襲撃

カイムは今、飛行竜にある個室のベッドに寝転んでいる。
任務が終わって、帰路につく途中だ。

今回はソーディアン回収の重要な任務であった為、いつも以上に気を使ったが特に何かある訳でもなく、拍子抜けするほどあっさりと回収する事ができた。
そしてノイシュタットで1泊し、今現在飛行竜でダリルシェイドへ帰っている。

何かあっても困るが、ここまでスムーズに事が進むとかえって怪しくなる。
このまま無事にダリルシェイドへ着けばいいのだが。カイムは不安な気持ちを落ち着かせるようにして、傍に置いてあった水を飲んだ。

このまま順調に飛び続けられればダリルシェイドには2時間半程で着く。
このままぼーっとしているのも暇なので、カイムは甲板に出てあまり乗ることのない飛行竜からの外の景色を楽しむことに決めたのだった。


部屋を出ると、清掃員らしき2人がカイムに向かって軽く会釈をした。カイムもそれを返す。
すれ違ってから清掃員など乗っていたかどうか不思議に思った。
が、大して気にすることではないとその存在を気に止める事はせず、そのまま甲板に向かった。


しばらく歩いていると、向こうからカイムの部下の1人がやって来て、カイムの目の前で止まり、敬礼をする。


「アルファルド将軍、飛行竜に乗り込んでいた密航者を捕らえたとのことです」
「密航者だと?」
「はっ、今は艦長が甲板まで追い詰め、尋問していますがいかがいたしましょうか?」
「それなら都合がいい、今から甲板に行こうとしてた所なんだ。お前もついてこい」
「はっ!」


密航者だなんて警備の奴らは何をやってたんだ、と警備の薄さに若干腹を立てる。

やはり目的はソーディアンだろうか。まぁそうでなくても厄介だ。
普段だったら密航者など城まで連れ帰って牢屋に入れるだけなのだが、いかんせん間が悪い。
今はソーディアンを運んでる最中、どんな理由であろうと始末する他ないのだ。
それは艦長にも分かっているはず。今から甲板に行った所でその密航者の命は既にないだろう。

結末の見えている話ほど面白くない物だ、とつまらなさそうに歩いていると、突然飛行竜が大きく揺れた。
それと同時に、上の方から何やら騒々しい声が聞こえる。
カイムは何だか嫌な予感がして、歩く足を早めた。

部下が何でしょうか?と不思議がっていると、近くにあった窓ガラスが割れ、そこから魔物の大群が姿を現し、雄叫びをあげた。
それを目撃して、嫌な予感が的中してしまったとカイムは頭を抱えた。
割れた窓ガラスからは飛行竜の悲鳴にも捉えられる空気の轟音が聞こえてくる。


「ま、魔物!?一体なぜっ!?」
「驚いてる暇があったら剣を抜け、応戦するぞ」


カイム達の姿を捉えた魔物が一斉にこちらに向かって襲いかかる。
カイムは魔物達の動きを冷静に見極め、かわすと剣をふるって素早く斬り裂いていく。
部下の方も大きい怪我はなくどうにか襲い掛かってきた魔物は一掃する事ができた。

急いで甲板まで行くと、そこには大量に空の向こうからやってくる魔物と、何処からともなく現れる魔物で溢れかえっていた。
応戦している兵士も数少なくいたが、そのほとんどは既に倒れ、酷い有様だった。

この事態を重く見たカイムは、全員に伝えるよう部下に命令する。


「俺はブツを回収する。
お前達はできるだけ魔物を始末しろ。無理だったらそこの脱出ポッドから逃げても構わない。自分の命を優先しろと伝えろ」
「かしこまりました!アルファルド将軍もご無事で!」
「はっ!誰に言ってんだ!」


甲板から降りたカイムは、ソーディアンが置いてある部屋を目指す。
道中絶えず襲い掛かる魔物を次々に撃破していくが、これは余りにもキリがない。
部下にはあんな事を言ってしまったが、これはとっとと脱出してしまった方が良かったかもしれない、と自分の指揮ミスを悔やんだ。

走っている最中、カイムは3年前の初任務の事を思い出していた。
あの時シャルティエは、魔物が自分達より大きい物体に襲い掛かるはずがない、と驚いていた。
カイムもあれから何回か船に乗ったが、確かに魔物は襲っては来なかった。

船より遥かに大きいはずの飛行竜を大量の魔物が襲うなど、只事ではないだろう。
しかも途絶える気配が全くない。この飛行竜に乗っている者全員を全滅させる勢いだ。
もしかしたら、ソーディアンを狙った誰かが召喚して操っているのではないかとカイムは考えていた。

だがこの線は薄い。
魔物を召喚して操るなど、現実味のない話だ。
というかそんな事ができたら悪用されてこの世は魔物だらけになっているだろう。

だとしたら魔物達が自我を持ち、勇気を出して襲い掛かってきたのだろうか?
そんな魔物がいたら是非話し合いをしてこの場を収めたいものだ、とカイムは嘆く。


そんな事を考えながら走っていると、向こうから誰かが走ってくるのが小さく見えた。
向こうもカイムの事を認識したようで、こちらに向かって駆け寄ってくる。
一瞬生き残りの兵士かと思ったが、その予想はすぐに外れることになる。

その姿が近付くにつれよく見ると、一般兵に支給されている制服ではない事に気づく。
白い鎧を身にまとい、やたらと長い金髪が良い意味でも悪い意味でも目立つ男だった。
カイムは首をかしげた。
はっきり一言で言うと、こんな奴は見た事がなかった。
が、その男が手に握っている物は見た事がある。ソーディアンそのものだ。


