愛の正体はいつだって不可解なものだ

無駄にキザで空気が読めない。おまけに自信満々。ご遠慮したい男の全てを兼ね備えている彼となぜ一緒にいるのか。それは私自身が一番不可解に思っていることかもしれない。


「君の瞳は百万ドルの夜景…」
「ストップ、ストップ!何回も言ってるじゃん!なんでそういう時代しか感じない言い回しするの?」
「あ…。すまない、名前。レディを目の前にするとついオープンハート…本音が出てしまうんだ」
「百万ドルの夜景ってなに?今時言わないよ?それともカラ松くんの頭の中だけまだバブル全盛期なわけ?」
「ふっ…。それは強ち間違っていないな。金は無くても心はバブリー…それがオレのモットーさ」
休日の昼。出勤前のカラ松くんは私の部屋に寄り、店で使えるであろう、思いつく限りの口説き文句を並べていく。が、そのどれもが時代遅れ、月9的トレンディドラマも真っ青ワードオンパレードなものだから頭を抱えてしまうのは必至。無理もない。彼の発す一言一言はどうしようもなくイタいのだ。それ以上に困るのがカラ松くんがそれを至極大真面目に言っているということと、自分のイタさにちっとも気付いていないということだ。
その後も奇跡的なほどにダサい言葉を浴びるほど聞き、16時。
「サンキュー、名前。今日こそは勝利の美酒でシャンパンタワーを建ててくるぜ」
もう日暮れ時なのにサングラス装備、ジャケットを肩に右肩に掛けて派手にも程がある幾何学模様、青いネクタイを翻し、カラ松くんは仕事に出掛けていった。闇に紛れても輝きを放ちそうな光沢がある黒いシャツの後姿を見送り、私はこめかみを押さえる。稽古でこの調子。これではシャンパンタワーどころか、今日の売り上げも高が知れているに決まっている。

売れないホスト。
私のカラ松くんへの評価は出会った頃から変わらない。
友達がハマっていたホスト遊び。それに付き合いがてら行った店でカラ松くんを見つけた。ヘルプで入ってくれていたカラ松くんの強烈なキャラを面白がり、彼を指名するようになったのは友達。彼女は堅気の彼氏が出来てからというもの、すっぱりホスト遊びをやめた。同時に私もホスト通いをやめようと思った。が、やめられなかったのだ。
理由はカラ松くんが売れなすぎるホストだったからだ。
全く指名が入らないわけではないけれど、太客もいない。濃いキャラと昭和臭漂う言い回しが災いして先輩のヘルプに入れることも稀。付くのはがっつりホストクラブを楽しむというよりは手軽にホストクラブの雰囲気を楽しみたいとやって来る新規客や、姫扱いされたいというよりは友達同様カラ松くんのキャラに中毒性を見出したコアな細客ばかりなようだった。だからと言ってカラ松くんがそのことを気にしている様子はない。客を取ろうと思えば、明確なルールがない世界。どんな手も使えるはずなのに、変な所で潔癖な彼は『オレは世のレディを喜ばせるために正々堂々ホストをやりたいんだ。枕営業なんて野暮な真似はしないぜ』なんてキラキラと目に痛いミラーボールみたいな靴の脚を組み、平気で言って退けるのだ。その言葉が本心であるのは明らかで、安い水割りを頼もうと、ソフトドリンクを頼もうと。カラ松くんは嫌な顔もせず、楽しそうにしている。おまけに卓に付いた客の帰り際には必ず可愛らしくラッピングされた一輪の真っ赤な薔薇を持たせてくれるのだ。この気遣いには『この人、本当にホストなんだなぁ』と、感動させられた。前にカラ松くんが他の席のヘルプに入っていたからと繋ぎで来てくれたホストは安いお酒を頼もうとすると女性よりも端正に作り込まれた鋭角な眉をぐいっと上げ、見るからに不機嫌になったのに。
そんな風、ホストなんて仕事をしながら不器用に自分のスタイルを貫くカラ松くん。私と友達から得られる売り上げは雀の涙、微々たるものだっただろうが、それでも全くなくなるよりはマシなのではないか。思った私は半ば生存確認の意味も込めて月に1回だけ、1人、店に足を運び、カラ松くんを指名することにしたのだ。

