懐かしき

「おいスタン起きろよ、そろそろ出発みたいだぞ」


どれだけ声をかけようが揺らそうが一向に起きる様子のないスタンにカイムはうんざりしていた。
ここまで寝起きの悪いヤツは見た事もない。まだまだ世界は広いのだなあとしみじみ思った。


「おいディムロス、お前のソーディアンパワーでどうにかしてこいつ起こせよ」
『我は目覚まし時計ではない!』


そうディムロスに叱咤されて、カイムは困ったように頭をかく。
すると突然勢いよくドアが開き、そちらを見やるといつまでたっても部屋から出てこないカイム達に痺れを切らしたのか、不機嫌な様子のルーティと涼しい顔をしたマリーがそこに立っていた。


「まだ準備できてないの!?」
「いや、スタンがなかなか起きなくて」
「スタン!いつまで寝てるの!出発するわよ!」


なおもスタンは気持ちよさそうに眠っている。
重い腰を上げたようにディムロスが起こしにかかるも、起きない。
その様子を見たルーティが寝ているスタンに怒鳴り散らすと、ようやく起きた。
あれだけ寝ていたのに眠たそうだ、出会ってから初めて感じたスタンの睡眠欲はカイムにとって底が知れないものとなった。


「こいつ、大丈夫かしら…」


ルーティの心配が杞憂に終わる事をカイムは祈った。



セインガルド方面へ向かう為に北の門へ向かう。
そういえば通行証の問題は解決したのだろうか?
そう思ってスタンに問いかけると、ルーティ達を助けて北の門からジェノスへ入ってきた際に発行して貰えたそうだ。
今度来る時の為にも覚えておこうとカイムは頭に叩き込んだ。

途中途中で邪魔も入ったが、なんとかダリルシェイドへ着く事ができそうだ、と胸をなでおろす。



北の門を後にして、ようやく温暖なセインガルドへ抜ける事ができた。
やはりセインガルドはこの世界で1、2を争うくらい過ごしやすい気候だと思う。
飛行竜でダリルシェイドを発ってから約2日程しか経っていないが、カイムにはとても懐かしく思えた。


見慣れた風景をしばらく歩いていくと、目的地であるハーメンツの村へ無事に到着する事ができた。
カイムは1年程この村に来ていなかったが、相変わらずのどかで落ち着きのある村だと安心した。ルーティはそれを田舎と形容していたが。


「それで、こんな田舎にルーティたちは何の用事があるんだ?」
「ここにウォルトって人が住んでるはずよ。今からそこへ行って渡すものがあるの。ウォルトの家は…」


ルーティがきょろきょろと探すようにして辺りを見回していると、それに気付いた村の住人の一人が、優しく話し掛けてきてくれた。


「この村に旅のお方とは珍しい。どなたかお探しですか?」
「ウォルトって人の家へ行きたいの。どこにあるか、分かる?」
「なんだ。あんたたち、あそこの客かい」


ウォルトの名前を出した途端、先程まで優しかった村人の態度は一変し「村で一番大きな屋敷。そこがウォルトさんの住まいだよ」と、吐き捨てる様に言葉を投げかけて去っていった。
カイムもウォルトという名前と噂だけは小耳に挟んでいた。どれも良いとは言い切れないが。


「ウォルトってのがどんな奴なのか、今の態度でおおよそ分かったわ。
…ま、とにかくその大きな屋敷へ行ってみましょ」


そうしてカイムたちは会話を聞いていた村人の怪訝な目を掻い潜りつつ、ウォルトの家を目指したのだった。




「うわ、これおいしいですねぇ!」
「兄ちゃん、いい食べっぷりだねぇ。ますます気に入ったぜ」
「どんだけ饅頭食ってんだよ、お前」


カイムたちは今、ウォルトの屋敷にてご馳走になっている。
なぜこのような事になったかざっくりと説明すると、あれからウォルトの屋敷へ行って、恐らく遺跡から盗掘したと思われる財宝をウォルトに言い値で売ろうとするも、反感を買ってしまう。
そこでルーティは護衛役がいると言ってスタンを差し出し、持ち前の天然を発揮してスタンはウォルトに気に入られ、財宝は無事ルーティの言い値で支払われる事となった。
気分の上がったウォルトが宴を開くといい、当初は断ったがうまい食べ物に釣られたスタンとマリーの熱い想いでご馳走になったのだった。

