出会い


リオン・マグナスは憂鬱だった。
なぜこんなにも天気の良い日に、仕事が急に入ってきてしまうのだろうか。
自分の不機嫌な態度は隠すことはできず、使用人どころか自身の相棒でもあるソーディアンのシャルティエにもやや怯えられていた。


部屋の窓を見やると、春のうららかな陽気が射している。
立ち上がり窓際に立つと、太陽の光がリオンを照らした。リオンにはそれが更に苛立ちを倍増させた。


『坊っちゃん…どうしてそんなに機嫌が悪いんですか?』
「うるさい」


主人に一蹴されて、シャルティエはお預けを食らった犬のように大人しくなった。『機嫌が悪い理由くらい教えてくれてもいいのに』
シャルティエのぼやきが聞こえたような気がしたが、それを無視してリオンは部屋を後にした。




家から出ると、中庭でガーデニングをしているメイドのマリアンの姿が見えた。
リオンは先ほどとは違う意気揚々とした声でマリアンを呼んだ。


「あら、リオン様」
「マリアン…」


寂しそうな声で名前を呼ぶリオンに、マリアンはふふ、と笑って


「はいはい、エミリオ、何かしら?」
「もうそこまで行くと、わざとのように聞こえるよ」
「ふふ、ごめんなさい。それでどうしたの?」


慈愛に満ちた笑みを、リオンに向ける。リオンはその笑顔が好きだった。
写真でしか見たことのない亡き母の面影が感じられるからだ。
もちろんそれはリオンの憶測でしかないが、きっとこんな風に優しい母だったのだろう。


「こんなにいい天気だから、マリアンと一緒にどこか行こうと思ってたんだけど…仕事が入っちゃって…」
「あら、だからあんなに機嫌が悪かったのね」
「…別に悪くないよ?」


えっあれで、というシャルティエの声が聞こえたので、リオンはコアをやや小突いた。
マリアンに今の動作が見られてないか少し不安になった。


「だから今度行こう」
「そうね、行きましょう…だから今日は頑張ってね、エミリオ。
急にお仕事が入るって事は、もう貴方は国や王様から信頼されてるのよ?凄いわ」


リオンは少し顔を俯けた。
この間13歳になった。また一つ成長した。
父から与えられた客員剣士として、まだ子供ではあるがこの国では随一の腕前だと自負している。だが、きっと自分はその父がいなければ何もできなくなるだろう。


リオンは父ヒューゴ・ジルクリストが嫌いだった。
実力はある。実際にオベロン社をここまで勢力を拡大させて今やレンズなしの生活はありえない程になっている。
だが、彼には人の心がないように思えた。父から愛情を感じた事がない。
リオンには母親はいないし、姉がいたという話を聞いたがここにはいない。もう死んでしまったのかもしれない。
リオンは愛情を受けるという事がどういう事なのか知らなかった。


故に、愛に飢えているといっても過言ではない。だから自分に良くしてくれるマリアンに依存している事は自分自身が一番分かっている。
だとしても、そうだとしても…


「…エミリオ?」
「っ…何だい?マリアン」
「急に暗い顔になったから…気に障ったことを言ったのなら謝るわ、ごめんなさい」


マリアンは深々と頭を下げた。
リオンはそんなマリアンを見たくはなかった。


「マリアン、謝らないで、僕が勝手に考え込んだだけだから!」
「でも、」
「あ、そろそろ行かなきゃ!じゃあねマリアン」


マリアンの返事を待たずにリオンは庭を出て、早足で城へ向かった。
途中途中で自分に向けてと思われる黄色い悲鳴も、シャルティエの呼びかけも全て聞き入れずに。




「王様、お呼びでしょうか」
「うむ、ストレイライズ神殿から魔物討伐依頼があってな」


王がそう言うと、臣下が一枚の紙をこちらに寄越した。
その紙を見ると、魔物の特徴や被害、報酬などについて詳しく描かれていた。


「どうやら神殿への参拝客が被害にあっているようなのだ。魔物がいるおかげでめっきり参拝客が減ってしまったらしい。そこで直接お前に依頼が届いたのだ、どうだリオン、やってくれるか」


リオンは心の中で舌打ちをした。
この魔物は特徴からして一度は倒した事があるが、なかなか手こずった相手だった。
そんなの七将軍にでも依頼すればいいのに、と段々神殿側に苛立ちが募ってきたがそこを堪えて二つ返事で依頼を承諾した。
王はそうか、やってくれるか!と満面の笑みになっていた。


…すぐ終わらせるつもりだったのに。



「はぁ…散々だ」
『あの魔物、前にも戦ったことありましたよね?結構強かったような』
「そうだ、まあ負ける事はないだろうけどな」
『頑張りましょう!精一杯サポートします!』


「あぁ」と言いリオンは目の前の森林に足を踏み入れた。



『見つかりませんね』
「あいつは空腹時にしか姿を現さない。だから昼時を狙ったんだが…」


歩いてかれこれ数十分は経っている。
それなのに一向に姿を現さない。現す気配もない。
またしてもリオンに苛立ちの感情が芽生え始め、シャルティエはそれをどうにか抑えようとした瞬間



ドサッ!!!―――



「!シャル、今の物音聞こえたか?」
『ええ、目的の魔物かもしれませんね、行きましょう!』


何かが落ちたような音にも聞こえたが、今はそんな事を考える暇はない。
深く考え込んで獲物を逃すなんてもっての外だ。


しばらくがさがさと木々をかき分け、音のあった方へ辿り着いたが何もない。
荒らされた様な形跡もないし、やはり勘違いだったのかもしれない。
無駄足だったか?と思いつつしばらく辺りを散策していると足が何かに当たった。
リオンは小さく後退し、シャルティエを握り足に触れた物を見た。


「…人?」
『人…ですね』


うつ伏せになって寝ている人、もとい男だった。


その周りを見ると落ち葉が大量に落ちていた。
その状況から察するに、きっと木の上で寝ていた所、落ちてしまったのだろう。
なぜこんな所で寝るのか、落ちた衝撃で目は覚めないのか。
叩き起こして色々問いただしたくなったが、やめた。


「馬鹿馬鹿しい…元の場所へ戻る」
『えっ、放っておくんですか!?もしあの魔物に遭遇しちゃったら…』
「こんな所で寝る奴だ、命など惜しくないのだろう」


そう言って踵を返し、元いた場所に戻り始めた。



『…どこかで見たことあるようなひとだったなぁ』


シャルティエの呟きは、木々のざわめきの中に消えた。


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