよう首を横に振った。…わからないわけじゃない。でも、わかりたくなかった。

だって、そんな。

バレー部の応援に行っているわけでもなく、ましてや来ている人は可愛かったり、美人だったり、そんな人たちばかりで、同級生、下級生の中にもそんな子達は沢山いるわけで。そんな中、あたしにそういう目を向ける人なんていなくて、それがあたしの安心だから。

お願いだから、冗談だと言ってくれ。


「杲さんのことが好きだよ」


さらばあたしの平穏な日々。





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