謁見

「なぁ、リオン…だっけ?お前こんな豪華な城に住んでんの…?」
「黙ってついてこい」


ストレイライズの大森林を抜け、首都ダリルシェイドへ戻った。
カイムとの約束はリオンの家に住まわせる事だが、生憎リオンにその権利はない。
兎にも角にも、まずはカイムの事をヒューゴに話さなければならないだろう。


そしてカイムの実力は本物だ。
今まで何をして過ごしていたのか知らないが、これ程腕の立つ者なら世界に名を轟かせても不思議ではない。
が、カイムの存在は今まで知らなかったし、ヒューゴも実力を知っていれば放っておくはずがないのだ。


カイムは、国の繁栄に使える。そしてオベロン社の勢力を拡大させるのにも使えるだろう。
そう目論んだリオンは、ヒューゴに会わせるのと同時に、カイムを城で働かせる事も考えたのだ。




お疲れ様です、と挨拶をしてくる兵士を軽くあしらい、玉座の間の前まで辿り着いた。


「お前はここで待っていろ」
「はぁ、まぁ別にいいけど…」


そう言うとリオンは番兵に話を通し、大きい扉が開くとその中へと消えていった。




カイムは自分を奇異の目で見てくる兵士や科学者らしき奴らを睨みつけるのではなく、ニコリと微笑んでみせた。
だがさすがに通路の真ん中はどうしても注目を浴びてしまうので、柱の方へ移動し、背中を預けた。


リオンが玉座の間に入ってから数十分は経ったが、大きな扉は一向に開く素振りを見せない。
さすがに暇になってきたカイムは、ブツブツと独り言をしゃべり始める。


「はぁーっ…長いなぁ…俺はお客様だぞ?
かれこれ数十分は経ってんじゃねーか
これがこの国のもてなしってやつかね、えぇ?」
「悪かったな、陛下は話が長いんだ」
「ふーん、やっぱりどこの国の王もそんな感じなのかねぇ…って」


声のする方へ顔を向けると、いつもの仏頂面でリオンが立っていた。


「リオン…いたなら言ってくれよ」
「ふん、貴様が何やらブツブツと独り言を呟いてるから気味が悪くて近寄れなかったんだ」


全部聞こえてたのかよ…。


シャルティエがくすくす笑っていたので、コアに向けて剣を投げた。
すんでの所で投げられた剣を弾き返し、そしてリオンは自分に向けて攻撃されたと勘違いし、またしても斬り合いの戦闘に発展してしまった。
すぐに兵士が止めに入ったが、しばらくリオンの気性は収まらなかった。




「失礼します、陛下、例の者を連れてまいりました」
「おお、そなたか!リオン、下がって良いぞ」


リオンは腰を上げ、マントを翻して王に頭を下げる。そのまま端の方へ移動した。
カイムはといえば、何もせずにただボーッと辺りを見渡していた。
高い天井、豪勢な飾りや窓、大きな玉座、シャンデリア…いかにも玉座の間といった感じだ。


王の周りには、大臣らしき者、国の最高指揮官らしき者、偉い科学者…あとは胡散臭そうな男と多数の兵士、リオンがいるだけだ。


その王の面前でただ突っ立っているだけのカイムに、痺れを切らしたのか最高指揮官らしき者が口を開く。


「貴様!陛下の御前だぞ!その態度はなんだ!?」
「…あぁ、すみません、俺あんまりこういう場慣れてないんで。
どーすればいいんですか?さっきあいつがやってたみたいに跪けばいいですか?」


辺りがざわめき始め、最高指揮官の男は目に見えるように頭に血を登らせ、腰に下げている剣の柄を握る。
周りの兵士が男を抑えはじめた。
カイムがまたしても奇異の目で見られている間、胡散臭そうな男一人だけが静かに笑っていた。


「信じられませんな、このようないい加減な男がリオン・マグナスを圧倒するなどとは」
「それに、どんな手練かと思えばまだ若造じゃないか」
「陛下…あまり信用してはなりませぬぞ」


