歯車

カイムが先に話したルーティがペンダントを持っていた理由は真っ赤な嘘である。
ジェノスの宿でルーティたちに同行すると決まった瞬間、カイムはこういった事態を想像していたのだ。

まずルーティたちの会話の内容は、明らかに遺跡に入って物を盗んできたという立派な犯罪だ。そして盗んだ事がバレるのも時間の問題だろうとカイムは踏んだのだ。まさか見回り兵と交戦していたとは考えておらず、ここまで大事になるとは思っていなかったが。

その盗品はルーティが持っている。スタンと同行する為とはいえ、もし何かの拍子で自分が盗人の仲間だと認識されてしまえば国民や王政の混乱は防ぎようがないだろう。

そこでルーティに何よりも大事なペンダントを手渡したのだ、前にリオンに話したような言い分を聞かせる事ができるように。
ルーティたちに自分の身分を隠していたのもただの旅人だと安心させといて逃さない為だ。

もしそれにルーティが何を言ってきてもそれはさほど問題ではない。国のトップであるカイムと罪人のルーティでは信憑性が月とすっぽんのレベルで違いがある。

あのまま何事もなければルーティにペンダントを返して貰ってカイムはスタンとダリルシェイドに向かうつもりだったのだが、その手間も省けた。
そのついでに盗掘者も捕まえられた、国にとってはまさに一石二鳥というやつだ。




『飛行竜が墜落したって聞いて、坊ちゃんたらここ最近は地に足がつかないような状態だったんですよ』


シャルティエからその言葉を聞いたのはダリルシェイドへ戻る最中だった。
それを聞いた時、正直カイムは面食らってしまった。
あのリオンが、マリアンとプリン以外に心配なものなどないと(勝手に)思っていたあのリオンがカイムの事を心配していたのだという。
半信半疑だったが、その後のリオンの反応からして本当なのだろうという事が見て取れた。


「マリアンの元気がなかったから、それに心配していただけだ」


勘違いするんじゃない、とリオンはぶっきらぼうに言い放つ。
勘違いするな、という斜に構えた言葉は素直じゃない者の代表的な発言である。
ここで下手に弄ると機嫌が悪くなってしまう事が分かるのも、3年の付き合いの賜物なのだろう。それを踏まえてカイムは適当に返事をしておいた。

聞けばカイムは国では行方不明者として処理されていたようで、民衆の不安を集めていたらしい。
たった数日なのに、その期間で大量の目撃情報や死亡情報が多数ダリルシェイドへ押し寄せたという話も聞いた。
もちろんそれらは嘘八百だ。勝手に殺されたりあちこちに飛ばされたり、一体何のメリットがあって人間はこのような嘘をつくのだろうか。いい迷惑だと呆れ果てた。

そんな事もあって、リオンと共にダリルシェイドへ帰還するとたちまちにそこら中から物凄い歓声が湧き上がった。
危うく人の波に揉まれかけたが、リオンが一回民衆に軽く睨みをきかせると、何かを感じ取った人々は一歩離れた場所からカイムに労いの言葉を投げかけた。


『相変わらず凄い人気だね、カイム』
「死んだと思っていた奴が生きていたからな」
「墜落如きでくたばってちゃセインガルドの大将軍はやれないさ」


墜落如き、という言葉に突っ込みたくなる気持ちを抑えてダリルシェイドの街並みを歩き、王の待つ城へと向かっていくのであった。



「失礼します、陛下」


リオンの後に続いてカイムが玉座の間へと入る。その姿を見た周囲の人間は大きくざわめき、物珍しそうにカイムをジロジロと見る。
生きていたのか、という声があちらこちらから飛んでくるのをカイムは聞き逃さなかった。
やはりここに集う軍人以外の人間はろくな奴がいたもんじゃない、とカイムは周囲の反応からそう思った。


「この度は任務ご苦労だったな、アルファルド。よくぞ生きて帰ってきた!」
「はっ、勿体ないお言葉です」
「よい、よい。顔を上げい」


セインガルド王は椅子に深く座り直し、カイムの無事を喜んだ。
それは"アルファルド"が生きていたという喜びなのか、"カイム"が生きていたという喜びなのか、まあどちらにしても意味は似たようなものだ。深く考える必要はない。


