格好悪い泣き顔を覚えてる

名前と初めて出逢ったのは、俺がホストになって2年目の春。会社の上司に連れられてやってきた彼女は、最初は緊張していたものの徐々に慣れてきて、今では月に2、3回ほど来店するようになった。

以前、名前に「なぜ俺を指名するのか」と問いかけたことがある。
おそ松兄さんの様に裏表のない素直な性格でもなく、カラ松兄さんの様に女性を喜ばせる言葉が言えるわけでもなく、チョロ松兄さんみたいに気が利く訳でもなく、十四松みたいに場の雰囲気を明るくさせることもできず、トド松みたいに甘え上手でもない。
こんな俺を指名して名前は楽しんでくれているのだろうか、永久指名制という店のシステム上、嫌々ながらも指名しているのではないかと思っていた。


「初めてこのお店に来た時、一松さんは私の悩みを真剣に聞いてくれましたよね。私、こういうお店って適当に話を聞いて、適当に受け答えされると思っていたんです。でも一松さんは違った。自分のことのように一緒に考えてくれて…。それが凄く嬉しかったんです。だから、一松さん以外の方を指名するつもりはありません」

それに猫好きの人に悪い人はいないって思ってますから、と彼女は照れくさそうに微笑んだ。


名前は他の客とは違い、俺の気を引こうと甘えた声で媚びたり、色気をつかって近寄ってこようとしなかった。人付き合いが苦手で、人との距離を縮めるのが怖いと感じている自分に対して、彼女は素で接してくれる。それが心地良く、気付いた時には名前を女性として気になるようになった。しかし所詮はホストと客。

″ 本気になってはいけない ″

そう自分に言い聞かせ、一人の客として彼女に接しようと心に決めたのだった。






「今日はおそ松兄さんは同伴入りか…」

ふぁっと大きな欠伸をしながら、出勤表に目を通す。毎週木曜日は休みのシフトなのだが、チョロ松兄さんが体調不良(ただの二日酔い)のため、シフトを交代した。急なシフト交代のため、今日はいつも俺を指名してくれる客はもちろん、名前も来ないだろう。ここ最近、名前はお店に来なくなっていた。大きな企画の担当になったと話をしていたし、きっと仕事が忙しくて来れないのだろう。今日は暇な日になりそうだと、また大きな欠伸をした。


開店から一時間後、入り口の方の席から黄色い歓声が飛び交う。きっとおそ松兄さんが帰ってきたのだ。入り口の方に目をやると、おそ松兄さんとその隣には嬉しそうに腕を組んでいる名前の姿。一瞬、自分の目を疑ったがどう見ても名前だった。何でおそ松兄さんと名前が一緒にいるんだよ。今までに感じたことのないもやもや感に気分が悪くなり、スタッフに「煙草吸ってくる」と嘘をついてその場を立ち去った。





「はぁー…」

裏口の階段に腰を落としながらため息をついた。あんな嬉しそうに笑う名前を今まで見たことがなかった。

一松さん以外、指名するつもりはありません。

あの時の彼女の言葉は嘘だったのだろうか。もしかして最近、店に来なかったのは仕事が忙しいわけではなく、指名替えをしたからなのか。本来ならば俺は木曜日が休みであるため、木曜日に来店すれば俺にバレないと思っているのかもしれない。

このまま店に戻らず、仕事をさぼってしまおうか。そんなことを考えながら両膝を抱え、その上に顔を埋めてうずくまるしかなかった。



「一松さん?」

名前を呼ばれ顔を上げると、先程おそ松兄さんと一緒に来た名前が立っていた。


「今日、木曜日なのにお仕事なんですね」
「あんたには関係ないでしょ。早くおそ松兄さんのところに戻りなよ」

イライラが募り、強い口調であたってしまった。違う、本当はこんなことが言いたいんじゃない。俺はただ彼女にそばにいてほしいだけなんだ。信じていたのに裏切られたことが悔しかったのだ。感情というものは正直なもので、もやもやした感覚が身体中を巡り、苦しい苦しいと心が叫び続けている。そしてその感情は涙となって俺の目から零れ落ち、頬を伝う。いきなり俺が泣くものだから、名前は慌てふためいている。俺のことはほっといてくれと突き放そうとした瞬間、店の裏口のドアが勢いよく開いた。



「おいこら一松!いつまで休憩してんだよ、早くヘルプ入れ!…あっ名前ちゃん、やっほー!今ね、君のお姉さん来ててめちゃくちゃ良いシャンパン開けたところなんだ。一松と一緒に早く来なよ!」


・・・今あのくそ兄さん何て言った。

名前のお姉さんが来てる?じゃあおそ松兄さんと同伴で来た女性は、名前じゃなくて名前のお姉さん?確かに言われてみれば、名前より雰囲気が大人っぽかったし、いつもと服装が違っていた。

「一松さん…」

おずおずと名前が声をかけてくる。彼女の話によると、一度お姉さんを連れてお店に来たところ、おそ松兄さんの虜になってしまい、それ以来名前のお姉さんは、毎週木曜日にお店に通うようになったらしい。毎週木曜日は休みの俺がそんなことを知るはずもなかった。
また、最近彼女がお店に来なかったのは、仕事の関係で海外に行っていたからだと判明した。どうやら全て俺が勝手に勘違いしていたようだ。挙げ句の果てに、好きな女の子にこんな格好悪い泣き顔を見られるなんて最悪だ。残っている涙を見られまいと、ごしごし目元を強く拭った。
そんな俺を見て名前はふふっと笑い、口を開いた。


「私、言ったじゃないですか。一松さん以外、指名するつもりはありませんって。



……だって一松さんが大好きですから!」


まだお酒は入っていないはずなのに、彼女は頬を染めながらふわりと微笑んでいる。拭ったはずの涙がまた頬を伝う感覚がした。
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