捜索願:王子様
さっきまで雲一つなかった青空からゴロゴロと雷鳴が聞こえてくる。スカイブルーの空があっという間に黒雲に覆われ、雨がサアアと音を立て始め降ってきた。今朝の天気予報では久しぶりに一日晴れるとの予報だったのに。やはり梅雨の時期は油断ならない。

ガサゴソと鞄の中を探すが、いつも鞄に入っている折りたたみ傘は、今日に限って家に忘れてきてしまった。学校から駅までは徒歩10分程の距離。走って駅に向かえば、何とかなるだろう。それに土日の二日間あれば、濡れた制服も乾くはずと考えていると、


「あちゃー、凄い雨だねー」

同学年では見かけない顔。雰囲気からして先輩だろう。


「君、傘持ってるの?」
「今日に限って折りたたみ傘を忘れちゃって…」
「そっか、じゃあこれ貸してあげる。雨避けぐらいにはなるでしょ」

鼻の下をこすりながらジャージを渡される。
傘がない状況で有難いことではあるが、見ず知らずの先輩のジャージを借りることに戸惑う私を尻目に、先輩は「またね、名前ちゃん」と手を振りながら傘も差さず雨の中を走って行ってしまった。


「名前、聞きそびれちゃった…」

渡されたジャージには緑の刺繍糸で松野と刺繍されていた。確か緑色は三年生の学年色である。同じ高校に通う姉も三年生であるため、帰ったら聞いてみようと先輩から借りたジャージを羽織って学校を出た。



「お姉ちゃん、同級生に松野先輩っている?」
「いるけど、どの松野君?」

姉によると松野先輩は六つ子で、しかも全員が同じ高校に通っているとのこと。貸してもらったジャージには名字しか刺繍しておらず、どの松野先輩か分からない状態である。結局、姉から同じクラスの松野先輩に心当たりがあるか聞いてもらうことになった。





月曜日の昼休み。姉から「同じクラスのチョロ松君に聞いたよ。うちのクラスにジャージ持っておいで!」とLINEがきた。
姉のクラスに着き、扉付近でキョロキョロと教室を見渡していると、男性の先輩が声をかけてくれた。事情を話すと、偶然にもその先輩はチョロ松先輩であった。


「どの兄弟が貸したか分からないみたいだね。良かったら僕から返しておくよ」

このままチョロ松先輩に任せれば、元の持ち主にジャージが戻るだろう。でもやはり、自分が借りたからにはきちんとお礼が言いたい。それに何故だか分からないけど、もう一度”ジャージを貸してくれたあの松野先輩”に会いたいと思っている自分がいる。でもチョロ松先輩の優しさを断るのは申し訳ない、どうしようと頭の中で考えていると聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「チョロ松!数学の教科書、貸してくんね?」
「まさかまた忘れてきたの?おそ松兄さん」

ごめんね、ちょっと待っててと声をかけられチョロ松先輩は教科書を取りに机に戻っていった。おそ松と呼ばれる先輩は鼻の下をこすりながら笑っている。


「あ、あの…!」
「んっ?」
「この間はジャージありがとうございました!」

あの声と鼻の下をこする仕草は間違いなく、金曜日にジャージを貸してくれた松野先輩だ。本人に直接ジャージとほんのお礼の気持ちで作ったクッキーを渡すことができ、本当に良かった。


「俺が勝手にしたことだし、そんなに気にしなくていいのに。でもありがとう、名前ちゃん」

おそ松先輩の無邪気な笑顔に思わず胸がキュンと締め付けられる。実はあの日から先輩のことを考えると心がぽかぽかとなると同時にきゅうっと締め付けられて苦しくなる。きっとこれが恋というもので、おそ松先輩は私にとっての王子様なんだ。


そういえば、何で私の名前を知っているのだろう。私とおそ松先輩が初めて会ったのは、ジャージを貸してもらったあの日だし、その時に先輩へ名前を教えた覚えもない。おそ松先輩にそのことを質問みると、「ええっと、それは…まだ内緒!」と少し顔を赤くしながら、また鼻の下をこすった。先輩が私の名前を知っていた理由を知るのは、もう少し先のお話。

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