カイムとしては、盗んだ財宝の示談が繰り広げられている時点でルーティもウォルトも捕まえてしまいたくなったが、そんな事をしては身を隠している意味がない。
何よりもまずはディムロスをダリルシェイドに運ぶ事が優先だろう。この件は後でいいと考えたのだ。

カイムも目の前にある料理を口に運ぶ。
金持ちの家の料理なだけあってうまい。スタンががっつきたくなる気持ちも分かる。
マリーはジェノスにいた時のように怒涛の勢いで気持ちよさそうに酒を飲んでいる。
あんなに飲んで倒れないのだろうか、とカイムはマリーの体の心配をしたのだった。




「ちょっと、マリーにスタン!こんなとこで寝ないの!」


ルーティがマリーを揺らすも、起きる気配はない。もちろんスタンの方もだ。
まるで睡眠薬を入れられていたかのような昏睡っぷりだ。が、こうしてルーティとカイムに効果がないという事は、単に食いすぎと飲みすぎなだけだろう。


『結局こうなるのだな』
「もう、しょうがないわね。ちょっとだけって言ったのに!
トーマス。マリーとスタンを宿に運ぶから手伝って!」
「はいはい」


ルーティはマリーの肩を、カイムはスタンをおぶるようにしてウォルトの屋敷から移動を始めた。
スタンの重みがカイムにずっしりとのしかかるが、普段から鍛えているカイムにはちょうどいいダンベルに過ぎない。
外はもう真っ暗だった。ダリルシェイドへ帰るには明日になりそうだ。


「ルーティ、そっちは大丈夫か?」
「平気よ、こう見えてマリーって結構軽いんだから」
「へぇ、あんなに斧を振り回してるのに不思議もんだな」


それあたしも思ってた、とルーティは笑みを含めつつカイムに同意する。
とはは言うものの、一歩踏み出すとやはりルーティにふらつきが見える。
カイムは時折ルーティを支えながら、どうにかマリーとスタンを宿へ運ぶ事ができた。


「さてと、あたしももう寝るわ。
トーマスも寝るでしょ?おやすみ」
「あぁ、おやすみ。アトワイトも」
『おやすみなさい』


そう言ってルーティはマリーが既に寝ている部屋へと入っていった。
残されたカイムは、そのまま寝室に行くのではなく、宿の表に出て夜空を眺めながら思考にふけった。


ハーメンツの夜で思い出すのは、3年前に起こったハインツ元准将の反逆事件だ。
あの事件はリオンと共にハインツの動向を追って、最終的にカイムがとどめを刺して終わった。

実はカイムは、前々からヒューゴにハインツに関する任務を受けていたのだ。
その内容はグレッグ・ハインツの暗殺だった。
これは王の勅命ではなく、ヒューゴ個人の依頼であった。
なぜヒューゴが個人的にハインツを暗殺する必要があるのかその時のカイムにはまだ分からなかったのだ。
故に断る理由もないとして、カイムはその依頼を引き受けた。

暗殺のプロットはヒューゴが組み立てた。
まず、影響力のあるカイムが半年かけてハインツに反逆の噂がある事をハインツやその部下以外にそれとなく仄めかせる。それを小耳に挟んだ王にヒューゴが畳み掛けるようにして王の疑いを確信に変え、ハインツ同行の任務を与えて貰い、その夜に暗殺を決行するといった内容だ。
これが筋書き通りに上手くいくとは思えなかったのだが、カイムの予想とは反してまるでヒューゴが操っている様に事は進んで行ったのだ。おかげで数日間は自分も何処かで操られているのではないかと疑心暗鬼に陥ってしまっていた。

暗殺の依頼を受けた時にヒューゴに抱いた猜疑心が、終わってから確かなものとなっていた。
ヒューゴはやはり何か企んでいる。ハインツも恐らくそれに気付いていたのだろう。気付き、近付きすぎてしまったが為に消されたのだ。
ハインツが最期に言っていた言葉がそれを物語っている。


