カップルって、みんなこんなものなんだろうか?一年三組の廊下側、後ろから二番目の席に項垂れるように座り込む私から放たれるオーラは負のオーラだと思う。後ろの席には幼馴染みの飛雄くんが次の授業を眠たそうに黒板を見据えつつ構えている。自分自身幾度目か数え切れない溜息をつけばさっきからなんだ、とうるさいと言わんばかりの言葉が背後から突き刺った。


「ねぇ、付き合って三ヶ月経っても何もしないって、好きじゃないから、かな?」
「は?知るかボゲ」
「眠たいときの飛雄くんってこの世で一番冷たいと思うんだよね…」


振り向いた先にあった予想通りの不機嫌な表情に再び溜息をつきそうになったが彼が更に不機嫌になることを避けるためにぐっと飲み込んだ。察した様子で元から鋭い目つきを更に細めて見られれば肩を落として視線を逸らす。

今日で、三ヶ月なの。

ゆっくりと声にした私の頭に浮かぶは一人の男子高校生。長身で、眼鏡がよく似合って、整った顔立ちが目を引いて、口数は同級生に比べると少なく感じる。

一目惚れだった。
とある用事で幼馴染みを待つ中、様子を見に足を向けた第二体育館に響くボールが床を打ち付ける音。着地したその横顔が綺麗だと思った。私が彼、月島蛍を好きになった些細なこと。あの日自分が見られていたことなどきっと月島くんは気付いていなくて、でも、それでもいいと思えた。廊下ですれ違うのも、話したことさえないくせに一人で心臓を高鳴らせて、馬鹿みたいと思うことも度々あった。それでも膨らむ気持ちは自分でも抑えきれないくらい成長して。最初にその気持ちを相談したのも飛雄くんだった。何事もまずは幼馴染みに相談していたし、それに応えてくれたから。でもそのときだけは私から目を逸らし、あいつだけはやめておけ、その一言だけで相談は打ち切られた。なんでそんなに酷いことを言うんだろう。当時はそう思ったが、こうなることを見越しての言葉だったのだろうか。


「もう三ヶ月も経つのか」
「うん…」


私から月島くんに、一ヶ月とか、記念日に関する発言をしたことは一度もない。一緒に歩けるだけで嬉しかったから。そして、その期間が長く続いた証になるのが嫌だから、関係が終わってしまいそうな気がして。周りの女子は一ヶ月記念日となれば沢山の友人からおめでとうと祝いの言葉を貰っている。勿論私自身も画像と一緒に送るし。羨ましく思うこともあるが、何より自分の交際相手がそのような行為を好んでいるとは思えないから、嫌われるのは怖いから。


「…私って、魅力、ないかなぁ」


自分で言っていて泣きそうになる。
思い返してみれば告白のときも、月島くんは最後まで私の言葉を聞かずに自分の声でかき消して、いいよと短く了承を出してはすぐに戻ってしまった。おまけに好きだとの旨を伝えられたこともない。やっぱり彼は私のことなど、


「本人に聞いてみればいいだろ。何かしら返ってくんじゃねえのか」


…それが出来るならこんなに悩んでないよ、ばか。
本格的に泣きそうになったため前に向き直した。





ついてない日ってきっと今日みたいな日のことをいうんだ。

向き直して幸せが逃げる溜息をついたときには先生が入ってきていて、そんなに私の授業が嫌?と黒い笑みを浮かべられてしまった。
後ろで飛雄くんが笑い声を抑えているのを感じたけど構っていられる精神力は私にはないし、それよりも先生が怖かった。

それに委員会で任された仕事はもう一人が休みだから一人でこなさないといけないし、作業時間は二倍にも及ぶ。

こんなとき助けてくれる友人がいたらなぁ。飛雄くんに頼もうにも彼は部活だし。

やっと終わらせて時計を見ればもう遅い時間だった。
…この時間じゃもう部活も終わってるよね…。
普段ははやく帰るようにと、待たなくていいよと言われるため早く帰宅していたから今日くらい、と期待したけど叶いそうにないや。

