その先

カイムは夢を見た。

それは彼が普通の人間として、戦いとは無縁といった環境で過ごす夢だった。
カイムは家で寝ていたが、母親らしき人物に起こされて、気だるそうに起きる。
軽い朝食を済ませると、ハンガーにかけられている服に腕を通す。

顔を洗い、身支度を整えたらそのまま家から出る。外に出ると自分と同じような服を着た人がたくさん歩いていた。
彼らについていくようにすると、同じ目的地を目指していることが分かる。カイムはそれに従って歩いていく。

すると突然、2本の剣を持った男が現れ通行人を片っ端から殺し始めた。
人々は逃げ惑い、カイムも戦う力を持っていなかったので同じようにして逃げた。
が、男の異常に早いスピードにあっけなく追いつかれ、周りはあっという間に殺されていく。

カイムも追いつかれてしまい、腕を掴まれ強制的に振り向かせられる。
そこには紛れもないカイム自身がいた。
その姿は返り血にまみれて酷い有様だ。
彼が持っていた剣がカイムに向けて落とされた。




そこでカイムは飛び起きるようにして目を覚ました。
両手を使って自分の全身をまさぐってみる。
どこにも傷はなく、今のが夢だった事を実感すると、安堵の息をついた。


なんという夢か、自分に殺される夢などろくなものじゃない。
相当疲れているのだろうか、早く帰ってあの心地よいベッドに横になりたいものだ。


「あ、あのぉ〜…」


横から幼い少女の声がして、少し驚いて声のする方へ振り向く。
そこには雪国にそぐわない格好をした鮮やかなピンク色の髪の少女が困ったような顔をして佇んでいた。
カイムは少女を脅かさないように、優しく声をかける。


「あ…きみは?」
「え、えっと、私はチェルシー・トーンです」
「そうか。じゃあチェルシー、ここはどこかな?」
「ファンダリアです。ここはその中でも山の方ですけど」


ファンダリア。
先ほどまで魔物に乗っていた時に見えた地方だ。どうやらそのまま落ちることができたらしい。

そういえば自分は結構高い場所から落ちてきたにも関わらず、どこにも傷はない。
多少体に衝撃は残っているが、しばらくしたら消えるはずだ。
周囲を見回すと、この辺りは結構たんまり雪が積もっている。この雪がクッションになってくれたのだろう。

自分の幸運と強靭さ、そして雪に感謝しつつ体についた雪を払って立ち上がる。


「チェルシーはここの人間かい?」
「は、はい!この近くで住んでます!」
「そりゃあいい、ちょっと家に案内してくれないか?」
「う……そうしたいのは、山々なんですけども…」


少女は顔を曇らせ、俯く。
何か不安な事でもあるのだろうか?とカイムは首を傾げ、優しくチェルシーに問いかける。


「知らない人を家にあげるのは抵抗がある?」
「いっいえ!見た所困ってそうなので家に連れていくのは全然構わないんですけど…その…」


チェルシーは言葉を濁らせながら手を後ろにやり、俯いてもじもじしている。
カイムはそういったハッキリしないのは嫌いであったが、今は状況が状況だからここは我慢してチェルシーが自ら言い出すのをじっと待った。
すると決心したのか、顔を勢いよく上げてカイムの瞳を見つめる。


「実は道に迷って帰れないんです〜!!」
「……なるほど、そういう事ね」


カイムはチェルシーに見えないように小さくため息をついた。
ジェノスの方面だったら仕事で何度か赴いた事があるのである程度の道は分かるが、先ほどチェルシーが言った通りここは山の方だ。
地元民のチェルシーですら分からないのだからカイムが分かるはずがない。

せっかく助かったのにこれか、とカイムはがっくりと肩を落とす。
その様子を見たチェルシーはへなへなと座り込み、膝を抱え顔を伏せて泣き出した。
カイムはぎょっとして彼女に泣き止むよう進言するも、家に帰れないという不安には勝てずに、チェルシーは泣き止まなかった。


「ぐす……もう私、きっと2度と家に帰れないんだわ…」
「そんな事言わないでくれよ、俺まで泣きたくなる」


カイムは近くにあったケヤキの大木に背中を預けて座り込んで前を向いた。
すると前方に男が2人、こっちに歩いてくるのが見えた。知り合いだろうか。
チェルシーは気づいていないようで、相変わらず泣いている。

男達が近づいてくる。
片方の褐色肌の男は見た事がなかったが、もう片方の金髪の男は見覚えがある。
というか、飛行竜にてソーディアンを持ち出した男そのものだ。
カイムは大層驚いて、自分の目を擦って再度男の姿を捉えた。よく見ると腰にソーディアンを下げている。
間違いない、あの時脱出ポッドで逃がした男だ、とカイムは確信する。

褐色の男が「チェルシー」と呼ぶとチェルシーは顔を上げて声の方を振り向く。
「ウッドロウさま!」と感極まったような声を出してウッドロウと呼ばれる男に駆け寄った。

ウッドロウ、そう呼ばれるのはただ1人しか思い浮かばない。ファンダリアの王子の名前だ。
カイムは直接顔を見た事がなかったが、城に仕官する者として他国の王政や家系などを勉強していたのだ。
お忍びでもなければ、なぜファンダリアの王子がこんな山奥にいるのかカイムには理解し難かった。