「して、アルファルドよ。飛行竜墜落の件や、そなたが今まで何をしていたのか詳しく聞かせて貰えないか?」


カイムは短く返事をした後、あの日からの出来事を赤裸々に語った。
飛行竜が突如モンスターに襲われ、ディムロスがスタンに持っていかれた事。
ファンダリアにて合流し、ダリルシェイドを目指していた事。
が、もちろんルーティたちへの同行理由は先ほどリオンについた嘘を使い、むりやり周囲を納得させた。


「うーむ。やはりあの者達が使っていたのはソーディアンだったか」
「はい。それの一本は我が国が回収しようとしていたソーディアン・ディムロスです」
「飛行竜へ密航したうえにソーディアンを盗み、王国管理下の遺跡を荒らすとは、なんという不届き千万!!
陛下、すぐにでも彼奴等をここに連れ、尋問するべきですぞ!!」


カイムから話を聞いたドライデンは、何も出来なかった自分を悔いるように握り拳をかためた。


「そうだな。その者達が飛行竜を襲わせた可能性も無きにしも非ず。場合によっては極刑も考えられるだろう」


王はそう言って近くにいた兵士を呼び、スタンたちをここに連れてくるよう指示する。
すると王の前でも一切ブレのない声が玉座の間に響き渡った。


「陛下、少しよろしいでしょうか」
「どうしたのだ、リオン」
「はっ、お言葉ではございますが、飛行竜の墜落はモンスターの襲撃によるものだとアルファルド将軍も仰っています。
それに、男の方が護送中のソーディアン・ディムロスを持っていたとしても女の方はただの盗掘者。
このような場に連れてくるほどではございません。ましてや、極刑など……」


周囲がどよめいた。
リオンの言い分が、まるで罪人を庇うかのような内容だったからだ。
普段のあの何事も我関せずといった態度が、何かを守るように王に事を申し出ている。
表情は変わらずいつもの冷静な顔だが、その内容からは焦りの様子も見えているように思えた。

カイムはそんなリオンを見て、ある一つの考えが思い浮かぶ。
リオン・マグナス、及びエミリオ・カトレットとルーティ・カトレットは姉弟関係にあるという考えだ。それもしっかり血が繋がっている。
先のリオンの言い分からして、スタンの方はどうなっても良さそうな言い方だったがルーティに関しては違う。
カイムは僅かであるが、ルーティたちも飛行竜に同乗していたことはしっかり伝えてあった。
リオンがどう庇おうが共犯の疑いは晴れないのだ。それはリオンもよく分かっているはずだった。

リオンは普段から、周りには見せないが家族に対する憧れが人一倍強いように感じる。
メイドのマリアンとの触れ合いが良い例になるだろう。
あの光景を一言で言うなら、団欒。
それはリオンが生まれてきてからいきなり失われたものだ。
ヒューゴはリオンが物心ついた時からずっとあの様子で、家族というよりは上司と部下といった関係だった。
それが母に似ているマリアンと出会ってから、無意識のうちに心の繋がりを求めてしまったのかもしれない。

偽りではない繋がりが、今失われそうになっているのだ。あんな守銭奴でもリオンにとってはたった一人のかけがえのない姉なのだろう。
だが、リオンの姉であるということはそれと同時にヒューゴの娘でもある。しかも生き別れというオプション付きだ。
いくらヒューゴが非人道的とはいえ、実の娘が処刑されそうになっているのを黙って見過ごすつもりなのだろうか。

カイムがそう考えていると、ようやくヒューゴが口を開けた。


「リオンよ。やけに罪人の肩を持つようだが……何か思い入れでも?」
「いえ、そういう訳では……」
「アルファルド将軍の話の内容が真実だとすると、彼らには余罪の疑いがある。
男がソーディアンを飛行竜から持ち出したのは事実であるし、それに同行していた女たちの方も手を結び、共に仕事をしていた共犯者なのだぞ?
彼らはもう盗掘者ではなく、立派な容疑者として地下牢に放り込まれているのだ。
リオン、これでもまだ何か言いたい事はあるのか?」


