底抜けのラヴロマンス

ホストもあんまり楽じゃないなー。

女の子をいい気分にするだけの簡単な仕事かと思ってたのに、ノルマとか上下関係とかいろいろ面倒くさい。
それにこのお店に来る女の子もそれなりっていうか、言っちゃ悪いけど冴えない地味な子が多い。お金は持ってそうだけどね。
明るい可愛い子はほんの一握り。ホストに来る客ってこんなもんなの?それともこのお店がそういう客にしか受けないだけ?
まぁ、可愛くないほどお客なのにホストの僕をちやほやしてくれてお金もたくさんくれるからいいんだけどね。楽だし。
でももうちょっと可愛い女の子がお客だったらなんて思うよ。相手するお客を選べないっていうのが水商売の辛いところだよね。

「はー………帰りたい」

控え室の中、椅子に座って営業メールを打ちながらそんなことを考えた。画面にズラズラ並べた嘘ばかりの愛の言葉に、自分で考えておきながらも反吐が出そう。
あー、なんか今日はやる気出ない日、常連さんも来れない人多いしもう帰りたい。でも仕事だから帰れない、僕みたいな下っ端が勝手に帰ったら後が怖い。あーもう、ホストになんかならなきゃ良かった。
はぁっとため息をついたとき、控え室のドアが開いた。誰だろうと視線を向けると、そこには顔を青ざめたチョロ松兄さんが立っている。ほっぺに真っ赤な口紅の跡。うわー、あんなハッキリ残るとか、漫画みたい。

「積極的な子だね」
「うるせぇよ………」

眉間にしわを寄せたチョロ松兄さんは鏡の前で自分のほっぺを見つめ、舌打ち。メイク落としを取り出し口紅を落としていく。
口紅を残した犯人が、チョロ松兄さんの本性知ったら幻滅するんだろうな。そんな安っぽい愛なんだ、ホストを好きになるなんて。

「チョロ松〜お前の客凄かったな!情熱的なキッス!俺ひいちゃった」
「うるせーな!思い出したくねぇから言うな!」

チョロ松兄さんが来たらおそ松兄さんもサボりに来た。まぁ、すぐに先輩から見つかって怒られるんだけどね。
からかう長男に怒る三男。鏡の前でじゃれあう2人を少し見つめたあと携帯の画面に目を移す。誰か来ないかなぁ。はぁーっとため息をついたときドアが開いた。

「おいトッティ」
「あっ、はい!」

先輩が入ってきて慌てて携帯を仕舞い立ち上がる。鏡の前でじゃれあってた2人も動きを止め、先輩の方へ顔を向けた。
先輩どうしたんだろう、僕の名前なんか呼んで。まさか指名が入ったとか?でも常連さんは今日殆ど来れないって言ってたけどなぁ………。

「先輩、どうしたんですか?」
「新規の客相手して」
「えっ。僕が!?1人でですか!?」
「トッティがいいらしいよ」

新規のお客は大抵指名なんかせず先輩ホストが接客をする。だから下っ端の僕に新規を任されるのは初めてのことだった。新規でいきなり僕がいい?しかも1人?
不思議に思いながら指名したお客を確認してみる。僕を指名した人は確か5番テーブルの人………あれ……?

「………あの人ですか?」
「うん。店入るなりお前に会いたいとか言ってきたけど、知り合い?」

知り合いも何も………あの子ってまさか………。



「苗字さん……?」

名前を呼ぶと彼女は「やっぱりトド松くんだ!」と嬉しいそうに笑顔を作った。
苗字名前さん。学生時代、仲の良かった女の子。
卒業してから全く連絡取り合ってなくてもう二度と会わないだろうと思っていたら、まさかこんな形で会うなんて………。

「なんで僕がここで働いてるって知ってるの?」
「たまたまだよ。ホストにハマってる友達がいてね、ここのホストをお勧めしてきたの。お店のホームページ見てみたらおそ松くんたちの写真がのってて……」
「それで僕らが働いてるか気になって来たってこと?」
「うん、ホストのトド松くん見たくて来ちゃった。ダメだった?」
「ダメじゃないけど………」

ダメじゃないけど、ホストの僕を苗字さんには見られたくなかったな。
出来れば会いたくなかった。会いたかったのはお店の中じゃなくて、お店の外で………。


「トッティ?」
「えっ?」
「どうしたの?ボーッとして………」
「あっ……ご、ごめんね」

ヤバい。仕事中なのにぼーっとしてた。苗字さんは怒ってないみたいだけど、これが他のお客さんだったら不機嫌だったな。あー、ダメだダメだ。今は仕事中!集中しないと!

