恋すると呼吸を忘れちゃう
「松野くんのことが好きなの」


放課後人気のない裏庭でのことだった。部長から松野呼んできてと頼まれて探していると裏庭に見慣れた、学ランの下に着込んでいる青いパーカーを見つけた。「松野、」声を掛けようと一歩踏み出したところまさかの告白現場。慌てて物陰に隠れた。心臓が、どきどきする。
悪趣味だと思いつつも陰から盗み見ると、告白していたのは学年イチ可愛いと称される女の子。ひゅっと自分の息を吸い込む音。
まさか松野、付き合ったりしないよね?‥‥いやアイツならあり得るかもしれない。可愛い女の子が好きなんだもん。

わたしだってずっと松野のことが好きだったから。笑えない現場に遭遇して少し泣きそう。松野の返答次第ではわたしの失恋が決まる。どきどきと息を殺して見守る。

しばらくの沈黙の後「部活に専念したいから、気持ちには応えられない」申し訳なさそうに彼は言った。ふぅー、と数秒間止めていた息を吐き出す。あの子が振られて安心しているなんて何て嫌な女なんだろう。そもそもあんな可愛い子が振られたんだからわたしに望みは無い。
女の子が立ち去ったあと、松野はため息を吐いていた。きっと、優しいから傷付けちゃったこと気にしてるんだろうな。松野。声を掛けると見てたのかと苦笑した。

「今年で最後だもんね、舞台」
「悔いの残らないようにしたいんだ」
「‥‥うん、そうだね。衣装合わせするからそろそろ行こう」
「ああ」

悔いの残らない舞台にしたいから、恋愛なんてしない。そう言われたような気がして、喉の奥に何かがつかえる感覚に陥る。ああ、息苦しい。
部室に戻るまでの間、サンシャインが降り注ぐ中演劇のヴィーナスの元に行く罪深き俺云々言っていたけれど意味がわからないので無視しておいた。

わたしたち三年生にとっては最後の文化祭であり舞台なので気合いが入るのは当然で、衣装リーダーであるわたしも製作にはかなり力を入れた。特に主役の松野の衣装。青い衣装に包まれた彼は文句無しに格好良かった。

「苗字、ちょっといいか」
「うん?どうしたの」
「首周りがちょっとキツいんだが」
「嘘、ごめんね。測り直す」

メジャーで測って、忘れないようにメモをとる。結構動き回る役だし、少し緩めにしておいても大丈夫かな。ノートにペンを走らせていると視線を感じて顔を上げる。松野の顔が間近にあって、「うわっ」と色気もない声を上げて思わず飛び退いてしまう。

「ノートにたくさん衣装のことをメモしてるんだな」
「まあ‥‥特に松野のは気合い入れてるよ。最初で最後の主役でしょ」
「そうか、それは嬉しいな」

にっこりと笑った松野に、心臓が躍るように跳ねる。松野はわたしを殺す気なんだろうか、緊張とトキメキによる息苦しさで窒息死してしまいそうだ。





文化祭当日、部室に向かっていると「あれぇ、苗字ちゃんじゃん」と呑気な声に引き止められる。引き止めた人物の松野兄はどうやらお祭りを思い切り楽しんでいるようで頭にはお面、手には大量の食べ物を抱えていた。

「あとで兄弟総出でカラ松の舞台見に行くわ」
「本当、きっと松野も喜ぶよ」
「喜ぶといえば、アイツの衣装作ったのお前だろ?家で今回の衣装はかっこいいんだって喜んでた」

それは嬉しい情報だ。衣装のことを褒めてくれてたことはあるけど気に入ってくれているのかは不安だったから良かった。

「そういやカラ松がマドンナに告られたの知ってた?」

マドンナ、といえばあの学年イチ可愛い子のことを指す。松野兄はアイツ断ったんだってよ勿体ねー!と愚痴を零す。うん、知ってるよその場にいたしね。そんなこと言えるはずもないけど。

「マドンナ、振られたことないからプライド傷付けられたんじゃね?」
「それがどうかしたの?」
「んー?カラ松に何も無ければ良いなって話!」

ーーーそれって、逆恨みってこと?
松野兄は、にやにやと笑っている。さすがにそれは、思い込み激しいんじゃないのかな。まあ頑張れと言い残し去っていく彼と入れ違いに、ばたばたと音を立てて走ってきた後輩。

「名前先輩、大変です!」


部室の長机には、青い布が散乱していてそれを取り囲むように立っている部員の表情は険しい。この青い布は、何なんてきかなくてもわかる。今日松野が着る予定の衣装だ。後輩の話によると、この状態でゴミ箱にあったらしい。
松野を盗み見ると、三年間一度も見たこともないような表情をしていて息が詰まる。

松野兄はこの状況を知っていた?犯人はあの忠告からしてマドンナが妥当だろう。演劇部全員の努力を踏みにじることをした彼女は許せないし文句のひとつでも言ってやりたいけど、そうした所で何の解決にもならない。犯人なんてどうでもいい、もう開演まで時間が無い。

「間に合わせるから皆は準備進めてて!」

布切れと裁縫道具、松野の手を引いて部室から飛び出る。演劇部が更衣室として借りている教室に松野を押し込む。

「松野、脱いで」
「え、ちょ、苗字」
「なに照れてんの、この着れる所だけ着て。直すから」
「これを今からか?それは」
「無理なんて言わせない。松野の主役、台無しになんかさせない」

まだ原型を留めているから何とかなる。元通りとまではいかないけれど、これで板の上に立たせても恥ずかしくないくらいには仕上げてみせる。

カチコチと、時計は開演時刻に向けて進む中わたしたちに会話なんてものはなく、手を必死に動かし、松野はどこか心配そうにそわそわしていた。

どれくらい経っただろうか。「できた!」結んだ糸を最後に切る。完璧とは言い難いけれど上出来。時間を確認すると開演五分前、冒頭に松野の出番はないけれど急がないと。きっと皆も心配している。

「松野?」

松野は鏡の前から動こうとしない。衣装を確認する彼は無表情だ。あの衣装気に入ってくれてたんだもんね、急ピッチで仕上げた衣装で申し訳ない。最初で最後の主役、悔いの残るものになっちゃったかもしれない。

「そろそろ行かないと間に合わないよ」

時間も時間なので連れ出そうと、肩を押した時だった。肩に触れた手を急に引っ張られたものだから、目の前にあった松野の胸へとダイブする。そして閉じ込められるように、わたしの背中には松野の腕が回される。
すぐそばで感じる松野の匂いに息を呑む。抱き締められていると理解したのはすぐのことだった。

「‥‥苗字、ありがとう」

何度も何度も泣きそうな声でありがとうと呟く。いつもイタいことを言って格好つけている松野ではなく、これが素の松野なんだろう。主役不安だよね。衣装破かれて悲しかったよね。とんとんとあやす様に何回か背中を叩くと、腕を解いてわたしから離れた。
やっとその場から動いて教室から出る。かと思いきや、戻ってきて優しく微笑んだ。

「幕が下りたら、ずっと伝えたかったことがあるんだ」

再び教室を後にした松野が立っていた場所を見つめる。
安心と緊張と、期待。一気に感情が押し寄せてきてその場に座り込んでしまう。
幕が下りたら、専念したいと言っていた部活ももう終わり。こんなの、期待するなっていうほうがおかしい。

どきどきとする心臓を抑えて、緊張で行き届かなかった脳まで酸素を回すように数回深呼吸をした。
今は、無事に舞台が成功することを祈るばかりだ。板の上に立つきらきらと輝く彼を早く見たくて、体育館へと急いだ。

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