と問いてはいるが、実際のところ言わせるつもりはさらさらないのだろうと見て取れた。
二人きりならばまだ反論の余地はあったのだろうが、ここは王やドライデンなどもいる。
その通り、リオンは何も言い返すことができずそのまま黙り込んでしまった。
カイムはそんなリオンの顔を一瞬伺うが、その顔は自分が無力だと思い知らされた屈辱に満ちていた。
シャルティエが心配そうに声をかけている。
カイムはそんなリオンを見かねて、王へ語りかけた。


「飛行竜のモンスター襲撃に関しては、人間によるものではないと自分も思っております。
彼らも人間です。陛下に人の心があるのなら、やすやすと極刑に処すのは考え直されてください」
「分かっておるわ。まるで普段のわたしを残虐非道のように言いおって……」


王はそうブツブツとぼやくと、指示をした兵士を地下牢に使いを出した。
それと同時にヒューゴはリオンにも連れてくるよう指示し、リオンもそれに従って玉座の間から出て行った。
カイムは王に脇へ移動するよう命じられ、ドライデンの近くへと位置を変えた。
カイムが近くに来たことを感知すると、ドライデンは向きは変えずにカイムへと話しかけた。


「やはり生きておったか」
「あれ、ドライデン閣下は俺が生きてるって信じてらしたんですか?」
「貴様はそう簡単にくたばる男じゃない。それは3年間でしっかりと思い知らされた」


「それはそれは」とカイムは戯けるようにして言葉を流した。
このまま話を続けるとドライデンのお小言が待ち構えているのではないかと考えたからだ。
なぜすぐに帰還しなかったとか、誰にも言伝を頼まなかったのかとか、恐らくはそういった話になるだろう。
朝からずっと動きっぱなしで、カイムも疲れていたのだ。これから更に忙しくなりそうなのにより疲れを溜めるような小言は聞きたくなかった。



しばらくすると、リオンがスタンたちを引き連れて玉座の間へ入ってきた。
リオンは王に向かい軽く会釈を済ませると速やかに脇の方へ移動した。
遅れてスタンたちが入ってくる。
スタンは入ってくるなりあたりを見回し、感嘆の声を上げる。


「うわあ、すげえ豪華。ここがセインガルドのお城かあ」
「あんた、よくはしゃいでいられるわね」


ルーティのごもっともな突っ込みが入る。
その様子にカイムは笑いを抑えきれず、少し吹き出してしまう。が、ドライデンから視線を感じ、すぐに元の表情に戻す。
カイムからすれば、今から自分たちの命運を決める尋問が始まるというのに呑気な奴だ、と少し張り詰めていた心が少し解されたように感じた。


「国王陛下の御前である。全員控えよ!」


ドライデンが声をあげると、スタンたちは頭を下げ、膝をつく。
そこから間もなく兵士が前に出て、そこに持ってきたディムロスとアトワイトを置いた。
それを見たスタンとルーティは即座に反応し呼びかける。
ドライデンがすぐ様なぜこの場に引き立てられたか、と問いかけた。


「ちょっと、アトワイト返してよ!それはあたしのよ!」


が、ルーティはドライデンの問いかけを無視する。どうやらアトワイトの事しか頭にないようだ。
そんなルーティを見て、ドライデンは諌める。


「ええい黙らんか!
王国管理下の遺跡を荒らしたのみならず、街中で大立ち回りを演じるとは言語道断。
断固たる処罰を覚悟するがよい!」


ルーティは事の重さを認識したようで、これから自分がどのような目に遭うのか想像して、肩をがっくりと落とした。
ドライデンは間髪入れずにスタンへディムロスの事を問いかける。
スタンの答えは曖昧なものだった。それはそうだ、本当に色々な事情があってディムロスを手にする事になったのだから。
煮え切らないスタンの態度を目の当たりにして、ドライデンはわなわなと震え上がった。


「とぼけおって…!いつまでもシラを切れると思うなよ…!こちらには、目撃者もおるのだ!」


そう言ってドライデンはカイムの背中を力任せに叩き、無理やり一歩前進させた。
カイムはその痛みに若干顔を顰めるも、すぐにスタンたちへ顔を向ける。
その姿を見たマリー以外の2人は大変驚き、同時に声を上げる。


