客員剣士補佐

「さて、カイム・アルファルドよ。
そなたの階級だが、まぁ一般兵士に置いておくには勿体無い。
とりあえずそなたにはリオンの補佐にまわってもらおう」
「ちょっと待ってください、陛下はしかとご自分の目で俺の強さをご覧になったのですよね?
だとしたらなぜリオンの配下につかなくてはならないのですか?」


カイムは明らかに納得のいってない表情で腕を組んだ。


「そなたは城での仕官に慣れていないと聞く、それでいきなり将軍の称を与えた所で、そなたは部下を導く事も知らないただの戦闘狂になってしまうだろう」


言い返す言葉もありません、と正論を返され、カイムは苦虫を噛み潰したような顔になった。


「そこで、リオンの下につき共に仕事をこなすことで、人の上に立つ者とは何たることか学んで来るがよい。
という案であるがこれは、そこにいるヒューゴの案でもあるのだよ」


そう言われて、カイムはヒューゴを見る。
ヒューゴもカイムを見ていて、相変わらず胡散臭い笑みを浮かべている。
ヒューゴがリオンの下につかせるよう進言したのは、王から聞いた理由とは何か別の考えがあるのだろう、とカイムは思う。


「そういうことなら…分かりました」
「うむ、では明日から宜しく頼むぞ、カイム・アルファルド――」






「おい、待てってリオン」


つかつかと早足で歩くリオンをカイムは追いかける。

なぜこんな奴が僕の配下に…とてもじゃないが、こんなもの僕の手にはおえない。


「なんだよ無視しちゃってさ、さっきの俺の戦いぶりにビビったか?」
「誰がだっ!」


ひえーおっかねーと言いながらカイムは戯けたように走り、リオンをそのまま追い越す。

こうして話していると、先程の光景が嘘のように思える。
ドライデン将軍も言っていたが、カイムはこんなにふざけてなんの悩みもなさそうな奴だ。


だが、戦闘スキルに関してだけは他の追随を許さない。
今この世の中に、奴に勝てる人物がいるかどうかも分からない。いるとすれば、それは人とかではなく、もはや自然災害の域に達するような気がする。


正直リオンは、カイムのあの限界を知らない強大な力に惹かれていた。
自分もいつか努力すれば、あの強さに達する事はできるのだろうか。いや、あの強さが欲しい。あの力さえあれば、生涯マリアンを守る事など容易いだろう。
その為には、自分一人の力では到底無理だと幼いなりに分かった。
やはり、ここはカイムに教えを乞うしか――


「おっ!いいお姉ちゃんはっけーん!
なあリオン、お前のその無駄に整った顔立ちであの人お茶でも誘おうぜ、なぁいいだろ?な?

…ん?どした?おい、どこ行くんだよリオン!そっちは家とは真逆だろー!?」


…もう少しだ、もう少し考え直そう。





結局カイムはリオンの屋敷に居候することになった。その事をマリアンに話すと、とても喜んだ。
リオンにはその反応が気に食わなかったみたいで、不機嫌な様子を顕著に表す。
マリアンはそんなリオンを見て、弟に嫉妬するお兄ちゃんみたい、と笑った。
あんな奴が弟だなんて勘弁してくれ――と思った。リオンは好物でもある夕食後のデザートのプリンを口に含む。プリンのカラメルが絡まった独特な甘みが口に広がった。




夕食を済ませたリオンはそのまま自分の部屋には戻らずに、二階にあるヒューゴの部屋へ向かう。
この呼び出された瞬間はいつも緊張する。
リオンとヒューゴは血が繋がった実の親子であるが、その関係は傍から見れば上司と部下そのものだ。
無論リオンも私情を仕事に持ち込みはしない、職場に入ってしまえばその通り上司と部下の関係になる。それはどこの親子も同じ事だ。
リオンとヒューゴの関係性が他と違う所は、仕事外でもその関係を崩さず、あくまで上司と部下という立場を保っている所だろう。


リオンは産まれてこの方ヒューゴと親子らしい事は一切行っていないのだ。
身の回りの世話はお手伝いやレンブラントが勝手にやっていた、欲しい物も彼らが与えてくれた。だがヒューゴはリオンに何もしない。
彼がリオンに与えた物といえば、今の地位と生きる術のみ。愛情など欠片も注いでいない。
こんな関係を誰が親子と言えようか。



リオンが父親について考えるようになったのは、幼い頃家庭教師に課題と称されて"自分の父親"について作文を書け、と言われてからだった。
当然リオンは困った。一体何を書けばいいのか分からなかったから。
その家庭教師に聞いてみると、父親に対して素直に思った事を書けば良いと言われた。


その日、街を散歩しながらリオンは自分の父親について考える。
幼い頃から母親がおらず、唯一の肉親である父にすら構ってもらえなかったリオン。
まず、普通の父親とは一体どういうものなのだろうか。シャルティエに聞いてみると自分にも分からない、と言われた。
当たり前か、お前は剣なのだからな。



結局リオンはその課題をこなすことはできなかった。
その事は家庭教師を伝ってヒューゴにも届いたはずだ。いつもは課題をこなす事ができなかったら、決まってヒューゴが直々に叱りに来る。
しかし、その時だけヒューゴは何も言わなかった。こんなことは、後にも先にもこれっきりだった。

はたして言えなかったのか、忘れていたのか、それとも――



『…坊っちゃん?どうしたんですか?そんな難しい顔して』


シャルティエに声をかけられ、リオンは我に返る。
何でもない、と言いドアを三回ノックする。
するとドアの向こうから、「入れ」と低い声が聞こえて来た。リオンはドアノブを回し、部屋に入る。


何を考えてるんだ僕は…もう昔の事じゃないか。くだらない過去だ――





「お呼びでしょうか、ヒューゴ様」
「リオンか。お前に、明日の任務について話す」
「はっ」


ヒューゴは机に置いてあった束になった資料を手に取り、数ページ捲り始めた。


「今、ダリルシェイドにノイシュタットからセブンテール商会の会長が来ているのは知っているな」
「は、存じております」
「彼は明日ノイシュタットへお帰りになられる。その道中の護衛を頼みたい、出発は明朝だ」
「お安い御用です」


「――が、これは表向きの任務だ」


そのヒューゴの一言で、リオンは険しい表情に変わる。
こういう簡単な仕事には確実に何か裏があるのが付き物だ。


「その会長に、不穏な動きがある。
名目は護衛という事だが、本当の任務は彼を監視することだ。もし奴が何か仕出かしたら、殺しても構わん」
「は…かしこまりました。…あの、ヒューゴ様、一つお聞きしても宜しいでしょうか」


リオンがそう言うと、ヒューゴは椅子を半回転させ、背を向ける。
これはヒューゴなりのOKのサインなのだろう。


「何だ」
「その…カイムも連れて行かなければならないのでしょうか」
「愚問だ。今の彼は客員剣士補佐だからな。上司の仕事についていくのは当たり前だろう」
「…は、失礼しました」
「では下がって宜しい」


それを聞くとリオンは扉の前まで行ってそこで立ち止まり、失礼しました、と言ってそのまま部屋を出た。




『カイムの初任務なのに、相変わらずえげつないことを命じますね、あの人は』
「何を今更、昔からああだろう。
カイムに伝えなければいけないな、ああ困ったものだ、あいつは今どこにいるんだ…」


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