ヒューゴが考えている事はセインガルドを自分のものにするとかそんなチャチな物ではない。
この世界の何もかも全てが変わってしまう事のような気がしてしまう。
そうなってしまった時こそ世界の、いや地上人の終焉になるのではないかと感じているのだ。

ヒューゴがうっすらと醸し出している気配、それは1000年前にもカイムが体感した天上王ミクトランによく似ていた。
ミクトランは1000年前、ソーディアンチームによって滅ぼされ、その身を消した。
それにより天地戦争は地上軍、つまり地上人の勝利で終わりを告げたのだった。
あの時完全に消えた気配がなぜヒューゴに宿っているのか、カイムにはどうしても分からなかった。

今は深く考えても仕方がないのかもしれない。
だがもし本当にヒューゴが地上を覆う天上を復活させようとしているのだったら、カイムも本格的に行動に移さねばならないだろう。
1000年前にカイムが為せなかった事を、今達成する時なのかもしれない。カイムはそう思いながらスタン達が眠る部屋へと足を運んだ。



次の日、カイムは皆より朝早く目覚め、村の市場へと買い物に出掛けていた。
中にはやはり自分の事を知っている者もいたようで、あまり騒ぎ立てない約束で話をしている最中であった。
しばらく話し込んでいたら、やたらと丘の下の自分が寝ていた宿屋の辺りが騒がしい事に気付く。


「なんだか騒がしいねぇ」
「本当ですね、俺様子見てきます」


丘の上から様子を見ると、そこには宿屋を囲むダリルシェイドの兵士達と、囲まれているスタン達の姿がそこにあった。
その光景を目にしたカイムは村人から貰った牛乳を一気に飲み干してコップを返し、危ないから家に入っている様に言う。
できるだけ宿屋の様子を伺える程度に距離を置き、物陰からスタンたちの様子を伺う。

「一体どうなっているんだ」とスタンは驚きを隠せないでいた。
それはこっちが聞きたい、身を潜めながらカイムは思った。
そのまま話を聞いていると、いつの間にやらルーティに手配状が回っており、それを知ったウォルトが通報したらしい。
見覚えのある兵士長はこれで盗掘者を捕らえる事ができると感謝の気持ちを顕にしていた。

恐らく遺跡から帰る途中に見回り兵と遭遇してしまったのだろう。馬鹿な奴らだ、とカイムは吐き捨てる様に呟いた。
何やらスタンが兵士長に話かけている。
が、ウォルトの時とは違いそれに反感を買ってしまったようで、大勢の兵士とスタンたちは揉み合いに発展してしまった。

スタンたちの実力を知っているカイムからしたら、一般兵士ごときが適うはずがないという事は確信していた。
実際にその通り、次から次へと襲いかかってくる兵士たちを危なげなく撃破していく。

カイムは相変わらず物陰から隠れて見ている。
それはここで自分が下手に出てルーティたちの仲間と思われたら厄介な事になるし、ここは事が落ち着くまで待機する事を選んだのだ。
そう考えている内に、兵士たちは地面に膝をつく。スタンたちの勝利だった。
スタンが兵士長に話しかける。


「話をする気になったか?」
「おのれ……!」


兵士たちがスタンたちにやられたおかげで物事が沈静化し始めていた。
そろそろセインガルドの大将軍として兵士たちに加勢するべきだろう。ルーティはまだしもスタンまで罪人扱いになればこのまま逃げて、ソーディアンをみすみす手放す事になってしまう。
もう身分を隠す必要はない、カイムは腰を上げて表に出ようとする。


「無様なものだな。これ以上見てはおれん」


その聞き覚えのある声にカイムは上げた腰を再度下ろす。
声の主を確認すると、よく見慣れた顔がそこにはあった。
奴はいつも桃色のマントに、毅然とした態度で決して感情は込めずに冷静に物事を言い放つのだ。


「ルーティ・カトレットだな。身柄を拘束する」


その姿は紛れもなくリオンだった。


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