「こんなところでお会いできるなんて、欣喜雀躍です!」
「きんき……?」


欣喜雀躍とは難しい言葉を使うものだ、とカイムは感心した。
金髪男の方はよく分かっていないようではてなと首を傾げる。
すると突然頭の中に声が響いた。


『大喜びする、の意味だ』


どこかで聞いたことある声だ、とても懐かしい。カイムはどこでその声を聞いたか思い返していた。
頭の引き出しを片っ端から開けていくも、それは意味のない行動だとすぐに気づく。
誰も喋ってないのに頭の中に声が響くという事は確実にソーディアンである。
そしてあの男が持っていったソーディアンはディムロス。これで合致する。


ついにディムロスが目覚めてしまった。できればこいつにだけは会いたくなかったのだが、とカイムは顰めっ面になった。
すると男達がこちらを見ている、どうやらチェルシーとの話が終わったようだ。


「チェルシー、彼は?」
「あ!あの人はですね…」

「あーーーっ!!あなたは飛行竜の!!」


金髪男がカイムを指差した。
人に向けて指を差す事は失礼行為にあたる、とダリルシェイドでリオンに指導された事を思い出す。
ディムロスも、カイムに気付いたようで大層驚いている。


「でっかい声出すな!」
「す、すいません。でも生きてたんですね!」
「まあな!お前もよく生きててくれたよ!うんうん!」


カイムは金髪男の背中を力強く何度か叩く。
この喜びは偽りなどではなかった。
ディムロスを回収するまでダリルシェイドには帰還できないと考えていたので、これほど早く目標に会えた事が本気で嬉しかったのだ。
これで任務を全うできる、と先ほどまで下がっていたカイムのテンションが急激に上がり出した。


「2人は知り合いかね?」
「あ、飛行竜に乗ってた時にオレを助けてくれたんです!名前は……」


「何ですか?」とカイムに聞く。
名乗っていないのだから分かるはずもないのに当たり前だ、と呆れながら思った。


「俺はカイム・アルファルド」
『!?』
「!君が、あの……?」
「ウッドロウさま、お知り合いですか?」


ウッドロウは顎に手を当て考え始めた。
疑うのも無理ないだろう。セインガルドの大将軍が何故かこんな山奥にいる上に最近はカイムの偽物が頻発しているからだ。
ディムロスもまた、その名を聞いて驚く。
こちらは1000年も前に消えた筈の人物がこんな所で何食わぬ顔で存在しているのだから。

ウッドロウは、やや半信半疑と言った顔でカイムを見ている。


「スタン君が先ほど言ってたように、飛行竜に乗っていたのなら、きっと本物なのだろう。
お目にかかれて光栄だ」
「いいえ。その言葉、そのまま丸ごとお返ししますよ」


他国とはいえ、王子は王子である。
最低限の礼儀は通さなければならない、それもダリルシェイドで習ったマナーであった。
そのついでにウッドロウの言葉の中から、金髪男の名前がスタンである事を聞き出す事ができた。


『おいカイム。お前は本当にカイムなのか?』


カイムは自分に話し掛けてくるディムロスを無視した。
理由としては、ソーディアンマスターではない者がここに3名もいるからである。
わざわざソーディアンの正体をばらす様な事をする必要がないと考えたのだ。


「あれ?ディムロス知り合いなのか?」
「!?お前、その剣の声がっ……」


慌てて口を閉じる。
ついさっき理由にあげたのに、自ら正体を明かしてしまうなど、愚か以外の何物でもない。
チェルシーはそんなカイムをおかしな目で見ていたが、ウッドロウはただ笑っていた。

スタンにはソーディアンの声が聞こえる、つまりソーディアンマスターの資質があるという事だ。
そしてスタンはディムロスの名前を知っている、この事から導き出される答えは一つ。

契約を、してしまった。

いやまだ決まっていない、もしかしたらスタンがとても博識でディムロスの名前と本体を本で読んだことがあったからかもしれない、とカイムは自分に思い込むように説いた。


『おい!我の声が聞こえているのなら何故反応をしない!カイム!』
「ま、まぁとりあえず、ここから離れましょうか。道は分かるんですよね?」
「あぁ、来た道を戻ればいいからね」
「それじゃあ行きましょう!ウッドロウさま!」


ウッドロウが歩き出すと、チェルシーがそれに駆け足で着いて行った。
カイムもそれに続こうとしたが、スタンに呼び止められてしまう。


「あのー、なんかディムロスがカイムさんの事凄く呼んでますけど」
「へぇーそうなんだ?あんまり気にしなくてもいいと思うぞ」
「だってさ」
『良くない!!我はお前に聞きたい事が山ほどあるのだぞ!!』
「ディムロス、カイムさんには聞こえてないんだからあんまり意味ないんじゃないか?」


『聞こえているのに無視をしているのだ!!』と大きな声で怒鳴り声をあげた。
カイムにはシャルティエの男なのに高い声も頭に響くが、ディムロスのこの怒鳴り声もかなり頭に響いてしまう。


カイム自身もディムロス達に聞き出したい事はたくさんある。
なので、カイムはスタンと二人きりになれる機会を怒鳴られながらじっくりと待つ事にしたのだった。


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