こんないい加減な男に惨敗した僕の立場はどうなるんだ、とリオンは苛立ちながら思った。


「うむ、分かっておるわ。
して、そなた名はカイムと言ったか?」
「はい、そうですが」
「よろしい、ではカイム、単刀直入に聞く。

…魔物を瞬殺し、そこのリオン・マグナスを倒した人物は確かにそなたか?」


カイムは間髪入れずに「そうです」とだけ返事した。再び周囲がざわめく。
魔物というのが曖昧だったが、寝ている間に襲われた魔物の事だろう、と自己完結させた。


「ふむ…実はな、そこのリオン・マグナスはその若さでこの国随一と呼ばれる程の剣の腕前でな、わたしも七将軍も彼の事を認めているし、信頼している。

しかしそなたはそのリオン・マグナスを圧倒した…と本人から報告を受けている。
…どういう事か分かるな?」

王は妖気な笑みをカイムに向ける。
しばらく沈黙が流れ、この場に緊張が走った。


「はぁ、まぁそうしたら俺がこの世で一番強い…ってことになっちゃいますよね」


先程より大きく周囲がざわめき始めた。
ただまっすぐ正面を見据えていたリオンも、思わず顔をカイムの方へ向けていた。
その顔はいつもの仏頂面ではなく、素っ頓狂な顔になっていて、さっき会ったばかりだが何か違和感を覚える。
何かまずいこと言っちゃったかな?とカイムは少し焦りの表情を見せた。


「はっはっは!!"この世"で一番強いとな!!はっはっはっは!!
世界の広さを知らんのか、それともただ純粋なのか…いやはやなんとも面白い奴だ、気に入った、気に入ったぞ!
カイム、そなたをここに置いてやろう!!」


「陛下!!何を言いますか!!こやつはただ自信過剰なだけ!!まだその実力が本物かどうかも決まってないのですぞ!!それに素性が知れない者を城で働かせるなどと!!」


王の発言に物怖じせず、最高指揮官の男が反論を物申す。
カイムは怒涛の勢いで自分の処遇が決まっていってるので恐る恐る聞いてみる。


「あのー、ここに置くとか、どういう事ですか?」
「おおすまん、まだ聞いておらんかったか。
先程リオンが報告のついでに、そなたの力を我が国の為に使えば、きっと国家繁栄に繋がると言ったのだよ。

さすがにその時点では決め難かったが、そなたを一目見て、そなたの発言を聞き、リオンの言葉は間違っていないだろうと安心したぞ。」


そんな所まで話が広がっていたのか、とカイムは驚嘆した。
と同時にリオンを見てみると顔を背けていた。
住まわせる代わりに働いて貰う、と訴えかけているようだ。


あーあ、森で心地よく寝てただけなのに…なんでこんな面倒くさいことになってんだか…。


「お言葉ですが陛下」


今まで沈黙を守り続けていた胡散臭そうな男がついに口を開いた。
それと同時に、リオンもその言葉に反応したかのように僅かに顔を動かす。

あの男が口を開いた瞬間、場の空気が変わったのがカイムには分かった。
この空気は嫌な感じだ、これだけであの男の人柄が知れる。


「ドライデン将軍の仰る通り、実力があるとはいえ確かに素性の知れない者を城で働かせる訳には参りません。それに、リオンの証言だけではその男の実力も測り知れませぬ」
「だがヒューゴ!そなたは自分の息子の言葉を信じられないというのか?」


最高指揮官の男はドライデン、胡散臭そうな男はヒューゴと言うらしい。
カイムが気になったのは、王が言っていた"自分の息子の言葉が信じられないのか"という言葉だ。
その発言から、リオンの父親はヒューゴという事が分かる。

親子揃って王の近くで働けるなんて…リオンの所はエリート一家なのだな、とカイムは思った。


「いえ、何も私はそのまま彼を追いやろうとしている訳ではないのですよ。彼にチャンスを与えるのです」
「チャンス、とな?」
「えぇ、明日の今頃の時間、彼とこの城でリオン以外の実力者五人ほどと戦わせるのですよ。

彼の戦いぶりをしかとその目で見れば、彼が報告通りの実力者だという事も判明するでしょう」


またしても話が拡大している。
俺の剣は見世物小屋じゃねーぞ、と言いたかったがぐっと堪えた。
王はおぉなるほど、と関心している。
ドライデンは実力主義者なのか分からないが、ヒューゴの意見に反論はないようだったが、不服そうな顔だ。
周りも周りで、面白くなってきた、と勝手に盛り上がっている。