「ごめんね苗字さん。えっと、何の話してたっけ?」
「ホストの仕事上手くいってる?って……」
「あっ、あー………実はあんまり指名とれなくて………」

仕事中に仕事の愚痴とかホントは言っちゃ駄目だし、人前で弱音とか吐きたくなんいんだけど、なんでか苗字さんの前だと自分に嘘つけない。
仕事が辛いと小声で言えば苗字さんは「そうなんだ………だったら」と呟きメニュー表を手に取る。
あっ、まだ料金とか時間とか何も説明してない………。

「ごっごめんね苗字さん!料金説明の前に愚痴とか言っちゃって………」
「いいの、大丈夫。それより私決めた」
「え?」
「今日はトド松くんの為に頑張っちゃおうかな」

だから少しの間、夢を見せてね。苗字さんは微笑んで僕の手を握った。こういうのも本当は全部僕から先にやらなきゃいけないのに………。
あーかっこ悪い。でも、頼まれたからには夢を見せてあげないと。全力を尽くし、彼女の期待に応えてあげないと。


「………僕と夢を見よう?お姫様…」


吐きそうになるぐらい甘ったるい言葉を捧げ、彼女の白い手の甲にキス。
お店の中で繰り広げられる一時の愛。少しの間、夢を見よう。君も、僕も。




*****



「……今日はありがとう!トド松くんのおかげでとっても楽しかったよ」

お店の外までのお見送り。満足していただけたようで苗字さんは満面の笑みを浮かべていた。
僕のために頑張る。その言葉通り、苗字さんは驚くぐらいのお金を落としてくれた。影で先輩が見直した!と僕の肩を叩くぐらい。
たくさんのお金を苗字さんが持っていたことに驚いて、なんで苗字さんは僕の為にこんなにお金を落としてくれるのか疑問に思った。
ただの友達でもこんなことはしない。


「また指名しに来るからね」


じゃあねと笑って前を向き、歩き出そうとした彼女の手を思わず掴んだ。振り向いた彼女は目を丸くして、僕を見つめる。

「どうして僕なの?」

いきなりこんなことを言ったって、困るだけなのに。それなのに、口は止まらない。


「どうして僕にお金を落としてくれるの?しかもこんなにたくさん。おそ松兄さんとかじゃなくて僕。ただの友達でもこんなことしてくれないよ。ねぇ、なんで?」

自分でも引くぐらい声が震えている、手が震えている。そんな僕を見つめた彼女は寂しそうに笑い、少し視線を下に下げた。
僕の手も震えていたが、気づけば苗字さんの手も震えていた。
手だけじゃない。彼女の肩も震えている。迷惑だった?とつぶやく彼女声も、震えている。それはまるで、涙を堪えるような。

「………苗字さん?」
「トド松くんの役に立ちたかったんだけど……迷惑だった?」
「いや、迷惑とかじゃないんだ。ただ………どうして僕を選ぶのか気になって………」
「………私がトド松くんにお金を落とす理由知りたい……?」

震えた声に「知りたい」と答える。
彼女は変わらず視線を合わせてくれない。
合わせない視線、唇を噛み締めた彼女が口を開く。


「トド松くんが好きだから」


瞳から涙を零した苗字さんは、僕の手を振り払った。そのまま走って暗闇の中へと消えていく背中を追いかけようとして、やめる。立ち尽くしたまま、彼女の言葉を思い出す。

少しの間夢を見させて。それは僕が好きだったから?好きだったから、僕と恋人ごっこがしたかったから、ああ言ったの?
ああなんだ。それならそうと早く言ってくれればいいのに。


「僕も同じ気持ちだ」


学生時代、君と出会って友達になった時からずっとずっと、苗字さんが好きだった。
卒業してから連絡したくても彼女には彼女の人生があるからとわざと連絡をとらずに、彼女のことは諦め静かにこの恋を終わらせる筈だった。そう、終わらせる筈だったのに。


「なのになんで………」


どうして今日、また君と出会ってしまったんだろう。
どうして、ホストという愛を売る仕事をしていることを君に知られてしまったんだろう。
ああ、どうして。どうして同じ気持ちだった?

ホストという肩書きがあるだけで、いくら甘い愛の言葉を語りかけようが全て営業トークだと思われる。
一時の夢、それを現実にしたくても、ホストという肩書きが邪魔をする。
愛を売る仕事をしている。それだけでどんなに好きでも信じてもらえない。だから、彼女を追いかけていくら好きと伝えようが無駄なんだ。
だって僕はホストだから。女性に夢を見せる仕事、愛を売る仕事。

ホストになんかならなきゃ良かった。



雨がザァザァ降りだす、それでも僕は動かない。立ち尽くしたまま、もう見えない彼女の背中を見つめ続けた。
スーツが濡れる、セットが崩れる、メイクが落ちる、仕事放棄だと先輩に怒られる。
そんなもん全部どうでもいい。


「………名前さん…」


聞こえるわけない彼女の名前を呼んで、安っぽい愛の言葉を吐き出す。



「君のことが本気で  」


激しく降る雨音に僕の愛はかき消された。
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