「お前!!いつの間にその剣を!?」
「えっ?この剣は、そこの部屋で」
「まさかもう契約してしまったのか!?」
「けいやく?」


カイムの言葉を意味を分かっていないようで、男は素っ頓狂な顔をして語尾にはてなを付ける。
その様子からして契約自体はまだしてないらしく、カイムは安堵した。
が、その直後にここ最近で一番大きい揺れが2人を襲う。
もう飛行竜はもたない、そう確信したカイムは叫ぶようにして男に声をかけた。


「くそっ!もう時間がない!
おいそこのお前!今から全速力で甲板に行くから付いてこい!!」
「えっ?あ、はい!」


そう言うとカイムは体を翻して甲板へ向かう。
その途中に何度か魔物に襲われたが、全て無視してただただ走り抜いた。
後ろを振り向くと、男がやや遅れながらもなんとか付いてきている事を確認する事ができた。


どうにか甲板にたどり着くと、そこには見るも無残な有り様が広がっていた。
魔物は数を減らす所か倍増しているように思えるし、兵士はもう誰一人として立っている者はいなかった。
先ほど指示していたカイムの部下も地面に倒れていた。
命が危なくなったら逃げろと言ったのに、カイムは舌打ちをする。

脱出ポッドに目を向けると、ちょうど2台が発進した所だった。生き残りの兵士だろうか。

カイムはまた舌打ちをした。脱出ポッドがもう残り1台しかなかったからだ。
カイムは後ろを振り向いて戸惑った表情で突っ立っている男の顔を引き寄せる。


「いいか、俺が道を作るからお前はその隙にあの脱出ポッドで逃げろ」
「わ、分かりました!貴方も一緒に逃げましょう!」
「残念ながらあれは一人用だ。
俺はどうにかして脱出する、お前はその剣を絶対手放すなよ。いつか回収しに行くからな」
「でも!」
「ごちゃごちゃ考え込んでる暇はないんだよ!!行くぞ!!」


カイムは魔物に向き合い、飛びかかって来た魔物を攻撃させる前に素早く剣で突き刺し、その魔物を目の前で道を塞いでいる魔物達に放り投げるようにしてぶつけ、蹴散らす事に成功する。


「今だ行けっ!!」


カイムの言葉を聞いて、男は思いとどまるように走り出した。
それを見たカイムはもどかしく感じ、男の背中を足で思い切り蹴った。
男はそれにややバランスを崩すも吹っ切れたようで、脱出ポッドに向かって思い切り走り出す。
男に襲い掛かりそうになった魔物を、カイムは剣を投げて突き刺し、どうにか男を脱出ポッドに入れる事に成功した。

すると空からやってきた魔物が、男が乗った脱出ポッドに向け火を吐き出す、不覚にも攻撃を許してしまったのだ。
カイムは焦ったが、脱出ポッドはなんとか発進してくれた。
ソーディアンの無事、ついでに男の無事を祈って、先ほど投げた剣を回収する。
そして大量の魔物と対峙して、これからどうするか考えた。

さすがの自分もこの高さから飛び降りてしまったら只では済まないだろう。
死にはしなくても大怪我必須だ。骨の何本かは軽くいって落ちた衝撃で中身はぐちゃぐちゃだ。

自身の命の危機に嫌な汗を流した。
魔物が襲い掛かる、それを難なく退けるも、深刻な状況は何も変わっていない。
その時カイムは、先ほど目にした空から飛んできた魔物の存在を思い出す。


どうにかあれに乗って地上にたどり着けはしないだろうか?結構大きいし、いい乗り物になる。
多少無理をすれば言う事を聞いてくれるのではないか、と思ったが魔物が人間の言う事を聞くなどは前例にない。いわばその考えは余りにも無謀だ。

飛行竜が煙を出して傾き始めた。
深く考えている暇はない、思い立ったら実行だ、と言わんばかりにカイムは、再度襲ってきた魔物を踏み台にして、大きく羽ばたき飛んでいる魔物の背に飛び乗った。

いきなり背中に違和感を覚えた魔物はもちろん暴れだす。
振り落とされそうになるも、必死でしがみつく。
足で魔物を蹴ってどうにか位置を調整させ、なんとか飛行竜から脱出することに成功した。

破茶滅茶な行動だ、と自分で思いながら遠ざかる飛行竜を横目に見る。
最初は暴れていたが、魔物も慣れてしまったのか落ち着いて飛行をするようになってくれた。
高度をかなり落とし、下に見えたのはファンダリアの一面真っ白な雪景色だ。
ファンダリアの気候独特の体をつんざくような寒さに身を固めるも、好調なフライトに満足感をおぼえる。


「なんだよ、しっかり言う事聞いてくれるじゃないか。いい子だなあ」


そう言ってカイムが魔物の頭を撫でると、それが気に障ってしまったのか、魔物は自分の体を180度回転させる。
完璧に油断していたカイムはしがみつく暇もなく、真っ逆さまに落ちていってしまった。


落ちている最中、カイムは出発前のリオン達の言葉を思い返していた。

必ず生きて帰ってこい、それがリオンが最後にかけてくれた言葉だった。
シャルティエがその前に言っていた胸騒ぎとはこの事だったのだろうか。
今思えばこのとんでもない事態をリオンは予測していたのか、だからあんな言葉をかけたのかもしれないしそうでないかもしれない。

無事に帰ってきてね、と言ったマリアン。
無事では帰られそうにない、約束を破ってすまない。


カイムは目をつむり、間もなくやってくる衝撃に身を固めるように頭を守り、受け身の体勢をとる。

どうか次に目を覚ます所があの世ではない事を落ちながら祈った。


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