三万円くれたら愛してあげる
高校時代から抱え続けてきた想いだ。あの子のことをかれこれ5年以上も好きでいるということになる。
ある人は「よくまあ心変わりないで同じ女の尻追っかけてられんなぁ」と言うし、ある人は「一途な愛は尊いものだ、オレは応援しているぞ」と言う。ほっといてほしい。

「ねえこのクレープ失敗したかも、小豆の甘さがクドくて抹茶が苦い」
「だからチョコレートにした方がいいんじゃないって言ったのに……」

日曜日。世間様で言うところの休日に当たる今日、一番安いバナナチョコのクレープを持っている僕の隣で抹茶大納言クレープに文句を垂れているこの女の子こそ僕がずっと淡い気持ちを抱いている相手だ。
好きになったきっかけらしいきっかけは特にない。授業態度だとか所作だとか仕草だとかを見ているうちに、いつの間にか好きになっていた。そして、その割には随分長く気持ちが続いているものだと自分でも感心する。
今だにこうして連絡を取ってはたまに会うような関係ではあるけれど、それ以上になる気配は毛ほども無い。それには僕の浅はかさが招いた深い理由がある。

「で、今日の相談って何?」
「ああ、うん……えっと、そこ座ろっか」

クレープを販売している移動販売車から少し離れた飲食スペースを指した僕に彼女は頷いた。彼女と会話をすること自体は楽しくて、時間が止まってしまえばいいと思うのだが、話す内容が内容だけにどんどん気が重たくなってくる。完全に僕の自業自得なのだが。

「これだけ長いこと相談受けてるのに全然実る気配ないよね、チョロ松の片思い」
「あはは……」
「私のアドバイスが悪いのかなー」
「い、いやいや悪いのは偏にもたもたしてる僕だから」

片想いにそろそろ終止符を打とう決断し、彼女をこうして遊びに誘おうと初めて電話をかけたのは今から2年前のことだった。その際にあまりの緊張で混乱しきっていた僕が「好きな子がいるから相談に乗ってほしい」と口走ってしまったのがそもそもの始まりである。
もっと普通に「この前テレビで特集してたカフェ行こう」とか「見たい映画そろそろ公開だよね」とか言えていたら、今こんなことにはなっていなかっただろう。
彼女には「好きな子は高校時代の同級生」という真実しか伝えていないけれど、僕に興味が無いのかそれ以上好きな子のことを詮索してくる様子はなく、それでいて相談には積極的に対応してくれている。これらから察するにどう考えても脈がなくて軽く死にたい。

「相手の子、チョロ松がニートだって知ってるんだよね」
「フリーターって言って、働く意思はあるから……知ってるよ」
「大して変わんないからね、言っとくけど」

肉を引きちぎるようにしてクレープをむっしゃむっしゃと食べている彼女が面倒臭そうに言い放った。僕としてはニートとフリーターは天と地ほどの差があって、毎日ごろごろしている他の兄弟をニート、求人雑誌を見て職安に通っている僕はフリーターと呼んでほしいのだが。
彼女の辛辣な返事を聞きながら、店員さんから貰ったスプーンでクレープの中のバナナと生クリームをほじくるようにして食べている僕に「女々しい食べ方」と言って、彼女は更に言葉を続けた。

「私チョロ松に足りないのってやっぱり経済力だと思うんだよね」
「経済力」
「人間的にもやや問題はあるし顔も別にかっこいいわけじゃないけど、特に経済力が足りないんじゃないかなって」

全体的にさり気なく暴言なんですけど。ショックのあまりスプーンに乗せたクリームを落とすところだった。僕がそれほどまでいいとこなしに見えているだなんて思っていなかった。彼女の前ではそこそこ紳士的に振る舞っているつもりだったし、顔はどうにもならないけど身形は清潔に整えている。
今すぐ走って家へ帰り押し入れの中で泣きたいのをぐっと堪えると、彼女は早くも食べ終わったクレープの包み紙をくしゃりと丸めながらテーブルに頬杖をついて僕の顔を正面から真っ直ぐに見据えた。

「足りない部分を貯金で補うしかないのよ男は、って職場の先輩が言ってた」
「そうなんだ……」

その先輩とやらがどんなババアかは知らないが、彼女に変な入れ知恵をするのはやめていただきたい。しかも貯金だなんて職に就いていない僕にはどうにもならないじゃないか。
そのとき、ふと思った。確かに愛よりお金だなんてよく聞く話だが、僕のスペックだと具体的にいくらくらい貯めれば「足りない部分を補う」ことができるのだろう。
これはいい機会だ、質問のふりをして彼女の想いをそれとなく聞き出せるかもしれない。僕は中のバニラアイスがどろどろに溶け始めたクレープを食べる手を止めて、目の前の彼女と目を合わせた。

「……たっ例えばだけどさ、僕にいくらくらい貯金あったら付き合える?」
「私が?」
「うん」

思えば、彼女が僕に対してどんな印象を抱いているのか自ら聞いたことはなかった。そんなことを気軽に尋ねられる勇気が持てていたら、今頃とっくに告白でも婚約でもしている。
何故僕がそんなことを聞いてきたのかと言いたげに驚いた表情を一瞬だけ見せた彼女は、目を伏せながら暫く唸って、左手の人差し指と中指と薬指を同時に立てた。

「……3、かな」
「3!?」

なんと、300万円。
僕はどれほど彼女にとって魅力のない低スペック男として映っているのだろう。数字が如実に僕への無関心を表していた。やはり、この片想いはこれ以上引きずる前に諦めたほうがいいのかもしれない。

「うぐ……それほどまでに価値の低い人間と貴重な休日潰していただいて誠にありがとうございます」
「ん?」
「僕みたいなのが休日の度に呼び出しちゃってごめんね……」
「……もしかして300万とか3000万みたいな勘違いしてる?」

その言葉の意味が分からなくて、僕はたった一言「違うの?」と尋ねた。彼女は全く呆れたと言いたげに溜息を吐きながら「鈍いんだもんなぁ」と呟く。その口元には笑みが浮かんでいた。

「3万」
「さん、まん」
「うん、3万円」

ゼロの桁がふたつも違ってた。
予想の斜め上を行かれて呆然とする僕の前では、彼女が可笑しさを堪えきれないといった風にくすくすと笑い声を漏らしている。此方としては笑いどころではないし、手が震えてきた上に興奮のあまり危うくクレープを握り潰しそうだ。

「そんな……そんなに安くてもいいの?」
「いいよ」
「日雇いのバイト3日やったら稼げちゃうよ、その数字」
「じゃあ稼いできてよ」

挑発的にそう言った彼女は僕の手からクレープとスプーンを取り上げて、どろどろになったソースとアイスとバナナをかき混ぜつつ当たり前のようにむしゃむしゃと食べ始めた。
僕からクレープを取り上げたのは良い判断だったと思う。
なぜなら、この後の一言を聞いた僕は今度こそ確実にそれを握り潰していただろうから。

「3万円で私とチョロ松の長い長い両片想いが同時に終わるんだよ。私のこと待たせた分、早く稼いできてね」

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