彼に聞いたことがある。何故ホストを続けるのか。『売れないのに』という言葉は飲み込み、訊ねれば、カラ松くんは小指を立てつつマドラーで攪拌した焼酎を私の前に置き、言った。
「1人でも多くの女性たちを一夜のスウィートドリームへエスコートする…。これ以上の天職がオレにあるだろうか。いや、ない」
そして、付け加えられる容赦ないキメ顔。指名が取れていないわけだからエスコートも糞もないのに。呆れた私はその時、遂に口にしてしまったのだ。
「…あのさ、お節介かもしれないけど…カラ松くんは売れたいとか思わないの?」
聞くと、少し思案顔になった彼は自分の分のグラスを乾し、
「オレとしてはカラ松girl’sに満足してもらえればそれで充分…。…と言いたい所だが、常時生活がファイヤーカーというのも支障が無いわけじゃないな」
と、答え、続けた。
「なら、逆に聞くが、名前はどんな所を直せば売れると思うんだ?」
唐突に問われ、今度は私が考え込む番。なにせ思い当たる節が多過ぎる。どれから指摘しようか。私は頭を捻り、漸う絞り出していく。
「うーん…。言い方がちょっとキザ過ぎるかも…?」
「他には?」
「距離の詰め方、かな?…こう、いきなり近過ぎるときがあるから、ジワジワ距離詰めてドキドキさせるっていうのもアリなんじゃないかなーとか」
「そうか。…それなら名前。オレに稽古を付けてくれ」
「へ?」
「より多くのレディたちを更に虜にするために磨きをかける…。そのためならオレは努力を惜しまないぜ」
目を丸くする私を置いてけぼり、『一つ頼むぜ、ティーチャー』なんて、ぱちり指を鳴らし、人差し指、こちらを指してウインクするカラ松くん。一々やることが古い。そういうのがダメなんだってば。でも、あまりの急展開に付いていけない私は突っ込むことさえままならならずに流され、あれよあれよという間、彼の売り上げアップのため、稽古を付けることになったのだ。

稽古を始めてから。カラ松くんの真剣さに曇りはない。私の助言を逐一メモしたり、自分が1番格好良く見える角度を研究したりと余念なくやっている。そのおかげか前に比べれば売り上げも言動も確かに幾分良くはなった。しかし、長年染み付いた癖を矯正するのは難しいようで余程気を付けていないと未だにクサい台詞が口を衝く有様。そんな状態であっても、精一杯努力しているのは痛いほどに分かるので無碍にするのも悪い気がして私はついついカラ松くんの稽古に付き合ってしまっていた。

そうして、4ヶ月。
「おい、名前、聞いてくれ!」
ホストクラブが休みの月曜。明るい表情をしたカラ松くんが部屋に駆け込んで来た。
「今月の売り上げ、NO.5に入ったぞ!」
見せられたのは給料明細。そこにはNO.賞という欄にNO.5と書かれ、手当てが付いていた。それでなくても普段の彼からは想像出来ない額の給料が印字されている。
「…急にどうしたの?」
驚く私が問うと、カラ松くんはにこにことした表情で言った。
「親切なレディがオレのためにドンペリを入れてくれたんだ。シャンパンコールなんて初めてやったぞ。凄かった。名前にも見せてやりたかったくらいだ」
NO.5になれた訳を興奮気味に語る彼を目にした瞬時。私の胸にはもやもやとしたものが渦巻き始める。勿論、応援してきた相手だ。ここまで昇り詰めてくれたことは嬉しい。が、シャンパンコールで知らない女性に感謝と愛を歌うカラ松くんの姿を思えば、釈然としなかった。それでも、これで彼が自信をつけてホストを続けていけるのなら良いのかもしれない。思い直した私は笑顔を作った。
「よかったね。おめでとう」
「ああ。これも全て名前のおかげだ。ありがとう」
「ううん。そんなことない。全部カラ松くんの実力だよ」
でも、そう口では明るく振舞いつつ、
「…ところでさ、その女の人とどんな風に過ごしたの?」
気になった私がおずおず問えば、カラ松くんは視線を少しだけ上げ、思案した。
「別に特別なことは何もしていないな。ただそのレディと接していて気付いたのは本音というのは意外とシンプルなんだってことだ」
「…へぇ。本音言ったらドンペリ入ったのか…」
ギラギラとした修飾満載のカラ松くんのシンプルな本音、か。言われたことないからちょっと聞いてみたいかも。思っていると、彼は人差し指を横に振った。
「ノンノン。そうじゃない。レディの接客をしている最中に名前に告げるに相応しい本音がやっと見つかったってことさ」
「私?」
カラ松くんの意図が分からず、首を傾げると。彼は私の腕を取り、引き寄せて言ったのだ。
「名前、好きだ」
耳元、艶めいた声で囁かれた飾り気ないたった一言。それは彼がくれるたった一輪、凛と咲く真紅の薔薇によく似ていた。


愛の正体はいつだって不可解なものだ
(好きになんてならない。そう思っていたのに)
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