誕生日

思えば生まれた日など、長い間生きてきたが意識した事は一度もなかった。






「今日は、エミリオの誕生日なのよ」


いつものように朝食を食べる俺の隣でマリアンは嬉しそうに話しかけてきた。
誕生日とは、毎年やってくる誕生の記念日の事だったか。
歳をとらない俺には全く無縁のイベントだ。

エミリオ、もといリオンの年齢は13歳と聞いている。
そこから考えると、今日で14歳という事になるのだろうか。
ついでに言うと俺がこの屋敷に来てから1年経ったという事にもなる。
やはり1年など早いものだ、あっという間に過ぎ去ってしまう。


楽しそうなマリアンに誕生日とは何をするのか、と聞いてみると大層驚いた顔をした。
何を驚いているのか俺にはよく分からない。


「誕生日には、プレゼントをあげたり皆でご馳走を食べたりするのよ」
「皆って?」
「それは…家族とか、お友達の事よ。
なまえはやったことない?」


マリアンにそう問われて俺は言葉を濁す。
俺は自分の生まれた日を覚えていないし、何歳なのかも分からない。
家族という概念も存在しない。友人も作らない。
そもそも俺には誕生日というものがない。


「さぁね、どうだろうな」
「まぁなまえったら…。
とにかく、なまえもエミリオの誕生日を祝ってあげて?きっと喜ぶわ」
「あのリオンが?」
「ええ、なにかプレゼントでも送ってあげたらどうかしら?」


プレゼントねぇ。
1年という短い付き合いの中で、あいつの事で俺が知ってる事といえば何だろうか。
やたらマリアンと強さに執着してるくらいしか知らないような気がする。
強さをプレゼントするというのはまた何か違うと思う。
いっその事マリアンをリボンでぐるぐる巻きにしてプレゼントです、と言ってみてはどうだろう。こっそり喜ぶか本気でキレるかの二択だ。


「なんだかよからぬ事、考えてない?」


そう言ってマリアンは俺に笑顔を向けるがその瞳は笑っていなかった。

やめておこう、彼女には何でもお見通しだ。




「おっすリオン」


街中を歩いていると、見覚えのある桃色のマントが見えたので声をかけた。
リオンはこちらを振り向く。
その顔はとてもげんなりとしていて、余計な事を言ったら今にも斬り掛かられそうな様子だ。


「なまえか…」
「なんだよその反応は、俺じゃ不満か?」
「当たり前だ」


リオンは深いため息を吐いた。
相変わらずリオンには俺に対する社交辞令というものがない。一応上司なのに。
まあ包み隠さずハッキリと物を言ってくれるので、変に気を遣う必要もなくて有難いけれども。

一体何があったのか聞くと、代わりと言わんばかりにシャルティエのコアが光りだした。


『坊っちゃん、朝から街の女の子からの誕生日プレゼントを断るのに疲れてるんだよ』


前言撤回。俺だけじゃなくてマリアン以外の女の子にも社交辞令がないらしい。
さっきから女の子達の元気がないのはそのせいか。


「プレゼントを断るとか、お前本当に人間か?」
「ふん、どこの馬の骨とも知れない奴から物を貰うのが嫌なだけだ」


貰えるものは貰っとけばいいのに、と思ったがリオンの性格上それは絶対ありえない。
たった1年の短い付き合いだがそれだけは確信して言える。
やはりこいつの誕生日を祝っても、素直に喜ぶとは到底考えられない。というか想像がつかない。
そう思いつつも、さっき購入したプレゼントを懐から取り出した。


「じゃ、これは受け取って貰えない?」


俺の手に乗ってる箱を、リオンは不可解な様子でじろじろと見てくる。


「なんだそれは」
「見ての通り、誕生日プレゼントだよ」
『なんでなまえが知ってるの?』
「マリアンから聞いたんだ。んで俺も何かあげようかなって思って、さっきそこで買ったんだ」


リオンがそうか、と言って俺の手に乗っているプレゼントを素早く手に取った。
一応俺のは受け取ってくれるのか。

開けてもいいよ、と言うとリオンは軽い包装を丁寧に開いていく。
すると一瞬、リオンの目が見開いたように見えた。驚いているようだ。
これは良い驚きなのか、悪い驚きなのか、一体どうなのだろう。