「トーマス!?」
「カイム!!」


ルーティは即座にスタンの方へ振り向き、腕をがしっと掴んだ。


「ちょっと待って、あんた今なんて言ったの?」
「え?カイムって……」
「あいつは、あの男はトーマスじゃないの?あんた、トーマスって言ってたわよね?」


少しではあるが、ルーティの声が震えていた。
それは恐怖によるものなのか、それともカイムとスタンがグルになって自分たちを騙していたという怒りからなのか分からなかったが、どちらでも面白そうな事になりそうだとカイムは口角が上がるのを抑えきれなかった。


「えっと、トーマスっていうのは俺のじっちゃんの名前で、ジェノスに着いた時に偽名を使いたいからトーマスって名乗る事にするって言ってて」
「それで?つまりあの男の本名は?」
「カイム・アルファルド」


スタンからその名前を聞いた瞬間、ルーティは体から力が抜けたようにへなへなと座り込んだ。
そしてしばらく俯いた後、キッと睨むようにしてカイムを見やる。


「カイム・アルファルド……!あんた、あたしたちを騙してたのね!!」
「騙してたなんて人聞きの悪い。お前たちが勝手に俺をそこらの旅人だと思い込んでただけだろ?」
「あ〜もう!!なんかどっかで見た事のある顔だと思ったら!!どうして気が付かなかったのかしら!!悔しい!!」


そう言ってルーティは立ち上がり子どものように地団駄を踏む。
やり場のない怒りをぶつけるようにしてルーティはスタンに言葉を投げかけた。


「スタン!!あんたあいつがカイム・アルファルドだと知ってたんならどーして軍の人間だと思わなかったのよ!!」
「え?カイムって軍の人間だったのか?」
「超有名人じゃない!!わずか3年の間でセインガルド王国大将軍にまで登りつめたカイム・アルファルドよ!!知らないのあんたぐらいよ!!このスカタン!!」
「紹介してくれてどーも」


そこまで言われてもまだピンと来てないようだ。どうやら本気でスタンのリーネ村にはカイムの情報は伝達していなかったようだ。
ああいった山奥に住んでいるチェルシーらが知らないのはまだ分かるのだが。
ルーティが怒り狂っているとずっと黙り込んでいたマリーが口を開いた。


「トーマスは、そんなに有名人だったのか?」
「ほら、マリーさんも知らないみたいだし」
「マリーは記憶喪失だからいいの!!それにあいつはトーマスじゃないの!カイム!カイム・アルファルドっていう卑怯者よ!!」


一通り怒鳴り散らしたルーティは息を整えるように深呼吸をする。
それでもやはり収まらないのか、ルーティの鼻息はやや荒いままで正面に向き直した。
事が一旦落ち着いたのを見て、ドライデンがようやく重い口を開けた。


「アルファルド、貴様は後で話があるので訓練所に来るように。
男、お前には飛行竜消失の件と併せて、たっぷり話を聞かせて貰うぞ」


その言葉を聞いてスタンとルーティにようやく焦りの色が見え始めた。その反応が普通なのだ。
ましてやスタンはダリルシェイドの仕官を目指し飛行竜に密航までして来たのに、王の側ではなく地下牢で労働させられるかもしれないのだから無理もない。


「お待ちくださいませ」


今まで口を挟むことなく沈黙を決め込んでいたヒューゴがいきなり声をあげた。


「どうした、ヒューゴ」
「あの者たちはまがりなりにも、ソーディアンを扱える身。
先はリオンにあのような事を言いましたが、彼らは貴重な素質の持ち主です。闇雲に処罰するのは早計かと」
「しかし、それでは示しがつかぬ!」


上官たちが言い争っていると、いきなり玉座の間の扉が開き、そこには焦った様子の兵士が慌てて王の前へ跪いた。


「申し上げます!」
「何事だ!」


尋常ではない兵士の様子にカイムは目を細めた。
次に言う兵士の報告内容が、この世界の運命の歯車を動かす、そのような気さえしてしまったのだ。
この嫌な気は何なのだろうか。この先一体何が待ち構えているのだろうか。
カイムは生唾をごくりと飲み込み、兵士の報告を耳にする。


「ストレイライズ神殿が、何者かに襲われたとの事です!!」


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