策略に満ちたスカート
月のはじめの登校日。
この日だけはほとんどの生徒がいつもは短いスカートを長くしたり、化粧はしてこなかったりと普段と違う大人しめの格好で登校する。
それに反してわたしは髪をコテでくるりと巻いてから数回スカートを折って、いつもより気合を入れて登校するのだ。

学校はあまり好きじゃない。授業はつまらないし、女子特有のコミュニティが苦手。だからってひとりは嫌だから周りに合わせるわたしにも問題はあるんだけど、今回この話は割愛。
学校の嫌いな所堂々の1位に輝くのは、校則で染髪、パーマ、ピアス禁止。学校は勉強するところだというのは重々承知しているけど、大人は何にも分かっていない。好きな人に少しでも可愛いと思われたい乙女心を。


「何度言ったらわかるの名前ちゃん」


いつもへの字気味の口をさらにへの字にしてため息を吐くのは松野チョロ松くん。場所は朝の校門前。彼はきっちりと首元までボタンが留められた学ランに腕章をしている。これは風紀委員の証で、月に一度服装検査がある。わたしはこの日を誰よりも心待ちにしていた。


「放課後、反省文だからね」
「はーい‥‥」

放課後に反省文から逃げ出さないことを知っている彼は行っていいよとだけ告げた。
次の男子生徒のピアスに注意している彼の横を通り過ぎて、誰にも気付かれないくらい小さく、胸の前でガッツポーズをする。全てはわたしの計画通り。


既にお察しの方もいるだろうけど、わたしは松野チョロ松くんに片想いをしている。数年そこらじゃない、小学生の頃からずっと。なんとか高校も同じになれたものの関係はただの少し仲のいい同級生のままで、基本的に接点がないので片想いで終わってしまうと考えたわたしは頭を捻る。
そして、風紀委員というチョロ松くんの立場を利用したのだ。単純思考のわたしは服装検査の時だけ、わざとスカートを短くする。案の定引っかかるけど、それこそわたしの思うつぼ。チョロ松くんと会話できるし、なんと放課後にはチョロ松くんの目の前で反省文を書かなければならないのだ。小学生以来クラスがずっと違うわたしにとってはこの上ないチャンス。
こうしてわたしは校則違反の常習者になった。


「今日も松野チョロ松めちゃくちゃ厳しかったよねー」

服装検査の日、クラスメイトの女子の話題は専らチョロ松くんで持ちきりだ。ほとんど愚痴なんだけど。茶髪の彼女も今日だけはスプレーで黒髪にしていて、昨日までゴテゴテにデコられた赤い爪は綺麗に落とされていた。不満そうに毛先をくるくると指で巻いては愚痴垂れる。

そんなことないのになぁ、と思いながら飲んでいたパックのコーヒー牛乳がズゴゴゴと品の無い音を立てる。空になったパックにストローを押し込んで、数メートル離れたゴミ箱へ向けて投げてみた。しかしそれは淵に当たって跳ね返って床へと落ちた。あー、余計なことしなきゃ良かった。
よっこいしょと立ち上がると隣で鏡を見て切ったばかりだという前髪を触っていたトト子が「おばさんみたい」と突っ込む。それでも尚、鏡から目を離さないトト子に「そうかも」となんのひねりもない返答をして床に落ちた紙パックを拾いに行った。
席へ戻るとトト子はやっと鏡を閉じて、くりくりした大きな目をわたしに向けた。


「スカートを短くしたところで靡く奴じゃないわよ、チョロ松くんは。」

トト子は自信満々に告げる。そんなの分からない。否定してみたけれど、追々わかるわよと発破をかけた。





つまらない授業を一応真面目に受けて待ちに待った放課後は、至福の時。
わざとゆっくり文字を書いては一緒に居れる時間を作っている。チョロ松くんはずっと本を読んでいて、会話はない。それでも良い、同じ空間に居れるだけで幸せなんだ。しかし時間とは有限で、いくらゆっくり字を書き綴ったとしても作文用紙はわたしの少し丸い字で黒く埋められた。

‥‥また来月だなぁ。
明日からまた密かに見つめることしか出来ない生活が始まり、その生活にも普段話しかけられない自分にも嫌気が差す。
シャーペンを筆箱に仕舞うと、その音で終わったと察したチョロ松くんは本を閉じて、反省文に目を通す。