普通のカップルなら、この寒い中手袋を外して手を繋ぐのかな。
白い息と共に会話して、毎日のように合わせる顔に惜しみつつ帰路につくのかな。

…こんなこと考えてもどうしようもない。帰ろう。


「…苗字」
「!?」


真後ろのドアから。私を呼ぶ声がする。幾度も耳に焼き付けて、近くて、でも遠くもどかしい、愛しい声。


「つ、月島、くん!?」
「? そうだケド」
「な、んで。部活、もうとっくに終わってるよね…?」
「王様が、苗字が委員会で残ってるって言ってたから」


はやく準備して帰るよ。

淡々と告げられたそれに、心が踊ってしまうなんて、私はなんて単純なんだろう。
一緒に帰るのはかなり久々だ。もしかしたら面と向かって話すのも久しいかも。
部活の後だからか普段廊下ですれ違うときとは違った匂いが微かに鼻腔を掠める。それはいつだか友人と話した制汗剤の中でも一番自然で好きな香りで、月島くんもこの香りを身に付けるのかと一人嬉しくなった。くせっ毛の髪はいつもより落ち着いて見える。いつも首にかかっているヘッドフォンは今日はかかっていない。
急いで片付けをしていたら別に慌てなくていいよとさり気なく横に来て手伝ってくれた。…こんな月島くんを私は知らない。三ヶ月も、と思っていたけれど実際は三ヶ月しかと言うべきなのだろうか?まだまだ三ヶ月で、そのうちの少ししか彼と触れ合っていない、接していない。知ったつもりで、本当は彼の一部しか知り得ていないのだ。


「あの、有難う」
「…別に」


終えて礼を言えばぷいとそっぽを向かれた。冷たいように見えて、実は相手の素直な言葉に慣れていないのかも知れないと思った。考えすぎて三ヶ月分凝り固まった心が少しほぐれた気がする。





担当の先生に提出しに行ったら別の先生にもう帰ったよと伝えられくらりとした感覚を覚えてすぐに「渡しておいてください」月島くんがフォローをしてくれたお陰で無事帰路につけた。月島くんとは途中までだけど同じ道。一人でいるよりもずっと時間が早く感じる。それでも、いつもと変わらない沈黙。交わらない体温。…不安。


「苗字」
「っはい!」
「…その、王様とナニ話してたの」
「えっ!い、いつのこと?」


ぴたり。少し前を歩いていた月島くんが足を止めると、反応が遅れて背中にぶつか「ぶっ」…情けない声が出た。徐々に距離を縮めてきて、後ずさるうちに壁に背中がくっつく。まだ軽い痛みをもっている鼻を抑えつつ目の前の彼の顔を見上げた。矯正な顔立ちが私を見つめる。こんなにも近くて、心臓が高鳴る、壊れそうなくらいに。


「つ、つきしま、く」
「さっきだよ。教室で休み時間に」


…もしかして、あの会話してたときのこと?もしそうだったとしたら、言えるわけない…!


「たいしたことじゃない、から…!」
「…キミは僕の彼女じゃないの?」


眼鏡越しに瞳が揺らぐ。あっという間にその瞳が近づいてきて、唇と唇が重なった。普段の月島くんからでは想像もつかない、強引で乱暴なキス。すぐに唇は離れたけど、嬉しいはずなのに、なぜか涙が溢れた。「そんなに嫌なの?…泣くほど、」「ち、違う、の…!」視界が歪んで、それでも一生懸命彼を捉えた。


「一回も、好きって言われたこと、ないし、三ヶ月…なのに、まだ手も繋いだことなくて、こうやって一緒に帰る事も数える、くらいしかな、いから…、本当は嫌々付き合って、るのかな…って…!」


言い終わると同時に今度は優しいキスが降ってきた。


「…本人になんて、言えるワケないデショ…」


口元を片手で覆ってみせた。視線は外されて、でも仄かな明かりで見える耳は確かに真っ赤だ。そこからは確かに“好き”が伝わってきて、どうしようもなく、痛いくらいに心臓が暴れる。


「わたし、月島くんの前だとうまく喋れないし…っ、魅力もない、けど!他の誰よりも月島くんのことが好きだよ、重いって思われたくなくて言えなかったけど、わ、わたしもそう思って貰えたら、って。ずっと、思ってた…」
「…言われなくても、僕だって好きだよ。先に帰らせるのは他の男と王様みたいに話して欲しくないからだし手を繋がないのも手を出したら嫌がるかもって思ったから何もできなかった。全部苗字のことが好きだから、…不安にさせてごめん」


胸の奥がドクドクと脈を打つ。私はゆっくりと、でも確かに月島くんに抱き着いた。月島くんの腕もぎこちないながらに私をやんわりと包んだ。


「好きだよ、…名前」
「つ、月島くん…っ、わ、たしも…!」


ああ、こんな幸せってあるのかな。ううん、ここに、ある。三度目のキス、それはまるで初めてのもののように感じた。
後に飛雄くんが幼なじみだと知って項垂れる月島くんがいるけど、それはもう少し後の話。

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