「さて、カイムよ、勝手に話を進めてしまい申し訳ないが…どうだ?やってくれるか?」


視線が一気にカイムに集まる。
カイムは、はぁと小さいため息を吐き出す。


「…分かりました」
「おお!!やってくれるか!そうかそうか!では早速だが会議を開くぞ!明日の事を色々決めねばな!」


すると一気に辺りがせわしなくなった。
カイムはどうしてこうなったのか、考えようとしたが面倒くさくなってやめた。
今度は深いため息をつき、頭を抱える。


するといつの間にか目の前に、ヒューゴと呼ばれる胡散臭そうな男がいつの間にか立っていた。
遠くにいる時は薄かったが、目の前にしてみるとこの男を包み込む怪しい何かがハッキリと感じとれた。


この男…胡散臭いとかそういうのじゃない。
純粋に、危険なにおいがするのだ。
カイムの頭の危険信号が鳴り始める。


「私はヒューゴ・ジルクリストだ。
明日は宜しく、カイムくん…」





『一気に有名人になっちゃったね、カイム』
「なーんにも嬉しくないね、面倒くさい事に巻き込みやがって。
俺ぁお前んとこに住まして貰うだけだって言っただろ!働くなんて聞いてねーぞ!」


城下町の情報網とは恐ろしいもので、先程決定したばかりのカイムの五人抜きを明日行う、という情報があっという間に広まっていた。

ずっと周りから好奇の目で見られ、さすがのカイムもうんざりしていた。
更にリオンと歩いてるのもあって、街の視線を総取りという様な状況に陥っている。


「僕が何もかも決定権を持っている訳がないだろうが、お前も玉座の間で見たようにあのヒューゴと呼ばれる男が色んな権利を握っているんだ」


こちらに見向きもせずに歩いていくリオンの言葉に少し違和感を感じた。


「ん?そのヒューゴって、お前の父親じゃねーのか?」
「…そうだ、だからお前を家に住まわせるのもあの男が決める事だ、僕にはどうすることもできない」
「あれ?でもあいつ、ヒューゴ・ジルクリストって…」


その途端、リオンは急に立ち止まり、カイムをキッと睨みつけた。
まるでそれ以上聞くな、と牽制してきているかのようだ。
シャルティエも珍しく黙り込んでいる。
この異様な雰囲気でカイムは察し、それ以上は聞かない事にした。




「…充分豪華な所に住んでるじゃないか」
「余計な事は言わんでいい、黙ってついてこい」


周りとは一線を画した雰囲気に少しおされそうになる。
カイムはこういった豪華できらびやかといった雰囲気に慣れていないので、どうしても物怖じしてしまう。


中庭を抜け、ドアを開けるとそこにはメイドがすでに待ち構えており
「おかえりなさいませ、リオン様」と言った。
おかえりなさいませとはよく言ったものだ、そんなのは本の中身でしか聞いたことがない。


ふと気づけば、メイドがカイムのことをじっと見ていた。
リオンはそれに気付き、「客だ」と言い放つ。


「失礼しました」


と言い、メイドはそのまま一歩下がる。
カイムがその一連の動作を見ていた間に、リオンはすでに二階への階段に登っており、カイムはそれを追いかけた。


しばらく歩いていると、リオンがある部屋の前で止まり、カイムに向き直る。


「とりあえずここがお前の部屋だ。
余計な動きは見せるなよ、夕飯時になったら呼びに行くから、それまで大人しくしていろ」


カイムに質問の隙を与えず、ずらずらと言うこと言ってリオンはそのまま何処かへ行ってしまった。


一人取り残されたカイムは、とりあえず扉を開け、部屋に入った。


本当に先程まで空き部屋だったのだろうか、と思えない程に全てが綺麗に整っている。空き部屋と言えば放置されてホコリまみれといったイメージだったので、カイムは面を食らった。


バスルーム、トイレは完備してあり、ざっと見て16畳間ほどの広さか。
ベッドはカイムの体を余裕で包み込める大きさで、見るからに柔らかそうだ。きっとあれに横になるだけで今日一日の疲れが落ちてしまうだろう。
壁紙も落ち着いたデザインと色で構成されており、心が癒やされる。


カイムは、とりあえずシャワーを浴びた。
そこからあがるとまだ髪の毛が若干濡れているが、ベッドに横になる。
先程の予想通り、とてもふかふかで柔らかいベッドだ。
僅かに開いた窓から入ってくる春の暖かい隙間風と陽気が、カイムを深い眠りに誘う。


今日は疲れたな、飯時になったらリオンが起こしに来てくれるみたいだし、少し眠るか。

カイムはそのまま柔らかな光に包まれ、安らかな眠りにおちたのだった。


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