「うん、これでいいよ」
「時間とらせてごめんね」
「それはいいんだけど‥‥。いつも完璧な反省文書く割には毎回引っかかるよね」
「えっと‥‥ほら、短いと可愛いでしょ?」

本当は貴方の視界に入りたいからなんです。なんて口が裂けても言えない。
スカートが短いなんていいことないよ。脚に自信がある訳でもないし、痴漢が怖いし、パンツ見えないか心配だし、冬は寒いし‥‥。


「名前ちゃんさ、」
「うん?」
「もっと昔は真面目だったよね?」
「それチョロ松くんが言う?セリフそのまま返すよ」

チョロ松くんは「確かに」と苦笑する。
小学生の頃は六つ子といえば悪童、悪童といえば六つ子と囁かれていたし中でもおそ松くんとチョロ松くんが率先して悪事を働いていた。中学からは個性が出てきたようで、彼の中で何がどうなったのかは知らないがこの通り真面目になった。
チョロ松くんにとっても、中学生はきちんと校則を遵守していたわたしがこうやって反省文を書いているのが不思議なんだろう。


「‥‥というか、服装検査の日だけ派手じゃない?放課後にデートとか?」
「ちっ‥‥!違うよ、デートとかそんなまさか」

この日だけ気合いを入れてるのが裏目に出た気がする。チョロ松くんの為なんですとは言えず、デートだと勘違いされるなんて最悪だ。
チョロ松くんはへぇとたいして興味無さそうに返事をした。

「チョロ松くんは、どんな子がタイプなの?」

唐突に訊けば、顔を赤くして書き上げたばかりの反省文を落とす。若干吃りながら「急にどうしたの」と言うので「ちょっと気になって」と当たり障りない返事をした。ちょっとどころか興味津々ですけどね。

「えーと、タイプって言うより派手な子は苦手かな‥‥」

苦笑いしながら、反省文を拾うチョロ松くん。
派手。ここでチョロ松くんが指す派手の定義はどれくらいのものか分からないけど、恐らくわたしは彼の中で派手の部類に入るのだろう。わたしより派手な子はたくさんいるし自分で自分を派手だと思った事は無いけど、真面目なチョロ松くんにとってこうして校則違反で捕まっている時点で派手に分類されると思う。

わたし、頑張る所間違えたかもしれない。トト子の言う通りだった。チョロ松くんに近付くのに必死で、自分で自分の首をしめた。

目頭がじんわりと熱くなるのがわかって、泣いちゃだめだと言い聞かせても後悔ばかりが蘇ってきて、とうとう決壊した。


「えっ、名前ちゃん!?」


突然泣き出したわたしに焦るチョロ松くんは涙で見えなくなる。

「チョロ松くんは、スカートが短い女の子がきらい?」
「え‥‥え?」
「少し、でも話したくて、でも、トト子が‥‥チョロ松くんはそんな子じゃダメだって‥‥!」

嗚咽混じりの言葉は支離滅裂で、余計にチョロ松くんを混乱させるだけだった。
泣き止むまで、静かに背中をさすってくれて優しさに胸がときめくが今はちょっとだけ苦しい。

貸してくれた緑色のハンカチを手にして、わたしがチョロ松くんの為に校則違反をしていたこと、トト子がそんなんじゃ靡かないと言ったこと、全てを話した。
ほぼ告白のそれは、徐々にチョロ松くんの顔を赤く染めていく。


「そ、その‥‥好きな人の為に努力する名前ちゃんは素敵だと思う。でも、派手な名前ちゃんは苦手‥‥かも」

せっかく泣き止んだというのに、じわりとまた視界が滲む。「ちょっ!最後まで話きいて!誤解だから!」焦るチョロ松くんの顔は真っ赤で、恥ずかしいやら情けないやらでもう何が誤解なのかすら分からない。


「そんなスカート短かったら、嫌でも目につくし‥‥その、す‥‥好きな子が他の男にそういう目で、見られるの‥‥嫌だなって」


しどろもどろに答えるチョロ松くんの目は泳いでいる。

その好きな子って、自惚れてもいいのかな。
嬉しくて、涙が出ちゃう。ああもう、今日は泣いてばっかで、きっとわたしの顔は不細工だ。


「スカートちゃんと長くするし、校則だってちゃんと守るから、わたしのこと見てくれますか」


ずっと泳がせていた目をしっかりとわたしの目に焦点を合わせて、チョロ松くんは顔を真っ赤にしながら優しく微笑んだ。


「ずっと前から名前ちゃんしか見てないよ」


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