きみが忘れてもぼくは覚えているよ
弱井トト子ちゃんだけが僕ら六つ子の幼なじみじゃなくて苗字名前もその1人。家が近くて、親同士も仲がいいなんて漫画の中だけかと思っていたけど現実にもあったんだなぁなんて思ったり。
よく小さい頃は、海や川に遊びに行ったり名前がうちに泊まりに来たこともあった。夜更かしして、お菓子を食べて、いろんな話をしてトランプで遊んで、他の兄弟がひとりひとりと夢の世界に旅立っていくのを見送った。2人きりになると幼心ながらにドキドキしたのを覚えている。名前を誰がお嫁さんに貰うかなんていう下らないことで喧嘩したことも今になってはいい思い出だ。こんな僕にも嫌な顔せず合わせてくれ、気兼ねなく接してくれるその姿にその頃から僕は名前が好きだった。それは高校生になった今も変わらない。一度小3の時に一生に一度、もう二度と言わないからね?と前置きして気持ちを伝えたことがあった。その時名前は、確かに言ってくれたんだ「私も一松が好きだよ」って。未だに他の兄弟からは、好きのニュアンスが違うだの猫に対するものと一緒だのと言われているが僕は信じている。信じ続けている。


「…一松?おーい、一松??」
「なに?」
「なんか今トリップしてなかった?」


パラッと、名前は目の前の雑誌を捲った。ファッションやらコスメといった女の子ウケしそうな内容と煌びやかな文字が踊っている。彼女は今、放課後残って日誌を書いている僕に付き合ってくれている。夕方の、遠くで吹奏楽部が奏でる音楽が聞こえるこの空間が心地いい。


「…名前、いいの?こんな僕に付き合ってて」
「?別に??あ、何、もしかしておそ松達と先に帰った方が良かった?」
「いや、そりゃ居てくれた方が僕的にはありがたいけど」
「それは良かった」


また名前は雑誌を捲った。僕は書きかけた日誌を手早く仕上げようと手を動かす。今日の出来事、なんて欄に毎日毎日何かがあるわけないと悪態をつきながら。


「できた?」
「ん、あともうちょっと」
「からあげクン食べたいなぁ」
「はいはい」


一松のそういうとこ好き、と彼女は何の気なしに言ったが僕は思わず力んでしまいボキッとシャーペンの芯が折れた。
それに気付いたのか、クスクスと肩を震わして名前が笑い出すもんだから控えめに机の下でその足を小突いた。


「…なんで、そんな笑うの」
「一松が分かりやすいぐらい動揺するから」
「うっさい、童貞なめんな」


さらに肩を震わして笑った。いや、笑い転げるという表現の方がしっくりくるかもしれない。


「童貞って…じゃあ六つ子みんなそんな反応なの?」
「どうだろ」
「じゃあ今度カラ松辺りに好きって言ってみよっかな」


悪気のない名前の発言にカッと頭に血が上った。クソ松の名前が出たのもあるが、何より自分以外の兄弟に名前が軽々しく、冗談交じりに好意を伝えるということが腹立たしかった。


「一松…怒った?」
「別に。日誌提出してくるから、下駄箱のとこにいて」


僕が名前に怒るなんてお門違いだって言うのは頭では分かってるのに、腸が煮えくり返るという表現がしっくりくるぐらい、ざわついた。
僕は名前の返事も顔も見ずに、日誌をパタンと畳んでカバンを持って席を立った。

提出した後、下駄箱に向かうと声がした。外履きのローファーに履き替えてベンチに座る名前とモブの男子生徒。未だ冷めやらぬ苛立ちに自分の下駄箱からくたびれたスニーカーを放り出した。結構な高さから放り出したもんだから大きな音がして名前が振り返り、同時に「じゃあまた明日な」とモブの男子生徒は行ってしまった。


「…今の誰?」
「磯谷くん」
「いや磯谷くんって誰?」
「同じクラスのバスケ部。カラ松とかは知ってると思うんだけど」


敢えて返事はしなかった。立ち上がった名前と一緒になって帰路についた。いつにも増して無言で、名前に至ってはスマホの画面ばかり見ている。無言が心地悪いけれど、それを作り出したのは他でもない僕だ。学校と家の間にある唯一のコンビニが見えてきて、そういえばさっき名前がからあげクンを食べたいと言っていたことを思い出す。


「ねぇ…一松」
「何」
「そんな不機嫌オーラ出さなくてもいいじゃん。オーラだけで人殺せそうで怖い」
「そんな訳ないじゃん」


名前には何もかもお見通しなのかな?と思うと、腹の中のモヤモヤも少しながらマシになった。現金だとつくづく思う。


「名前が簡単に好きとか言ったり、磯谷くんと仲良くするから…」
「別に私が誰とどうなろうと一松には関係なくない??彼氏が出来たら一松に報告して、許可もらわなきゃいけないの?」
「許可なんて一生しない。だってあの日から名前は僕のものじゃん」


傍から見たら痴話喧嘩みたいに見えたかも知れない。日が延びたおかげで、6時過ぎでも明るくてお互いの姿がしっかりと確認できる。道路という公共の場所で一定の距離を保って向かい合ってる僕らは滑稽かもしれない。


「……あの日って?」


あの日から僕のもの、なんてトド松に言わせたらサイコパスってやつなのかもしれない。


「小3の時言ってたじゃん。私も一松が好きって」
「え、そ、そんなことあったっけ?」
「はあ??!何それ、マジありえないんですけど」


僕の心を弄んで、何こいつビッチなの?!なんなの?もう逆に死ね、いやむしろ僕が死にたい。恥ずかしい。と、やや自暴自棄に、自己嫌悪気味に俯いてると視界が滲んだように見えた。泣くとかカッコ悪すぎでしょ、さすがに。


「…あの、ごめん。一松、その覚えてなくって」
「名前が忘れても僕は覚えているよ」
「10年近く前のことだからね…うーん、ごめん。でも一松ことが嫌いだったらこうして一緒にいる訳ないじゃん」
「…つまり?」
「つまり??え?好き?なのかな?」


煮え切らない名前の発言に脱力した。幼なじみという関係を打破するにはなかなか時間が掛かりそうだと悟った。


「僕は名前のことが好きだから」
「…うん」
「小さい頃から変わってないから」
「うん…」
「だから、その、ちょっとは前向きに考えてくんない?」


俯いていた顔を上げて名前を見れば、夕焼けの所為とはまた違った意味で顔を赤くしていたから少しは期待してもいいのかな?と1人納得してコンビニの方に足を向けた。

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