するとリオンはこちらを向き、やや小さい声で話し掛けてきた。


「何故これを選んだ?」
「何故って、リオンっていっつもデザートん時心なしかニコニコしてるし。
好きなのかなって、甘い物」


リオンが箱から取り出したのは、巷で有名なスイーツのお店で売ってるプリンだ。

高級卵の卵黄部分を贅沢に使用し、フィッツガルド産のバニラビーンズで香り付けた代物で、ほろ苦いカラメルとプリン本体の甘さの絶妙なバランスがたまらないと評判で、世界中の女の子達を魅了している。

わざわざお店の前で並んで買ってきたのだ。女の子の列の中に並ぶのがあれ程恥ずかしいとは想定していなかったが。


「嫌いだったか?」
「っ………ふん。まぁ貰っておこう。受け取らないのも勿体ないしな」
『凄いね、なまえ。坊っちゃんのツボ突きまくりだよ』
「お?そうなの?リオン甘い物好きだったんだ?」


とやや冷やかすように言うと、リオンはムッとした顔をして


「別に好きなわけじゃない!!勿体ないから貰っておくだけだ!!」


「シャルも余計な事言うな!!」とリオンは自身の剣に強く怒鳴りつける。
その声は少し大きかったようで、あっという間に周囲の視線を集めはじめた。

それを認識したリオンは小さく舌打ちすると、この場から逃げるようにして屋敷の方向へと早足で歩き出した。
俺も今日は仕事が休みで、街に用事もなくなったからリオンについて屋敷へ帰ることにした。
帰る道中、シャルティエの謝罪がとてもうるさかった。





「入るぞ」


ノックせずに入ってくるのはリオンのお家芸のようなものだ。俺が何回注意喚起して、その場は納得してくれても結局癖は直らずそのまま入ってきてしまう。

そしてなぜかリオンは狙っているかのようにいつも俺の風呂上りの時に部屋にやってくる。
おかげで何回裸を晒したかも分からない。

タオル1枚の俺を見てリオンは渋い顔をすると、つかつかと無言で部屋に置いてある椅子に座り込んだ。
それを黙って見ていた俺に、リオンは「早く服を着ろ」とだけ言って机に置いてあった本を手に取り、読み始めた。
色々納得いかない部分はあったが、とりあえず服を着ることにした。


「んで、何の用だよ」


そう声をかけると、ページを捲る手を止めてリオンはこちらに向き直る。
よく見てみると、いつも一緒にいたシャルティエが腰についていなかった。
相当鬱陶しかったのか、それとも余計な口を挟まれたくないのか分からないが、今日のあの様子だと前者が正解かもしれない。


「マリアンに、お前のプレゼントのことを話した」
「へぇ、それでなんて?」
「別になんでもない。ただ良かったねと言っていただけだ」
「ふーん。でその後になんか言われて俺の所に来たわけだ」


そうでもなければプレゼント関連で俺の部屋に来るわけがない。
恐らく図星を突かれたリオンは眉間に皺を寄せ、若干俺から目をそらして話を続ける。


「……美味かった」
「ん?」
「美味かった、と言っているんだ」


「そりゃよかった」と当たり障りのない返事をする。
そんな睨むようにプリンの感想を言われても気持ちの良い物ではない。
14歳という年はこんなに難しいものなのか、それともリオンが人一倍素直じゃないのか。


「……僕があれを食べていた時にマリアンに、お礼は言ってないのか、と言われて」
「ああ、それで」


俺は納得したように手を叩く。
するとリオンは腕を組み、こほんと咳払いをする。


「あ、ありがとう……」
「どーいたしまして」


「こういうのは慣れていないんだ」とリオンは少し顔を赤らめて椅子に深く座り直す。
俺はそんなリオンを見て、なんだか可笑しくなってははは、と笑った。


「何が可笑しい」
「いーやなんでも?」
「おかしな奴だ」


それだけはリオンに言われたくない、俺はつくづくそう思った。



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